脳筋悪役令嬢の華麗なる恋愛遊戯~ダンジョン攻略駆使して有利に進めてみせます!~

古駒フミ

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夏に思いを馳せて

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 焚火の炎が揺らめく。先人たちが拠点にしただけあって、魔物が近づく気配もありません。私たちは雑魚寝をしつつ、当番制で見張りをしていました。

「……」 

 無言のまま周囲を警戒しているのは名無し殿。今は彼が起きている時でした。私もうたた寝をしていたのですが、目覚めたのでした。目は閉じているものの、私も気を巡らせていました。

「ちゃんと休むんだ、ご令嬢」
「あ……」

 私が起きていること、名無し殿に気づかれたようです。他の二人に配慮して小声ではありますわね。

「眠れないのか」
「……そうですわ」

 ええ、眠れませんから。私は観念して体を起こしました。名無し殿、溜息をつかれました。呆れていることでしょう。

「どうしたら寝てくれるものか。眠らせるスキルでもあったら良かったのか」
「ま」

 名無し殿、真剣に考えてらっしゃるのね。ええ、いたく真剣でありました。

「しばし、こうしていてもよろしいかしら? 炎の揺らめきで、眠くなるかもしれませんから」

 横になると色々と考えてしまって。それに――。

「――自分が巻き込んだものだから。呑気に寝ていられない、と」
「え……」

 驚いた。名無し殿、どうしてわかりましたの? 否定、するべきか。

「……レヴァンタジア。心配になった殿下や姫がついてきたと、想像がつく。それに――あなたも気にしてやまないと」
「名無し殿……」

 本当に不思議な方。そこまで見通されていましたのね。私、わかりやすくもあるかもしれません。それでも、今は会ったばかりでしょうに。

「……?」

 会ったばかり、ですわよね?こうも話せてもいますが……いますわね?

「ええ、認めますわ。大人しくしていますし、警戒もしますから。ご一緒してよいかしら」
「……そうか。眠くなったら眠るように」
「ええ」
「……しなさそうだな。ふむ、私と話していた方が眠くなるかもしれない」
「え……?」

 お見通しなこともですが、あなたと話していると、ですの? 落ち着いた声ではありますが、そういうことでしょうか?

「その……あれだ」

 名無し殿、口をまごつかせているような、そういった感じでした。隠された頭部の下で。

「……私は話下手だから。退屈になって」

 眠気が訪れるだろう、と。恥ずかしそうにもしていましたわね?

「あなたが話下手ですの?」 

 私は驚きながらも返しました。よくお話されませんこと? しかも今、初対面同然ではありませんか?あなたにとっては。

「それは……」

 言いづらそうですわね、名無し殿。あまりお喋りを好まない方なのでしょうか。

「ダンジョンのこと、だからだ」
「なるほど……」

 思い返してみれば、でした。彼が雄弁なのはダンジョンにまつわること。

「よいではありませんの? 好きなことになると語りたくもなりますわ。それに愛好の同士もいますでしょうし」

 私とか。いつかは熱く語りたいものですわね。今はその、殿下もブリジット様も寝てますし。興奮してますます眠れなくなりそうで。

「……もう、刻限だから。ずっとダンジョンにはいられない、私はそうではないから」

 名無し殿、声が震えていて? それに限りがあるとも。

「……春が終わったら。私はもう――」

 あなたの表情は伺えないのに。あなたがどれほど悲痛な表情をしていることか。それが伝わってきてしまっていて。

 限られた時間。それに追い詰められるお気持ち、私にもよくわかるのです。

「――夏を迎えても、ではなくて?」 
「……ご令嬢?」

 あなた、不思議がってますわね?

「名無し殿、あなたは苦しまれているようですわ。私のことになってしまいますが、私も諦めるところだったのです。もう決められたことだって。私も夏を――」

 いえ、これ以上は言えません。名無し殿を巻き込むところでした。ですが、あなたも私もそうではありませんの?

「深い事情がおありでしょうが、私、あなたのダンジョン愛を存じてますのよ。この春限りだなんてもったいないと思えてなりませんの」
「そうは言ってくれるが……」
「もちろん、名無し殿がご納得されているのでしたら。ですが……そうは思えませんのよ」
「……そうか」

 それから名無し殿は黙られたのでした。静かな時間ですこと。

「……あなたとなら」
「?」

 ぽつりと呟いたのは名無し殿でした。私……?

「あなたと夏を迎えられたなら――何かが変わるかもしれない」
「……ええ」

 私もそう思えたのです。私も夏を迎えられたなら――自分が思う形でそうなれたのなら。

 今はまだわからないことばかりです。ですが、活路を見いだせた時、私は私として。アリアンヌ様もいるままで――夏を迎えられるのでしょうか。

「ああ……」

 そうなったらなんて、なんて素敵なのでしょうか。私、曖昧だったのかもしれません。それが今になって、明確になったというか。
 ――目の前が開けてきたというか。
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