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第五章
貴女は知らない②
僕は彼女に逢いたかった。そういった思いを込めて、辿り着いた先は――彼女のいる場所。
ああ、ここが彼女のお店、ご自宅なんだ。都合よく扉が開いていたから失礼して……って。
確か幼馴染の子と、ええと、美女部の子だっけ? ……美女部? まあいいか。殺気立っているけれど、邪魔はしないでほしいな?
……無理な話か。それなら気絶程度で。彼女を悲しませたくないから。大人しく眠っていてね?
僕は階段を上がっていく。あ、そうだ。白い子犬が一緒だったよね? 彼女がとても可愛がっているみたいだけど……ええと、ごめんね? ご主人様はもう……。
彼女の部屋は開いていた。ああ、見入るような朝日だ……。
「……いたね」
いつもの艶やかなカナリア色の髪はボサボサ。背中もか細くなっていた。ああ、やつれているね……。
あの子犬はいない。彼女一人だけがいた。それが余計に悲壮感を増していた。
彼女は僕の来訪に気がついたようだった。虚ろな瞳で僕の方を向く。最初はぼうっとしていたようだけど、彼女の瞳は大きく開かれていく。
彼女は連呼していた――僕が生きている、と。目に涙も浮かべていた。
「……」
僕はどう気持ちに表せば良かったのかな。彼女が僕が生きていることを喜んでくれていた。その瞳にも希望が戻っているような。
ああ、彼女は前向きな言葉を述べている。やり直せる、とか。諦めたくない、とか。
――敵対しないで済むように、とか。
「……ごめんね。それは違うんだ」
うん、これはちゃんと言っておかないと。明るい表情を取り戻した貴女に、酷なことを言うようだけど……。
シャーロット・ジェムとエミル・ジュッツェである限り、僕達は。
「もう、僕達は一緒にはいられない。僕が金糸雀隊であるのも、貴女が像を破壊したことも……もう覆らないよ」
どうしたのかな。僕以上に衝撃を受けているようだった。過ぎたことは取り戻せないと、そのことを重く受け止めているような。
「……ねえ、疲れた?」
見てわかるのにね。僕は尋ねていた。
彼女はしばらく黙っていたけれど、それでも結果――頷いた。そんな彼女は僕にも問う。
――あなたも? って。僕も疲れたんじゃないかって。
ああ。
心が溶かされていくようだった……。
僕も疲れていたんだ。疲れてきっていた。どれだけ蝕まれてきたんだろう。
「ねえ、一緒に楽になろうか」
僕が取り出したのは、一族の秘薬だった。こういったものは、一族の長が管理していた。匂いを軽く嗅いだ彼女、原材料にピンときたようだった。
そう、わかった彼女の顔はさらに青白くなっていた。体だって震えている。そうだよね、怖いよね……。
それでも――彼女は僕の方をじっと見た。僕に手を差し出してきた。
それが彼女の答えなんだ――僕と一緒ならばって。
「うん……おいで」
場所はここじゃない。僕は彼女を誘うことにした。
かつては荘厳なる神殿だった。朽ちてしまってはいるけれど、僕達にとっては神聖そのもの。その前におわすのが、我らの女神像。
「……あれ」
女神像は元の綺麗な形に戻っていた。百合の花を携えて、微笑んでいた。そう、良かった……。
「さあ――」
僕達は向かい合わせてになって、両膝をつく。秘薬は僕の手にある。
「……うん、怖いよね」
怯える目で僕を見る彼女。怖い気持ちはわかる。
「こうすれば一緒にいられる。ずっと一緒だよ、――」
きっと最初で最後。僕が貴女の名前を呼んだのは。
彼女は瞳を伏せるも、ゆっくりと見上げてきた。そして――『私もそれがいい』、と。
綺麗に笑うなって、僕は思ったんだ。こんな状況なのにね。
ああ、震えている。怖いよね、それでも自分から飲もうとしている。恐怖に呑まれながらも、彼女はそうしようとしていた。
……ああ、そうか。貴女は優しくて、残酷でもあるから。自分一人で飲もうとしているのかもね。だって、彼女は口にしてしまっていたから。
僕に生きていてほしいって。
「ふふ……本当に残酷だ」
僕は秘薬を口に含んだ。彼女の声が上がる。悲痛なる表情をした彼女を引き寄せた。
唇が触れ合って、重なっていく。秘薬は僕達で分かたれていく。
瞳を閉じていく彼女。僕もそうした。
唇が離れると、僕は彼女を抱きしめた。そのまま二人は草むらに倒れていく。
ああ。
倒れていく中、僕は女神像を見上げた。
女神像は微笑んでいた――そう、女神様は見守ってくださる。
「これでやっと一緒だ……僕と貴女はずっと……」
意識が遠のいていく。草むらに寝転がった僕達は、そっと手を添わせた。彼女も頷いた。これで良かったと微笑む――苦しまなくて済むと。
「そうだね……僕達はもう……」
もう互いの声は聞こえない。
僕と貴女の望む通り、二人は生を終えた。
――シャーロット・ジェムと。
――エミル・ジュッツェの生を。
それが貴女の望みであり、僕の望みでもあった。
ごめんね。
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