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第五章
何回、何度
木の匂いがふわっとした。ここは、鳥籠の夢の中。
「……ああ、そうだ」
私は『あの人』に囚われたまま。あの人に――。
「……」
私は自身を抱きしめた。こうして彼を象徴するものに囲われていて、逃げられなくて。
もし、訪れでもしたら。私は――。
――硬質な床に、足音が響いた。どこか迷いでもあるのか、ゆっくりとした足取り。それでも。
確実に一歩、一歩と近づいてくる。
「……来る」
誰が来るのか、私はわかってしまった。そう、あの人だ。
「――ここは一体……あ」
あの人――彼は私の目の前に現れた。
制服姿で――猫の耳を持つ、あの人が。
「エミルさん……エミル・ジュッツェ」
エミル・ジュッツェ……あなたが。
「ジェムさん……?」
彼は驚愕していた。私がこうして巨大な鳥籠に入っていることも、そう。
「どうして……本当にどうして……」
――どうして。この言葉に様々な意味が込められている、そう思えた。
どうして私が鳥籠にいるのか。
どうして彼自身が訪れてきたのか。
どうして。
「どうして……貴女はあんなことを……」
どうして、私が。
「女神像を破壊したの……」
「……」
元よりリッカの言葉は信じていた。それにそう、こうして対峙したことによって、より確実になってしまった事実。
「……ううん。僕は――我は、役目を全うせねば」
優しく穏やかな先輩、エミル・ジュッツェ。彼は。
――金糸雀隊だったんだ。
それも……何度も何度も。
私を殺してきた。
私たちを苦しめてきた。
何度も、何度も、何度も……!
金糸雀隊の長、だったんだ……!!
「……」
この人たちの盲信によって、私たちはどれだけ……!
「……そうだ、まずは。この檻のようなものを」
夢の中だろうと、この人は剣を携えていた。
「破壊して、それで――」
切っ先は向けられたまま。それから……それから彼は動こうとしない。
「僕が、ジェムさんを……殺す。殺さなくては……彼女を……」
どうしたというの。今更迷っているとでもいうの。
「……全うするんだ。シャーロット・ジェムを……処す。それが、我の役目、使命、で……」
結局はそれじゃない。いつも、いつだって、そうだった……!
「……いい加減にして」
私の声がこんなにも震えるのは、恐怖とそして……怒りから。ああ、頭の血管がぶち切れそう!
「私はやっていない! 何もやっていないよ! やっていないものは、やっていない!」
「!」
私の荒げた声に、彼は反応した。動揺もしていたようだけど、私は構わずに続ける。
「何回も、何回も! いつだってあなたたち、金糸雀隊はそうだった!」
これまでの繰り返しの日々で、私は何度も無罪を訴えた。何度だって主張してきたんだ。それを聞き入れもせず。
「……何度も、違うって言ってきたのに。容赦なく奪ってきたじゃない……!」
彼らの中での大罪人は――シャーロット・ジェムと。それは覆らない事実、ゆえに命を奪ってきたくせに……!
「私だけじゃない。みんなにも手を出したりしたら……」
アルト、リヒターさん、そしてリナさん。あの三人を置いてきてしまった。彼らの強さを信じ、祈るしかなくて。それがすごく歯がゆくて……!
「……そうだよ。私を助けてくれた人にだって、手にかけようともしてきた。そんな……あなたたちを」
金糸雀隊である彼らは、敵なんだ。
ああ、そうだ……きっと、そうなんだ。集落で御世話になったレイチェルさん、ティムさんも。
「ああ……」
声も喋り方も、そうだったじゃない……! 私はどうして気づかなかったの!?
そんな人たち、そんな彼らを……私は。
「……」
親身になってくれた、目の前のこの人だって……私は。
許せない、そのはずで――。
「……?」
一向に破壊されない鳥籠。ええ、簡単に壊せるものではないとは知っている。
彼は攻撃すらしていなかった。ただ、立ち尽くしていた。
「何回も……何回も……?」
……? 彼が反芻しているのは、私が言った言葉だよね?
まずかったのかもしれない。だって、この人は繰り返しの日々の記憶なんてない。
憎らしいことに、これまでのことなんて覚えてないんだ。彼はきっと、今回のことが初めての事態だと思っていて。だから、こんなにも狼狽えているの?
「何回も……僕は……」
彼にとっては『初めて』のこと、そのはずで――。
「あ……」
剣が床に落ちる音がした。そこに、両手を見つめては震わせる彼の姿が。
「僕は……僕は……」
彼の緑色の瞳が――絶望の色に染まる。
「僕は……何回、何度……貴女を殺してきたの」
「……!」
掠れきって、声にもならない声。なのにね、私の耳にはっきりと届いてしまった。
「わかる、わかってしまったんだ……僕はそうやって何度も」
――殺してきた、と。
目の前が真っ暗になる。この興奮状態で、眠気なんて訪れるわけがないのに。それなのに、私の意識は落ちていく。
閉じられていく瞼。
彼がどんな顔をしていたかは、知らないまま。
繰り返しの日々において。代償というものがあるのなら。
『――雪みたいだね。積もって、積もりつづけていく。でも、雪みたく溶けない。ずっと残ってるの』
それが彼からの思いが含まれているとしたら。不用意に積もり、積もらせてきてしまったとしたら。
もう溶けもしないとしたら。終わりがないのだとしたら。
代償とはなんなの。何が代償だというの。
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