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第五章
貴女は知らない③
「――ん」
風がそよいだ。草が僕の頬を撫でる。目の前にいるのは――僕の大切な人。
「あ、起きたかな?」
僕が起きてからしばらくして、彼女はゆっくりと瞳を開いていく。ああ、寝ぼけているのもあるけれど、よくわかってないみたいだ。なんかぼんやりした顔をしていて、そんな顔も可愛いって思える。
あ。しきりに『何故』と『どうして』を繰り返している。それから、僕の方に飛びついてきたりもして。うん、どう答えようかな――。
「……うん、生きてるね」
僕の返答に彼女は体を震わしていた。なんだろ、感情が目まぐるしく、忙しそうともいうか。それこそ何故生き残ったのか、とか。それでも――嬉しそうにもしていた。
なんて綺麗な泣き笑い。互いが生きていることに、とても満ち足りているようだった。
「ねえ。シャーロット・ジェムとエミル・ジュッツェはもういない」
幸せそうだった彼女は、ハッとなった。うん、それは事実だから。だからね。
「――新たな僕達で生きていこう?」
もう役目も使命もどうだっていい。これまで生きてきて築いたことも。ねえ、貴女もそうでしょ?
お互いがいればいい。僕達は生まれ変わったんだ。
ねえ、共に生きていこう。
元々集落があった場所は健在だった。でも、顔見知りはいない。彼女はそのことにも大層驚いていたし、さらに驚愕の事実を知らされていた――ここは五百年後だって。
彼女は呆然としていたし、僕はそんな彼女を見ていた。幸いというか、優しく温かい人たちだった。僕達を迎え入れてくださった。
こんな時に僕は考える。ああ、猫耳が役に立ったと。同族意識をもってくれたなって。
僕達に一棟のツリーハウスまで与えてくれた。なんでも、先祖が語り継いできた人と瓜二つとか。そっか、誰かの子孫だったりするのかな。そうなのかも、うん、そうだ。面影があるから、きっと彼の――。
お礼にと色々と手伝っていたら、もう遅い時間になっていた。夜が近づくと冷えてくる。
「ほら、家に入ろう――」
僕は立ち尽くしている彼女に声をかけた。どうしたのかな、ずっと虚空を見つめている。
……ああ、そっか。その方角はダイヤノクトの都。学園、それにエーデル村もある。
五百年……か。さすがに貴女の知り合い、ましてや愛犬だって……。
彼女は小さな声で、子犬の名を呼んでいた。そして、首を振った。そうだ、彼女だってわかっているはず。
彼女は両手を組んで祈りを捧げていた。それは弔いにもみえた。それだけではなく、神に捧げるものとも。
「……」
あの子犬はなんだったんだろう。彼女の心を縛りつけるのもだけれど……僕は大事な何かを見落としているような。
「……うん。あの子も見守っているよ。僕達は新たな人生を始めよう?」
僕の言葉に彼女は頷く。不安を顔に残しつつも、それでも前向きでいようとしてくれる。そう信じていた――。
思った以上に盛大な歓迎をされ、深夜を回ってから家に戻ることになった。
深夜、夜。寝室は二つだった。別々の部屋で寝ようとしていた。いたのだけれど――。
宴の時は笑顔だった彼女も、窓辺に立って遠くを見つめていた。
「……」
僕は怖くなった。彼女が消えてしまいそうで。
「……一緒に寝ようか」
僕は後ろから彼女を抱きしめた。びくっとなった彼女は、やんわりと離れようとする。
「駄目だよ、離さない」
さらに強く抱きしめた。離さないし、逃さない。あの子犬を捜しに行こうとしているでしょ、行かせない。
「僕が側にいる。ねえ、聞いてほしいんだ」
僕は唇を彼女の耳元に寄せる。
「貴女が好きなんだ。記憶になくても、僕はずっと惹かれていた」
きっとそうなんだ。だから僕はいつだってそうだ。
――貴女と初めて逢った気がしなかったんだ。
「……うん、わかっている」
腕の中の彼女は首を振っていた。うん、そうだ。拒絶されている。ひどいよね、一緒に心中しようとしてくれたのにね?
「振り向いてくれるまで、僕は諦めない」
我ながら諦めが悪いと思った。
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