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25、恋をしてみませんか
しおりを挟む「――ってことがあったんですよ」
夜の見回り中、ダリルにクライヴとの一件を話す。幸い、今夜はまだ戦闘にはなっていない。
フィリアの手首で揺れるブレスレットに、ダリルは視線を落とした。
「弱い魔法なら使えるって話だが……大丈夫なのか?」
「ええ。私も試したんですけど、いつも戦いに使ってるくらいならちゃんと使えました」
その辺りの匙加減が正確なのがクライヴだ。
「それに、昔から魔力を節約しろって言われてたんですよね」
「魔力を……節約?」
ピンとこないのか、ダリルが不思議な顔をする。
「魔力も体力と同じで使ったら消耗するんです。いかに少ない魔力で的確に使えるかを考えろってことらしいです」
「ああ、なるほどな。俺たちも剣で戦うときには相手の急所を狙う。長々と戦っていては、勝てたとしても体力の消耗が激しいからな」
「そうそう。そういうことです」
「……だが、何故今さらそのマジックアイテムをつける必要があるんだ?」
その辺りはフィリアもわからない。
「……何かのデータを取ってるんじゃないですかねぇ……。まあ、師匠からしたら、私っていい研究対象らしいですし……。あ、そうだ」
中庭に差し掛かったフィリアはダリルの袖を引いた。
「もう一ヶ所見回りに加えてもいいですか?」
「構わないが、どこだ?」
「ふっふっふ。着いてからのお楽しみです」
向かう先は第九王子の秘密基地だ。
勝手にダリルにバラしたら怒られるかもしれないが、昼間に見た感じだと侵入者が潜んでいてもおかしくはないような場所だ。
さすがに日中に堂々と中庭を抜けてくる輩はいないだろうが、夜になれば暗闇に乗じて……という可能性はなくもない。
こっちです!とフィリアが生垣に突っ込もうとすると、
「……その先の温室に行くなら向こうから回り込んだほうが早いぞ」
「ええっ、そうなんですか!? っていうか、温室があるってご存知だったんですか!」
「当たり前だ。何年ここで暮らしてると思ってるんだ」
なーんだ、と肩を竦める。驚かせるつもりだったのにと目論見が外れてしまった。
ダリルについていくとぼろぼろの木戸があり、人一人が通れるような小道がある。庭を回り込むように歩くと、温室の裏手へと出た。
「あ、本当ですね。これならドレスも汚れない……」
「一体何をやってたんだ。こんなところで」
「ここ、ブラントン様が見つけた秘密基地なんですって。あ、私がダリル様に話したって内緒にして下さいね」
「……元々俺も知っている場所なんだから内緒でもなんでもないぞ」
昼間は気にならないが夜になるとちょっぴり不気味だ。こんもり蔦が絡まった温室が暗闇と一体化して見える。
「明かり、いります?」
「いや。中はそんなに暗くないんだ」
ダリルが温室の扉を開けると、確かに真っ暗闇ではない。天井に絡まる蔦の隙間から月明かりが幾筋も差し込み、満天の星空の下にでもいるようだ。
「うわー……夜はこんな風になるんですね」
「ブラントンは知らないだろうな。今日みたいに雲が少ない夜はこうなるんだ」
「ダリル様、詳しいですね。もしかして……」
彼も子供の頃にこうして秘密基地や隠れ家を見つけていたのではないか。からかう声音のフィリアに、ダリルはあっさりと認めた。
「俺が子供の頃にはもう少し手入れがされていたはずなんだがな」
ハーブの絨毯から離れた場所に、小さな花が咲いている。白い小花を摘んだダリルは、ごく自然な仕草でフィリアの髪に挿した。
急に髪に触れられたフィリアは驚いて飛び退きかけるのをぐっと堪える。――ダリル様、こんなことをする人だったっけ!?
「ダリル様、こっ、この間からどーしたんですか」
「この間?」
「ウォルナッツ地方に行った時も……」
額に口づけられたことを思いだし、思わず手で押さえてしまう。
「別に婚約者なのだから、おかしなことじゃないだろう。軽いスキンシップだ」
「軽い、すきんしっぷ……」
堂々とした受け答えは、まるでフィリアの方が邪な事を考えているとでも言わんばかりだ。答えに窮したフィリアに、ダリルはくつくつと笑みを漏らした。
「お前の反応が面白くてな」
「かっ、からかったんですね!?」
「たまにはいいだろう。時々は婚約者の存在を思い出してもらわねば困る。お前ときたらクライヴにべったりで、俺と恋愛する気などなさそうだしな」
どこか自嘲気味にダリルが肩を竦めた。
「恋愛……する気なんですか。私と?」
「……自分の妻になる女と愛を育むのはおかしなことか?」
「い、いえっ……。ダリル様は、“魔法が使えるから”私をお選びになったんだと……」
お前の魔法を城の警備に生かせ。
そう言われて、フィリアもダリルが求婚してきた理由がすとんと腑に落ちたのだ。
ダリルの欠点をフィリアが補う。
フィリアはその代わり結婚しても魔法に携わっていられる。
利害関係が一致しているし、そういう夫婦としてもありかもなぁと思っていた。
「そうだな。お前の魔法使いとしての能力を買ったのは確かだ。だが、実際に接して、好ましい人間だと思うようになった。俺に愛されていては迷惑か? フィリア」
迷惑かなどと聞いておきながら、ダリルは強気な姿勢を崩さない。
「あ、愛されっ……」
フィリアなど、言われたことのない言葉に二の句が継げない。真っ赤になってぱくぱくと口を動かす。
「……返事はまた後日にしておいてやろう」
「返事!?」
しなくてはならないのか。
迷惑かと問われれば迷惑なわけがない。だが、それはダリルを恋愛対象として見るということで――額にキスやらそれ以上も受け入れるということで――恋愛経験のないフィリアにとっては全くもって未知の領域である。
「今日はもういじめるのは勘弁しておいてやる。戻るぞ」
「ええええ……」
なんでそんなに冷静でいられるんだと問いたかったが、言えばまた二の矢が飛んできそうだ。フィリアは素直に従っていつもの巡回に戻った。
――合流したロイドが見たのは、真っ赤になったフィリアと機嫌のいいダリルだったという。
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