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第五章
僕の伴侶に
「――おしまい、おしまい」
案の定というか、途中で噛んだり、棒読みだったり、声の使い分けも下手だったり、ぐだぐだな読み聞かせが今、ようやく終わった……。
「……」
長かった。とても時間が長く感じられた。
「ジェムさん、ありがとう」
エミルさんは拍手をしてくださった。彼は物語に集中していたようだった。うん、満足していただけたなら、なのかな。一冊で良いという話だし。
「いえいえ、あまり上手くなくてすみません」
「あ、うん、確かに」
うん、確かに、と。今、エミルさんが口にした。その、あれかな。改めて聞いてみると、だったのかな。
「ふふ、ごめんね? むくれちゃった?」
「いえ、むくれてはいません。でも、そんな楽しそうな顔しなくても」
「ごめんごめん」
「エミルさん……」
決して、むくれた顔なんてしていないけれど。エミルさんが笑いながら指摘してきても、私はそんな顔なんてしていない。それにしても……なんて悪びれもしない『ごめんごめん』なのかな?
「僕はいいなって思ってるよ。貴女の声、心地いいんだ」
柔らかな眼差しだった。そういうエミルさんの声こそなのに。
「ずっと聞いていたいくらい……ずっと、ずっとこうして」
エミルさんはそう微笑んでいたけれど、ふと、重い表情になる。
「……ずっと、じゃないよね。ねえ、ジェムさん」
彼は告げる。
「……本当はね、今日は霧がほぼ、晴れていたんだ」
「えっ」
霧が晴れていたって……? 私は驚きつつも、耳を傾ける。
「まだ、不安要素があったから見送るけど。明日も様子見、明後日の朝には確実に発てると思う」
「……!」
結構長い期間、お世話になっていた。でも、ついに……ついになんだ。
「……」
寂しいとか、嬉しいとか。様々な感情だった。それに、私は……結局は何も掴めないままだった。
「……ジェムさん?」
「あ、すみません……」
私、長く黙り込んでいたようだった。エミルさんはそんな私の横顔を見ていたようだ。怪しいとも思われたかも。
「ジェムさん、時々そうだったよね。そうやって考え込んで、悩んでいて」
「それは……」
「不安とか、そういうのもあるだろうけど……もっと、他の何か。貴女にとっての大事なことがある、そうじゃない?」
「!」
私はどこまで見抜かれていたのかな。
「……はい」
早くて明日、遅くても明後日には発つことになる。今回は偶然の来訪のようなもの、次いつ訪れられるかもわからない。
エミルさんは鋭い人だから。それでも私は聞かずにはいられなかった。怪しいと思われたとしても。
「エミルさん。私、居住区にも訪れることができなかったって」
「うん」
「お世話になったこともあったし、ご挨拶にとか……」
「うん」
「ご自宅に遊びに行ってみたかったとか……」
「うん」
「……」
エミルさんは頷いてくださる。穏やかな笑みのままで。だけど……私は、口を噤んだ。
違う。そうじゃない。こんな誤魔化しの言葉、この人にはバレている。
「ごめんなさい……知りたいことがあったんです。それでどうにかして居住区に行けないかと思っていました」
「……そう、そっか。どうしてかは、僕には言えない?」
「はい……」
「そっか……」
エミルさんから笑顔が消えた。訪れたい、でも理由は言えない。呆れて当然で――。
「正直に話してくれてありがとう、ジェムさん」
「え……」
「本音はね、理由も打ち明けてくれたらと思うけど。それはまだ仕方ないよね」
ならば、と彼はまっすぐに見つめてきた。
「安全かつ、確実な手段はあるよ」
「本当ですか!」
私は食いついた。そんな素晴らしい手段があったなんて。完全に浮足立ってもいた。
「僕の伴侶になること」
「……え」
私は自分の耳を疑った……『僕』の?
でも、エミルさんに嘘偽りはないようだった。
「儀式を行い、番う。そうして獣人族の伴侶になると――居住区入りが出来る」
「は、はい……」
儀式……つ、番う? 私は正直、頭が追いついてなかった。
「……」
けれども、確かにそうだと思った。それが納得のいく理由なのだと。それに、エミルさんがどうこうじゃなくて、獣人族と。そういう話なんだ。おそらくそう。
「……。でもね、もう二度と出られなくなる」
「出られなくなる、ですか?」
エミルさんは迷っていたようだったけれど、口にした。そう、憚られる内容なのは確かだった。
「そう……そうなんだ。獣人族同士なら、そうはならない。でも――『人間族』なら。待ち望んだ人だから……」
「エミルさん……?」
彼の顔が近づいてくる。近づいてくる――緑色の瞳。
「欲して、焦がれた相手なら……閉じ込めたくもなる。二度と出したりも――」
「エミルさん!」
私は驚きのあまり、声を強めにして名を呼んだ。
「!」
エミルさんも目を大きくする。それからすぐに距離をとった。
「……今のは」
「……」
「……ごめん。僕、もう部屋に戻るね」
ソファからも立ち上がり、背を向ける。
「おやすみなさい、ジェムさん……」
そのまま歩き出していってしまった。
「あ……おやすみなさい……」
反応に遅れてしまった私の声、きっと届いてない……。
「伴侶……それも、人間との……」
簡単に訪れられるものではない、ないんだ……。
私はエミルさんの部屋を眺めていた。彼のことを考えながらも、私はふと考える。
「エミルさん、話して良い内容だったのかな……?」
獣人族の内情のようなもの。現にエミルさんは話すのも躊躇っていたようだった。
ああ……日にちは迫ってきている。
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