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第五章
あなたと共に生きたいから
霧の中を抜けて、私たちは目的の場所に辿り着いた。ああ、あの一輪花は月の光を浴びて輝いていた。綺麗だね、あの夜のようで――。
「……ジェムさん?」
「……!」
影から生じるかのように現れたのは装束姿の彼――金糸雀隊の長。
「どうしてここに……いや」
彼は剣を取り出して、それを――自身に向けた。
放送自体は起こってしまった後。本来ならば彼は私を狙うはずなのに……彼はそうはしない。
「ねえ、エミルさん――」
「……」
私は名前を呼んだだけなのに、どうしてあなたはびくっとなったの。剣を持つ手が震えているの。
「お願い、ジェムさん……僕が正気でいる内に……離れて」
エミルさんは何かに抗っているようだった。『何か』、それがあなたに命じているという。
「シャーロット・ジェムを殺せ、殺せと。それが役目だ、使命だって……」
そうやって――洗脳されているかのように。エミルさんはずっとそうだったんだ。
「シャーロット・ジェムを、シャーロット・ジェムを……」
頭を抱え込んで、かぶり振っていた彼。彼はそうやって、ずっと、ずっと……。
「ち、ちが、ちがう、こ、こうなる、前に、僕は、僕を始末しなくちゃ……」
そうやって理性で抑制をしようとして。でも、ついには。
「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
ついには発狂したのか、彼は天に向かって声を張り上げた。
「シャーロット・ジェムを……ジェムさん、逃げ……シャーロット・ジェムを、ジェムをぉぉぉぉぉ!」
もう、狂ってしまったのか。
心が揺らいでしまっているから、更におかしくなってしまっているのか。
彼は雄たけびを上げながら、私に襲いかかってくる。その度に動きを止めたりして。時には自身にも攻撃したりもしている。
めちゃくちゃだ、めちゃくだよ……エミルさん。
ねえ、エミルさん。そんなのね。
「間違っている……!」
彼が剣を持つというのなら、私だって氷の魔力を込めて――刃を模して作り上げる。
「それのどこが役目なの、使命なの!?」
そんな大義名分で、私はあっさりと殺されてきたというの。
「……でも、いい。もういいよ。あなたがそうだとしても、私は、私たちは違う」
私は力任せに氷の剣をふりかぶった。ええ、剣は素人だから。
「はあっ!」
得意の氷の魔法も織り交ぜる。卑怯と思われようとどうでもいい。
「あなたを止めにきたの。あなたにやられるわけにはいかない……!」
「くっ……」
巨大なる力を持つ相手だろうと、負けるわけにはいかない。
すっかり獣と化した彼の猛攻も、かろうじて躱していく。こちらもしっかりと反撃していく。
「シャーリー……うん、僕も」
「!」
リッカが割って入ってきた。いつもなら危ないって思えたけど。
「……いいえ」
今は違う。今のリッカなら。
「わぉぉぉぉーん!」
なんて。なんて力強い遠吠えなんだろう。戦いの場と貸した花園に、リッカの力強い声がよく響いていた。
「えっ……」
ありがとう、リッカ。
相手は怯んだ。
一瞬のこと、うん、十分――。
「――ここまでだよ、エミルさん」
私は相手にのしかかって――その喉元に氷の刃をつきつけた。
「私たちの勝ち――あなたの負け。あなたの命は、私が握っている」
「……くぅ、役目が……使命が……」
「まだ言うんだ……」
まだ、戦う気なんだ。うん、いいよ。そっちがその気なら、それでいい。
「それならね、私だって抗ってみせる。簡単に殺されたりなんてしない。返り討ちにだってしてみせる」
私はしっかりと氷の刃を握った。言葉に迷いだってない。
「私はね、あなたと共に生きたいから――何度でも。何度でもだよ」
私は諦めない。
「……え」
エミルさんは小さく声を上げて、それからは黙ってしまった。
「僕は……僕は」
エミルさんの強張った体が――解けていくようだった。
「何度も、貴女を殺めてきた。それなのに……?」
「何度でも。あなたに殺される度に、何度も乗り越えてきたの」
それこそ何度もだった。
「ジェムさん……」
「あなたたちにされたことは忘れない。絶対根に持ち続ける。それでも、私は望むの――共に生きましょう」
「あ……」
「ねえお願い、エミルさん……」
私は氷の刃は持ったまま。それを両手で大事に持ったまま。祈りを込めるかのようだった。
「……ねえ、ジェムさん」
いつもの穏やかな声がした。
「……ふふ、変な感じ。心がこんなにも凪いでいるなんて」
いつもの――彼の、エミルさんの声が。荒々しかった彼はもう、いないの?
「僕、わかったよ。いつだってそうだった。あなたがくれる言葉がね、僕を変えてきたんだ」
「私の……?」
エミルさんは大切そうに、そのような感じとれた。彼は続ける。
「――女神像、ちゃんと守ってほしい。本当に守るべきもの、優先するものなんじゃないの?」
「それは……」
そうだった。それはアルトが女神像を壊そうとしているのを、守っていた時のこと。私は覚えていた。金糸雀隊が女神像そっちのけで攻撃してくるのが、あまりにも腹立たしかったから。多分、原文そらで言っていると思う。
「よく見る夢だったんだ。でも目覚めたら、誰が言っているのかわからなくて。声だってそう。でも、その言葉を……僕は覚えていたんだ」
それだけ大切な言葉だと、お世辞ではないのだと私に伝わってきた。
「何かがおかしいと思い出したのも、その頃からだった。わずかながらも、疑問を抱き始めた」
私の言葉は届いていたんだ。それはちゃんと……。
「そう、そうだね……僕は敗者だ。それに僕の命ももう――貴女のもの」
「それは……」
私はつい狼狽えてしまった。でもそういうことだよね。うん、私も覚悟を決めよう。
「はい、エミルさん。私、何度でも止めてみせるから。あなたの命、大切にしてほしい」
「はい、ジェムさん――」
エミルさんは覆面をとった。あらわになった笑顔、ああ、本当に綺麗だなって……。
本当のこの人はこんなにも穏やかで、優しい人。それがまたしても狂暴化しようとも。私たちは止めてみせますから。
もう大丈夫。私はエミルさんの上から退いた。彼もその場で体を起こした。
「……あ」
でも、私の容疑はかかったままなんだ。それに自白の人まで現れるとなると。
「他の人たち、どうしましょうか」
エミルさんだっていつ狂暴化するか、わからない。
「……うん、そうだね。こういう時だからこそ、長の権限を使う。といっても……せいぜい一日かな。今も猛っているから」
――人のこと言えないけど、とさらに複雑そうにしていた。私も否定はできなかった。
「へっへっへっへっ」
リッカは笑っていた。うん、そうだね。ひとまずは、ってところで。
「……あれ」
リッカはどうしたことか、薄く淡い光をまとっていた。時々そうなったりもしたけど、こんなにも長時間は――。
「……」
そんなリッカを見つめ続けているのが、エミルさんだった。それから癖なのか、顎に手をあてて考え込んでいた――。
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