脳筋悪役令嬢の華麗なる恋愛遊戯~ダンジョン攻略駆使して有利に進めてみせます!~

古駒フミ

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不審者、現れる?

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 日々は過ぎていく。もう七月に入り、この港町も夏の盛りを迎えていました。漁仕事に精を出した私は、本日も帰宅することに。

「暑かったですわ……」

 夕方になってようやく涼しくなり、汗ばむ体に夕風が心地良くありましてよ。私はハンカチで拭いつつ、一人歩いていたところ。

「――アリィ!」
「まあ、シルヴァン殿?」

 よく知った声が後ろからしました。シルヴァン殿ですわね。見回りしていた彼は、どこか焦っているようです。

「……はあ、何事もないか。夕方になってな、不審者情報が出ている」
「まあ、そのようなことが……」
「そうなんだよ。本当に……何もなくて良かった」
「……ええ」

 返り討ちにしますわよ――と。そう返すには、シルヴァン殿は眉を下げていましたから。ええ、慢心するべからずですわね。

「……まさか、と思うんだけどな」

 シルヴァン殿は考え込んでおられます。何か思い当たることがあるようですわ。私がそれとなく見ていると、視線に気がついた彼はにこりと笑います。

「いや、考え過ぎだな。ほら、送っていくから」
「……ええ。では、お言葉に甘えまして」

 私はそのご厚意に甘えることにしました。二人肩を並べて帰りましょう――。

「――はあはあ」
「……」
「……」

 荒い息遣いが後ろから。背中からも伝わる異様な雰囲気。私たちが沈黙したのは一瞬。

「……何者だっ!」

 私を後方に追いやりつつ、シルヴァン殿は振り返った。私もすぐに動けるように構える。おそらく不審者のはずだと――。

「……」
「……」
「……」

 私たちは顔を見合わせてまた、黙ってしまった……ええと、不審者? 

「むむ……何者と問われるとだなぁ、どう返したら良いのか」

 両腕を組んで考え込むあなたは……あなたは! 

「で、で、殿下ですの……!?」
「よっ、アリアンヌ。あと、元な?」
「失礼いたしました……元王太子殿下、エミリアン様ですわね」

 仰天する私に対し、彼、エミリアン元殿下は手を上げて挨拶なさるではありませんか。とても気さくにでしてよ。

 殿下はもう廃位されましたが、私は心内では殿下とお呼びしましてよ。おそらく『今だけ』でございましょうから。ご了承くださいませ。それにしても……。

 真ん中に分けられた髪に、意思の強そうなくっきりとした目元。整ったお顔立ちでいて、笑うととても親しみ溢れたものになる……こちらがかつての殿下のご容貌。今となりましては、その……髪が伸びきっているのと、日に焼けてますわね? 

「シルヴァンも、よっ! 髪切った? って、見ての通りだってなっ!」
「……はあ」

 溜息をついたシルヴァン殿は、私よりは冷静です。予想がついていたのでしょうね。

「何しに来たんだよ。自分が言ったことを忘れてるのか」

 私を守るように立ったまま、シルヴァン殿は問うてました。もっとも、彼のお気持ちはわかります。

『今更媚びを売ってくるか。俺を助けようと二人の不貞の事実は変わりない。無駄骨だったんだぞ?』

 お助けした時の殿下は、こう仰ってましたもの。私たちを切り捨てたままであると――忠臣でもあった彼、シルヴァン殿に対してでもでした。

「それにだ。あんた、女を追って出奔したんだろ――どこぞの王族、姫君を」

 そう……でしたわね。殿下が熱を上げていたお相手――ブリジット様。王族でもある彼女を身分を捨ててまで追って。私はそう思っておりましてよ。疑問を残しつつも。
 私たちは緊張を保ったままでした。殿下の思惑がわからなさ過ぎてです。

「ふはっ……シルヴァーン? わかってるくせにぃ? 俺は彼女の国にすら訪れてないってぇ?」
「……は?」

 均衡を破ったのは、殿下の笑い声でした。シルヴァン殿はより、青筋を立ててますわね……。

「だって、お前は確認してたんだろ? ブリジット様の動き……彼女本人と連絡を取りながらなっ!」
「は!?」

 殿下はびしりと指を指したまま、話を続けていきます。

「なー、アリアンヌー? こやつー、こっそりー、ブリジット様と連絡とってたんだぞー? 君に惚れておいてなー?」
「「なっ!?」」

 思わず私たちの声は揃ってしまいました。ぶ、ぶちかまし過ぎでしてよ……!? 

「アリィ! ブリジット様の方は違うからな、連絡は一切とってない! こっちで勝手に探っていただけだし、新聞とか現地の情報屋を介してとかで!」
「え、ええ……かしこまりました?」

 シルヴァン殿は私に対し、弁解しているようです。嘘をつくとは思っておりませんし、そう、嘘。

「……エミリアン様? なんで嘘つくんだ、なあ?」

 シルヴァン殿はますますお怒りでした。それでも殿下は、すんっとしてました。

「ちえっ……このまま拗れれば良かったのに」

 と、悪態までついているではありませんの。ああ……雰囲気は悪くなる一方ですわ。

「……エミリアン様。そろそろお話願えませんこと? 立ち話もなんですし」
「ああ……アリアンヌ! ありがと――」

 私が提案したことに、殿下は目をウルウルさせていました。ええ、泣き真似であるとは経験則から学んでいましてよ。さらに彼は私に抱き着いてきますわ――もちろん。

「失礼しますわっ」
「わわっ」

 今回はこちらから回避させていただきました。ええ、遠慮なく。それに殿下も如才ない方ですもの、よろけはしても転倒することはありませんでしたわ。口を尖らせる余裕もありますわね。

「……何してくれてんだよ」

 シルヴァン殿は完全に警戒していました。完全に私を後ろに隠してしまいました。殿下はブーイングされているようで……。

「ひどいよー、シルヴァーン! 俺、彼女に逢いに来たんだぞ? 長い旅を経て!」
「……長い旅、ですの?」
「そう、そうなんだよ! 出奔した後、散々彷徨ったんだ!」
「……彷徨った、ですの?」

 シルヴァン殿越しのやりとりとなりますが、いずれも信じ難いものばかりで。



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