237 / 442
不審者、現れる?
しおりを挟む日々は過ぎていく。もう七月に入り、この港町も夏の盛りを迎えていました。漁仕事に精を出した私は、本日も帰宅することに。
「暑かったですわ……」
夕方になってようやく涼しくなり、汗ばむ体に夕風が心地良くありましてよ。私はハンカチで拭いつつ、一人歩いていたところ。
「――アリィ!」
「まあ、シルヴァン殿?」
よく知った声が後ろからしました。シルヴァン殿ですわね。見回りしていた彼は、どこか焦っているようです。
「……はあ、何事もないか。夕方になってな、不審者情報が出ている」
「まあ、そのようなことが……」
「そうなんだよ。本当に……何もなくて良かった」
「……ええ」
返り討ちにしますわよ――と。そう返すには、シルヴァン殿は眉を下げていましたから。ええ、慢心するべからずですわね。
「……まさか、と思うんだけどな」
シルヴァン殿は考え込んでおられます。何か思い当たることがあるようですわ。私がそれとなく見ていると、視線に気がついた彼はにこりと笑います。
「いや、考え過ぎだな。ほら、送っていくから」
「……ええ。では、お言葉に甘えまして」
私はそのご厚意に甘えることにしました。二人肩を並べて帰りましょう――。
「――はあはあ」
「……」
「……」
荒い息遣いが後ろから。背中からも伝わる異様な雰囲気。私たちが沈黙したのは一瞬。
「……何者だっ!」
私を後方に追いやりつつ、シルヴァン殿は振り返った。私もすぐに動けるように構える。おそらく不審者のはずだと――。
「……」
「……」
「……」
私たちは顔を見合わせてまた、黙ってしまった……ええと、不審者?
「むむ……何者と問われるとだなぁ、どう返したら良いのか」
両腕を組んで考え込むあなたは……あなたは!
「で、で、殿下ですの……!?」
「よっ、アリアンヌ。あと、元な?」
「失礼いたしました……元王太子殿下、エミリアン様ですわね」
仰天する私に対し、彼、エミリアン元殿下は手を上げて挨拶なさるではありませんか。とても気さくにでしてよ。
殿下はもう廃位されましたが、私は心内では殿下とお呼びしましてよ。おそらく『今だけ』でございましょうから。ご了承くださいませ。それにしても……。
真ん中に分けられた髪に、意思の強そうなくっきりとした目元。整ったお顔立ちでいて、笑うととても親しみ溢れたものになる……こちらがかつての殿下のご容貌。今となりましては、その……髪が伸びきっているのと、日に焼けてますわね?
「シルヴァンも、よっ! 髪切った? って、見ての通りだってなっ!」
「……はあ」
溜息をついたシルヴァン殿は、私よりは冷静です。予想がついていたのでしょうね。
「何しに来たんだよ。自分が言ったことを忘れてるのか」
私を守るように立ったまま、シルヴァン殿は問うてました。もっとも、彼のお気持ちはわかります。
『今更媚びを売ってくるか。俺を助けようと二人の不貞の事実は変わりない。無駄骨だったんだぞ?』
お助けした時の殿下は、こう仰ってましたもの。私たちを切り捨てたままであると――忠臣でもあった彼、シルヴァン殿に対してでもでした。
「それにだ。あんた、女を追って出奔したんだろ――どこぞの王族、姫君を」
そう……でしたわね。殿下が熱を上げていたお相手――ブリジット様。王族でもある彼女を身分を捨ててまで追って。私はそう思っておりましてよ。疑問を残しつつも。
私たちは緊張を保ったままでした。殿下の思惑がわからなさ過ぎてです。
「ふはっ……シルヴァーン? わかってるくせにぃ? 俺は彼女の国にすら訪れてないってぇ?」
「……は?」
均衡を破ったのは、殿下の笑い声でした。シルヴァン殿はより、青筋を立ててますわね……。
「だって、お前は確認してたんだろ? ブリジット様の動き……彼女本人と連絡を取りながらなっ!」
「は!?」
殿下はびしりと指を指したまま、話を続けていきます。
「なー、アリアンヌー? こやつー、こっそりー、ブリジット様と連絡とってたんだぞー? 君に惚れておいてなー?」
「「なっ!?」」
思わず私たちの声は揃ってしまいました。ぶ、ぶちかまし過ぎでしてよ……!?
「アリィ! ブリジット様の方は違うからな、連絡は一切とってない! こっちで勝手に探っていただけだし、新聞とか現地の情報屋を介してとかで!」
「え、ええ……かしこまりました?」
シルヴァン殿は私に対し、弁解しているようです。嘘をつくとは思っておりませんし、そう、嘘。
「……エミリアン様? なんで嘘つくんだ、なあ?」
シルヴァン殿はますますお怒りでした。それでも殿下は、すんっとしてました。
「ちえっ……このまま拗れれば良かったのに」
と、悪態までついているではありませんの。ああ……雰囲気は悪くなる一方ですわ。
「……エミリアン様。そろそろお話願えませんこと? 立ち話もなんですし」
「ああ……アリアンヌ! ありがと――」
私が提案したことに、殿下は目をウルウルさせていました。ええ、泣き真似であるとは経験則から学んでいましてよ。さらに彼は私に抱き着いてきますわ――もちろん。
「失礼しますわっ」
「わわっ」
今回はこちらから回避させていただきました。ええ、遠慮なく。それに殿下も如才ない方ですもの、よろけはしても転倒することはありませんでしたわ。口を尖らせる余裕もありますわね。
「……何してくれてんだよ」
シルヴァン殿は完全に警戒していました。完全に私を後ろに隠してしまいました。殿下はブーイングされているようで……。
「ひどいよー、シルヴァーン! 俺、彼女に逢いに来たんだぞ? 長い旅を経て!」
「……長い旅、ですの?」
「そう、そうなんだよ! 出奔した後、散々彷徨ったんだ!」
「……彷徨った、ですの?」
シルヴァン殿越しのやりとりとなりますが、いずれも信じ難いものばかりで。
0
あなたにおすすめの小説
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる