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我慢をする子だったのに
しおりを挟む「――引き返しますか、姉さん?」
私たちは夜を疾走していく。この方向は――ヒューゴ殿のご自宅?
「ユウ君……」
ユウ君は力になってくれるの? 嬉しいけれど、意外でもあって。同じ思いとも言ってくれてもいたし。
「俺だって……あの人たちと一緒だ。嫌です、姉さんを送り出したくなんてない……!」
「……そう」
悲痛な声、ユウ君、本当は嫌なんだ。それなのに。
「……でも、これは――姉さんの願いでもあって」
――だからこそ、無理にでも納得するのだと。そうユウ君は言う。
それだけではなく、彼は。
「――俺に対する罰でもあるんです。俺が、俺こそが送り出すんです」
――最愛の人を。
「こんなんじゃ、償いにならないとは思います。それでもです……」
「ユウ君……」
ちらりと彼を見ると、彼の目は赤くなっていた――。
侵入する形でクラージュ邸へ。寝静まっているのかしら、邸の中は静かでした。
「こちらです」
案内されたのはヒューゴ殿のお部屋。整った室内に、ユウ君は乱暴にクローゼットを開けていく。そこから放り投げたのは――。
「失礼、雑ではなくて!?」
「いいんです、こんなもん」
「いえ、それはさすがに……って」
転がったそれは人形……いえ、見覚えがあったものでした。
――素体人形。
「!」
心臓がドキリとしました。こちらに攻撃してきたもの――一方で。
「そうでしたわ……」
崩れゆくダンジョンにて持ち帰ったもの。なんてこと、大抵のものは消えていくのに……ルートを経ても残っていたというの?
「……お膳立てはしておいたんで――出てきたらどうですか?」
ユウ君は人形に投げかけていた。そう、そうだ。この素体人形だって賢者にまつわる――。
『ざっつだなぁ、弟クンは!』
「うるさ。うっざ。そっちにはダメージないんでしょ、どうせ」
吐き捨てるかのようなユウ君……って、喋ってる!?
『やあ、ユイ。さっきぶり?』
素体人形の姿のセレステ、ですわね。よっと体を起こして立ち上がりました。
『イヴ・ポルトの方が動きやすかったのにー』
と、文句を言いながら。
「セレステ……」
セレステ、今度はこちらを媒介にしたと?
思わぬ形ではありましたが――セレステとの繋がりは断ち切られなかった。今はそれに安堵しましょう。
『なに、弟クン? 殊勝なことしてくれちゃって』
「そういうのいいんで。姉さんの願いと俺のケジメの為です」
『いいの? ――お姉ちゃん、二度と戻って来ないかもだよ?』
「……っ!」
ここで初めて動揺を見せたユウ君。そっか……。
「ユウ君」
嫌な役目させてしまった。ユウ君はやはり優しい子で。
「ごめんね、ユウ君」
我慢もする子だったのにね……本当にごめんなさい。私はヒューゴ殿の姿の彼、その背中に触れた。彼はびくっとしてしまったけれど。
「――ちゃんと帰ってくる。その為の話、してくるね?」
「……」
ユウ君、小さく頷いた。うん、約束だね。
『聞き分けいいね? 大好きなお姉ちゃんと二度と会えないのに』
素直なのが面白くなかったのか、揶揄い出していた。
「こんの……!」
激昂したユウ君、彼は掴みかかろうしたけれど。そこはこちらで背中を掴んで抑えていた。
「なんで、姉さん!」
「……お願い、ユウ君」
「……姉さん」
ユウ君の怒りは嬉しいし、私だって怒鳴りつけたいくらい。あと、服の皺がすごいことになってるよね。それだけ力を込めているから。抑えているから。
それでも聞きたいから。聞かないとだから。
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