好きなのは私だけ

よしゆき

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 発情期は数日間続き、カリナはフィデルとたっぷり濃密な時間を過ごした。
 疲れきったカリナはそのままぐっすりと深い眠りに落ちた。充足感に包まれ、疲れのせいもあり随分長く熟睡していた。
 暖かく心地よい陽の光を感じ、カリナの意識は浮上する。
 サリサリ、シャッシャッ……と微かな音が聞こえた。
 フィデルと一緒にいるようになって耳に馴染んだ音。彼が絵を描いている、鉛筆を紙に走らせる音だ。
 近くから聞こえる。部屋の中で描くなんて珍しい。窓の外の景色でも描いているのだろうか。
 そんな事を考えているうちに意識もはっきりしてくる。カリナはそっと瞼を開けた。
 とろんと眠たげな目に映ったのは、真剣な顔で絵を描くフィデルだ。窓の外を見てると思ったのに、彼はベッドの上、カリナの隣にいてカリナの方を見ていた。彼の手にはスケッチブックと鉛筆があるから、確かに絵を描いているはずなのに。
 目を開けたカリナに、フィデルは蕩けるような甘い笑みを浮かべる。

「おはよう、カリナ」
「おはよう、フィデル……。今、絵を描いてた……?」
「うん。カリナの寝顔が可愛くて」
「っ、え……?」

 さらりと告げられた言葉の意味がわからなくて、カリナはポカンと彼を見る。

「えっと……絵を描いてたのよね……?」
「うん」
「なんの絵……?」
「カリナの可愛い寝顔だよ」
「えっ……!?」

 思わず大きな声を出してしまう。

「すごーく可愛くて、ずっと見てたんだけど、あんまり可愛いから絵に残しておきたくて」
「っ、っ、っ……!?」

 寝顔をずっと見られていた。しかもそれを絵に描かれていた。
 それについても色々言いたいが、それよりも言いたい事がある。

「ま、待って……フィデル、人の絵は描かないんじゃ……?」
「苦手だからあんまり描かないけど、全く描かないわけじゃないよ。前にデフィリアに苦手を克服しろって無理やり彼女の顔を描かされたことがあるから、描けないわけじゃないし」
「っえ……」

 じゃあ、あのスケッチブックに描かれた絵は……。フィデルが彼女を描きたくて描いたわけではなかったのか。彼女の姿を絵に残したかったとか、そういう理由で描かれたものではなかったということか。
 全てこちらの勝手な思い違いだったのだという事をフィデルの口からあっさりと明かされ、カリナは複雑な気持ちになった。あの絵の存在にあんなにも苦しめられたのに、カリナの憶測は全部間違っていたのだとわかると何ともやるせない。ただの勘違いだったとわかって嬉しいのだけれども。

「…………っていうか、私の寝顔描いたの!?」
「えっ、今そこに驚くの?」
「やめて、恥ずかしいっ! 私絶対変な顔して寝てるもの!」
「変じゃないよ。可愛いってば」
「かっ、可愛くなんてないもの……!」
「ふふっ……照れてる顔も可愛い。大丈夫、カリナの絵は誰にも見せないから安心して」
「それは、安心だけど……そういう事じゃなくて……っ」
「本当はもっと描きたいんだけど、難しいんだよね。モデルのカリナを描きたいんじゃなくて自然なカリナを描きたいから……僕に見せてくれる照れた顔とか、僕に見せてくれる笑顔とか……残しておきたいのに……」

 そう言いながら、フィデルはスケッチブックの中を捲って見せてくれる。

「こ、これ……全部私……?」
「うん。このスケッチブックはカリナ用だから」
「私用……!?」

 スケッチブックの中はカリナの絵でいっぱいだった。けれどカリナは彼に描かれているなんて全く知らなかった。
 モデルのカリナを描きたいんじゃなくて自然なカリナを描きたい、というのはこういう事なのだろう。描かれていると意識していない、自然なカリナの姿が描かれている。

「いつの間に、こんなに……」
「カリナも僕の絵を描いてくれただろう? それが嬉しくて、僕もカリナを描きたくなって……。カリナを知っていくにつれて、色んなカリナを記憶だけじゃなくて絵に残したいって思うようになって……。閉じ込めて、僕だけのものにしたいって……そういう願望の表れというか……気づいたらこんなに描いてたんだ」

 照れたように微笑むフィデルに胸がきゅんと締め付けられる。
 驚きと喜びと、色んな感情が込み上げて言葉にならない。

「あ、今の顔もすごく可愛い」
「っ……」
「カリナはいつも可愛いんだけどね」
「っ!!」

 フィデルの言葉にいちいち反応するカリナ。それを見て、フィデルは声を出して笑う。

「っ、っ、もうっ、からかわないでってば……!」
「だからからかってないってば。本心だよ」

 心から愛おしむような瞳で見つめられてしまうと、もう怒る事などできなかった。

「うぅ……」
「僕はカリナのことが可愛くて仕方なくて、独り占めしたいくらい大好きなんだよ」
「っ……」
「僕がどれだけカリナを愛してるのかわかってないみたいだから、これからゆーっくりじーっくり教えてあげるね」

 冗談のような事を本気の滲む極上の笑顔で告げられて、カリナはびくりと肩を竦ませた。

「お、お手柔らかに、お願いします……」

 でなければ、心臓がもたない。
 身も心も蕩けるほどの大きな愛に包まれる予感に、カリナの胸は期待と不安でいっぱいだった。





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