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第五章
小さな唸り声
「……」
「……?」
長の動きが止まった? ……よくわからないけれど、好機と考えるべき? ならば、こちらから仕掛けて――。
「――ならば、一瞬で終わらせよう」
『我の手によって』。その声は何故だろう、優しいものと思ってしまった。理性を失っているのに、この声だけは何故か。
「!」
瞬時に間合いを詰められた。もう私は相手の刃に届く位置で――。
ああ、またしてもなのかな。私はこの人に――。
……。
……?
小さな――唸り声が聞こえる。そして。
「何奴だ!」
「きゃうん!」
長が強く反応していた。彼は足元を『何者』かに噛まれ、勢いよく振り払った。
「うー……」
何者――白い子犬が。今回は受け身をとって転がった。小さく小さく唸り続けていた。
「ああ……」
リッカ、リッカだ……!
「シャーリー!」
私の元へ駆け寄ると、守るように前に立つ。
「うー……わ、わん、あおーん……!」
弱弱しくも精一杯に吠えるリッカ。何度も何度も吠え続ける。
「リッカ……」
私を守ろうとしている。嬉しいの。でもね、君が危ない……! 私はリッカを抱え上げようとすると。
「……我は、我は春の女神の命のもと」
相手はリッカを見て、動きを止めた。その代わりというか、呟き出していた。
「大罪人、シャーロット・ジェム。シャーロット・ジェムを、シャーロット・ジェムを殺めなくては――」
「……?」
彼の語気が弱弱しくなっていく。繰り返し同じ言葉を呟いている、でもそれは。
「それが……我の、我の……」
言い聞かせているようでもあった。それもとても苦しげに……。
「我は……」
ついには呆然と立ち尽くしては、口にした。
「もう嫌だ……もう……」
言葉を詰まらせながら。
「……?」
その声って……。
「……遅い、ですよ」
「まったくですよ……」
続々と立ち上がるのは、金糸雀隊たち。長がやってきたことにより、彼らも奮起したんだ……。
「……ああ、そうだ。役目を、全うせねば」
長は長で立ち上がっていた。まだ迷いはあるようだけれど、戦う意思は残っているようだった。
向こうもだし、こちらもかなりダメージをくらっている。ここから再戦ともなると。
「――エドワード、手筈通りで」
アルトがよろめきながら立ち上がった。『無理しないで』と声をかけようとするも。
「何が何でも、その子を逃がして……託すから」
「無論。さあ、シャーロット殿」
二人はアイコンタクトをとっていた。私を逃がす? 託す? それって、アルトを一人にするってことで――。
「ねえ、待って――」
「行って、シャーロット。君が待っていてくれるなら、俺、いくらでも頑張れるから」
アルトはこんな時に笑ってみせてきた。さすがに無茶だって、そう思うのに。
「……汲んでくれないか、シャーロット殿。それに、心配することもない」
「え――」
私はエドワード君に手をとられ、引っ張られていく。リッカを慌てて拾い上げ、強制的に走らされていく。
「――あとはお任せを」
すれ違うようにやってきたのは、リヒターさんだった。なんか色々と抱え持っていた?
「ふっ、待機地点からずいぶん離れたものぞ。心配をかけてしまったな」
「いえ。そもそもが、です。あの金糸雀隊相手に無茶をしたもので」
すれ違いざまに会話をすると、そのまま双方は走り去っていった。そっか、リヒターさんって、本来ならばもっと遠くで待機していたんだ。それも私を逃がす為に……。
「ジェム様――狙われているのはあなたです。あなたが落ちてしまったら、私達もそれまでかと。だからこそ、逃げ切ってください」
「っ!」
「足止めしてみせますから。それではまた、後程――」
リヒターさんは私の迷いを見抜いていたかのようだった。彼は颯爽と去っていく。
「……うん、お願い。無事でありますように」
遠く去っていくリヒターさんに、この言葉は届いたかはわからない。ならば、この祈りが届きますように。
リヒターさんが近くで馬を隠れさせていたという。相乗りした私たちが向かうのは、港だった。
「――ララシアに向かうぞ。そこからさらに遠くへ」
「ごめん、ごめんね……」
君の国にまで及んでしまう。迷惑をかけてしまうんだ。
「何を謝ることがある。むしろ謝るのは、あの者どもぞ!」
馬を駆けながら、叫ぶエドワード君。
「……一気に来てしまったからな。そなたが気に病むのも当然だ。少しの辛抱だ。向こうに着いたら休むが良いぞ」
「……いいのかな」
「よいのだ! ふっ、さすがにララシアにすぐには来られまい。わはは、わははは!」
「ふふ……うん」
こんな時なのにね、エドワード君の不敵な笑いにつられてしまった。
「リッカ、さっきはありがとうね」
リッカ……危ないのにね、来てくれて嬉しかったんだ。
「……うん」
リッカは元気が無かった。本調子でもないのかな……うん、そうだよね。無理したんだ……。
「リッカ、休めるからね……ね?」
「……うん」
私の腕の中で大人しくしていた。
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