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ファーストバイト。
しおりを挟む部屋の明かりは十分、私はあらかじめ用意していた飾り付けの品を広げました。張り切って飾り付けです。ああ、心が華やぎますわー、浮かれ気分ですわー。
「わくわくしますわね、こういうのは!」
「そわそわ……」
「……」
また口で言ってましてよ。殿下は浮ついた様子で私の部屋を――じろじろ見て堪能もしているようでしてよ。言ってることが違うではありませんの……。もういいですわ、私の方で率先してやっていきましょう。
「……っと、俺もな、用意してきたんだ。それー」
「まあ殿下も……って」
殿下もご持参いただいてましたのね。それは喜ばしくはあるものの……その、殿下は紙のようなものをばらまいていますわ。ええと、紙吹雪?
「アリアンヌにも、それー」
「きゃっ」
私にも振りかけてきたのです。ええ、喜ばしくはあれど……片付けが大変そう。いえ、それは胸に秘めておきましょうか。用意してくださったその御心が嬉しいのです、ええ。
この日の為に持ち出してきていた大きめの机。ええと、中央あたりが広めにスペースをとれますかしら。持ち上げた私は隅から移動しようとしていましたが。
「……それ、君が持ってきたのか? 重そうだぞ?」
「ええ、私がでしてよ。どうってことありませんわ」
「おっふ……」
殿下……殿下? 体が引き気味でしてよ、殿下?
「っと、俺のアリアンヌは力持ちぃ。でもな、二人で運ぶぞ? 共同作業だ、な?」
「ええ、そうですわね。お願いしますわ」
ご助力は有難きこと。さあ、中央にでも――。
「窓際まで運ぶぞー、おー」
殿下は一人で号令を上げ、一人で声を上げていました。
「その、場所的にも苦しくもありましてよ? ぎりぎり置けないかと」
「じゃ、このテーブルは料理を置く用。バイキングみたくしよう!」
「それは構いませんが……窓際がよろしいのですの?」
ええ、小机でも食事をとるくらいはできますもの。それにしても、窓際にこだわりますのね? 外も悪天候でしてよ? いつもなら麗らかな朝や、息を呑むような夕日、満天の星空をのぞめますが、本日はどうにも。
「窓際がいいんだよ。どうせ……語らってきたんだろ。この部屋で、いい感じの雰囲気で!」
ああ、殿下は頬を膨らませて拗ねてますわ。それに誤解でしてよ。あなたのしたことによってシルヴァン殿がやってきたくらいで、あとは。
「そんな殿下。イヴに相談に乗ってもらったくらいでしてよ。良い雰囲気もなにも」
「……ぶう」
ぶう、って。殿下の頬は膨らむ一方。とことん面白くなさそうですわ。イヴですのに。彼は職務を全うしているだけですのに。
「……ふっ、まあいいさ」
殿下は今になって澄まし顔になりました。気が済んだのでしょうか。
「今夜は俺が独占だ」
「……」
なんとも自信に満ちた表情。今……互いに距離があって良かったですわ。至近距離で言われたとなると余計に――。
「……さあさあ、殿下! お食事が冷めてしまいましてよ私が運んでしまいましてよ!」
私、一呼吸、ノンブレスで言ってしまいましてよ。誤魔化しですわよ、誤魔化し。殿下は可笑しそうにクスリと笑っていました。バレバレですわね……。
飾り付けも食事も並べ終え、私たちは乾杯しました。グラスがチン、と鳴りました。良い音。食事もええ、美味しいですわ。二人で作ったから尚更でしょう。私の顔も笑顔となります。
「君は本当に美味しそうに食べるな」
「ええ、私の長所でしてよ」
「……ああ、そうだ。君のだな」
「……」
殿下は食事を中断し、食べる私を見つめていたのです。見守られているというべきか。落ち着きませんわ……。
「――そろそろケーキか」
食後のデザートにと残しておいたケーキ。薔薇をモチーフにしたオシャレながらも美味しそうな逸品でしてよ。持ってきていただいたのは殿下。フォークとナイフまで。ああ、切り分けてもくださっている。
「ああ、殿下。こちらでやりますわ」
「いいんだ、いい。俺がやるから」
「さようでございますか……」
それは殿下の心配りだと。ええ、甘えましょうか。でも……殿下。
「なんとしても『あーん』、するんだ。なんとしても……!」
目を血走らせながら……ですの?
「――さてと、あーん?」
さっさと切り分けた彼からの、ケーキのお裾分け。ええ、食べさせようとしているのです。
「……殿下」
さて、本日の主役はどういたしましょうか。だって恥ずかしいではありませんか……。
「あーん?」
いくら殿下がニコニコされていようと。
「……あーん?」
半べそ状態であろうとも……いえ、胸が痛くなってきましたわ。
「――いただきますわね?」
私は口を開け――殿下から食べさせてもらうことにしました。どうか目を閉じている間にお願いしたいところですわ。私、直視できませんもの……。
「……?」
いつまでも口に来ないですわね。私がうっすらと瞳を開けると――。
「……」
顔が赤くなった殿下が、その場で固まっていました。
「……」
……私だって恥ずかしい。口を開けているのも疲れてしまいましたし、閉じましょうか。
「……あ、待って待って! 見惚れたり、よからぬこと考えていてごめん! 今食べさせるから!」
口ぶりは慌てつつも、ケーキを運ぶのはゆっくりと。私の唇にふんわりとしたケーキが。それからとろけるような味わい。本当に美味しい……。
「……よし。次は俺にだ!」
彼は、今度は私に食べさせてもらおうと考えているようで。
「……そうですわね」
覚悟は必要ですが、食べさせてもらった身ですものね。私は食べやすいサイズにして、手を添えながらも殿下の口元へと運んでいくのです。
「……ぷるぷるしてんなぁ」
「ご容赦くださいまし」
ええ、緊張で手を震えるのは致し方ないこと。あと、殿下が詰まらせないようにとか、途中で落としたりしないようにとか。ゆっくり、ゆっくりとですわ。
「……うん、うまい」
時間をかけてようやく。私は成功したのでした。殿下も満足そうにされていますわ。美味しいですものね……って。
「……」
私はある『行為』が浮かんだのです。いえ、それはさすがに考え過ぎだろうと、そうであろうと――。
「――こういうの、『ファーストバイト』っていうんだってな!」
「!?」
あ、あまりのタイミングでしてよ!? 新郎新婦がケーキを食べさせ合うという、あのイベント。しかも殿下、『フォークじゃなくてスプーンだけどな』とまで? この国の婚礼にはなかったはず、どうして御存知なのです?
「お、疑問を抱いてるぅ。なに、ダンジョンに赴いた時にだ、書を読み耽っていたんだ」
「まあ……」
殿下の方でも出掛けられていましたのね。最終地点は書庫ともいえますから。
「君が――ユイが暮らしていたであろう世界のこと。とても興味深かったよ」
「そうですのね……」
その内の一つが今のでしたのね。ええ、殿下のこのお顔――狙ってやってましたわね。
「本番でも取り入れるか! 今度は大きめのスプーンを用意するし、まだ緊張していても構わないぞ?」
「いえ、殿下……」
本番も何も……その頃には。
「ずっと付き合うさ。君がこういったことも平気で出来るようになって。当たり前と思えるようになって。ずっと、ずっとだ――」
「……」
私は上手く言葉に出来なくて。首を振るしか……。殿下はそんな私を見てきたけれど、彼は自分でケーキを食べ続けていました。
「……うん、美味しいなぁ。幸せだなぁ」
この時間を噛み締めているかのようで。
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