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第五章
貴女は忘れてしまう
「……続けるね」
私の様子を確認すると、エミルさんは話を続ける。そう、本題だ。彼が話したかったこと。
「……うん、続けないと」
その割には、エミルさんご自身が辛そうともいうか……それでも、彼は伝えようとしている。
「あまりにも関わり過ぎると、かえって辛い思いをするのは子供たちだから。僕も止める側だった。それは――」
――『人間たちの記憶を消すから』、と。
「……」
そう、そうなんだ……私は愕然としながらも、どこか納得しているところもあった。
私たちの記憶を消すことになるから、だからだったのかな。
『彼ら』が人間である私に……あれこれしようとしたのも。
「それこそ、ここで暮らす……契りを交わさない限りは――例外もなく」
そう、エミルさんが……『色々』と話してくださったのも。
「……『僕の伴侶』にならないのなら……例外なんて」
ついには言葉を詰まらせてしまっていた。
それから続くのは長い沈黙で……。
「……」
「……」
それからしばらくして、ようやくだった。彼が動いたのは。
「貴女の記憶だって、そうだ……消さないと、なんだ」
エミルさんが懐から取り出したのは――小瓶だった。おそらくは、記憶を消去できるようなもの。
「貴女のことは、僕が引き受けることにした。族長の立場だって利用して」
私の記憶を消そうと。
エミルさんは『族長』であるから。立場を利用しているとはいうけれど――模範的であろうともしていると。
「あ……」
私は今になって気づいた。だから、なのかな。エミルさんが丁寧な物腰なのも。品がある所作さなのも。そうであろうと、彼が心掛けているのだとしたら。
それこそ必死に。種族のこともあったから、よりそうだったとしたら。
族長として。ふさわしい存在であろうと――。
「……」
大人しく飲ませられる、それしかないのかな。私はエミルさんを見てみた。
……やっぱりそうなんだ。繊細そうな見た目をしていながらも、どこまでも隙がない人。彼はきっと、難なく飲ませてくるのだと。
リッカのことは何も得られなかった。忘れたとしても、私には支障のないことで――。
「エミルさん、私は――」
それなのに、私は。
「私は忘れたくないです……」
このようなことを口にしてしまっていた。
「!」
エミルさんの驚きが見てとれる。それでも私は続ける。
「あなたと同じです。私だって、この日々が大切だったんです……。エミルさんや、レイチェルさん、ティムさん。あのご一家とも過ごせたこと。楽しくて、本当に楽しかったんです……」
「……」
エミルさんは私を見つめたまま。ああ、困らせてしまっているんだ。こんなにも悲しそうな顔をさせているのだから……。
「……そっか」
エミルさんの呟く声。ふわっと包まれるような感覚――私は彼に抱きしめられていた。すぐに離れたけれど、辛そうな顔をした彼が残った。
「僕は勝手なんだ……貴女に忘れてほしくない」
「……!?」
「偶然だったにせよ、この日々が本当に大切だった。貴女と過ごせて、それが無くなってしまうとなると……」
『本当に勝手だ』と、自嘲気味に笑っていた。子供たち、あのご一家の記憶は消えてしまうのに。そう、今までもそうしてきたのかもしれない。
それを代理とはいえ――族長が破ろうとしているなんて。
「……私は」
エミルさんの立場を思えば、断るべき。あの小瓶をもらって飲んで。それで、この集落の日々を忘れるべき。
「……」
本当にそれでいいの? エミルさんがここまで話してくださったこと。私はその意味を考えた。そして、自分が発した言葉も。
「エミルさん。私、口外しません」
「ジェム、さん……?」
「だから、忘れさせようとか。その心配はなさらないでください。恩を仇で返したりなんて、したくありませんから」
戸惑うエミルさんに対し、私は笑顔で話しかけていた。こんな笑顔でもね、彼を安心させたかったのもあった。
ねえ、エミルさん。今のがそうだったんですね? あなたの――頼み事だったと。
「本音を話して、信頼をしてくださったこと。私は嬉しく思うんです」
エミルさんに倣って、私は自惚れとか思わずに受け取ることにした。私はそう。
「あなたの信頼に応えたいんです」
誠意をもって、彼に伝えたかった。
「……」
エミルさんは黙ってしまった。その代わりなのか、一歩、一歩と。近づいてくる。
「……僕はどこまで勝手なんだろうね」
エミルさんは儚く笑う。
「ジェムさんがそう言ってくれたこと、嬉しかったよ。でもね、族長である僕が何を迷っているんだろうね」
『子供達だって我慢しているのに』と、悲しそうに笑いながら。
静かに、ゆっくりと。彼は私から離れていく。
「あ……」
エミルさんの手にあるのは、例の小瓶。しまうことなんてない。そうだよ――私に飲ませようとしているんだ。
彼はどこまでも族長だった。規律正しく、模範的でいようと。
エミルさんの手が私の顎をすくう。ゆっくり私の口に注がれていくのは、液体。
そう……優しく記憶を消してくださるんだ。
「ねえ、ジェムさん」
エミルさんの声が、遠くに感じる。視界がぐらついてきた。薬が効いてきたのかも――。
「この地はね、『誓約の地』でもあるんだ。女神様と獣人族のもそう。それと――伴侶に向けて」
「伴侶……?」
「そう。伝承の一つ。番となる二人が、この地に辿り着く。そこで――誓約を交わす」
今にも意識が落ちていきそうだった。
「貴女は忘れてしまう。だからって、僕は諦めたくない。僕にとって、貴女は――」
忘れるはずなのに。
ざわつく心は引き継がれたままで――。
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