義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき

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 そして遂にその日はやって来た。
 うまくいけばユリウスは、今日開かれるパーティーでヒロインであるシルヴィエと出会う。

「マリナは人見知りだし、人がたくさんいる場所は苦手だろう? 大勢の人が集まるパーティーに参加するのは、マリナにはまだ早いと思うんだ。もう少し大人になってからの方がいいよ」

 と、ユリウスに社交界デビューを遅らされているマリナは参加できないのだが。
 マリナは自分が人見知りだと意識したことはなかったのだが、言われてみると確かに今まで人と接する機会も少なかったし、いきなり人が大勢集まるパーティーに参加したら精神的に負担が大きいのかもしれない。そう思って、素直に彼の言葉に従った。ゲームのマリナは既に社交界デビューを果たしていたのだが、マリナはゲームのマリナとは違う。ユリウスもゲームより少し過保護になっているのだろう。
 ゲームと現実は違う。多少流れが変わることもあるだろうと、あまり気にしなかった。

「お義兄さま、絶対中庭に出てみてくださいねっ」

 マリナはユリウスの幸せを望んでいる。シルヴィエと結ばれるのが、ユリウスにとって一番の幸せだろう。そのためには、今日ユリウスとシルヴィエは出会わなくてはならないのだ。
 貧乏貴族のシルヴィエはパーティー中に心ない陰口に傷つき、中庭で一人ひっそりと涙を流すことになる。そこへユリウスが現れ、慰められ、二人の関係はそこからはじまるのだ。
 だから絶対にユリウスには中庭に行ってもらわなくてはならない。
 これからパーティーに向かうユリウスに、マリナは何度も念を押す。

「絶対、絶対ですよっ」
「わかったよ、マリナ。ちゃんと見てくるから」
「約束ですよっ」

 パーティー会場の中庭が綺麗で有名だからしっかり見て感想を聞かせてほしいと適当な理由を作り上げ、マリナはユリウスに中庭に行くように頼んだ。
 マリナも参加できれば二人の出会いを見守ることもできたのだが、仕方ない。
 マリナはパーティーに向かうユリウスを見送り、彼が帰ってくるのをおとなしく待っていた。





 数時間後。ユリウスはいつもと変わらぬ様子で帰ってきた。普段と全く態度が変わらない。運命の出会いを果たせたのか、見ただけではわからなかった。

「お帰りなさい、お義兄さまっ」
「ただいま、マリナ」
「ど、どうでしたか、中庭は!?」

 思わず身を乗り出して尋ねてしまう。
 ユリウスはにこっと微笑んだ。

「うん、とても綺麗だったよ。ライトと月明かりに照らされて、薔薇の花がキラキラ輝いて」

 ユリウスは丁寧に説明してくれるが、マリナが聞きたいのはそんなことではない。

「そ、それで、その、そんな素敵な中庭で、なにか素敵なこととか起きたりしませんでしたか!?」
「素敵なこと?」
「ええ! そんなロマンチックな場所ですから! なにか素敵なこととか起きてもおかしくないじゃないですか!」
「うーん……残念ながら、素敵なことはなかったかなぁ」
「ええ!?」

 シルヴィエと会わなかったのだろうか。それとも隠しているのか。ユリウスの表情からは判断できない。

「ほ、ほんとに? なにもなかったのですか!?」
「どうしたの、マリナ。そんなに必死になって」
「えっ……」

 気になるあまり、ぐいぐいいきすぎてしまった。これ以上しつこく食い下がると不審に思われてしまう。
 マリナはサッと身を引いた。

「す、すみません、そんな綺麗なお庭、私も見てみたくて……。お義兄さまと二人で歩けたら素敵だなぁって考えて、つい……」
「マリナ……」

 ユリウスはハッとしたように息を呑む。マリナの苦しい言い訳をすんなり信じてくれたようだ。

「ごめんね、マリナ」
「お、お義兄さま……?」

 ふわりと優しく抱き締められ、マリナは戸惑った。

「マリナの気持ちも考えないで、デビューを遅らせて……マリナをここに置き去りにして……」
「え? いえ、そんな……」
「僕も、マリナと二人で見たかった」
「はあ……」
「今度は、二人で見に行こう」

 咄嗟に出た誤魔化しの言葉はどうやらユリウスの心の琴線に触れたようで、それからマリナはすぐに社交界デビューを果たすこととなった。





 それからマリナはユリウスとパーティーに参加した。デビューを果たしてから二度目のパーティーだ。
 飲み物を飲みながらユリウスと話をしていると、片手を上げながら一人の青年が近づいてきた。

「よお、ユリウス」

 ニカッと人懐こそうな笑みを浮かべるその青年に、マリナは見覚えがあった。といっても、見たのはゲームの中でだが。
 ラドヴァンというその青年は、ユリウスと同じくゲームの攻略対象者の一人だ。
 ユリウス以外の攻略対象者にはじめて生で会えたことで、マリナのテンションは上がった。
 ヒーローの一人というだけあって、彼もとても整った容姿をしている。
 思わずじっと顔を見つめ、握手してもらえないだろうか、なんて考えていると、ユリウスと話していたラドヴァンがこちらに顔を向けた。

「やぁ、はじめまして、マリナちゃん。君のことはユリウスから聞いていたよ」
「はっ、あ、そ、そうなのですか……っ?」
「はは、緊張しちゃって可愛い。はじめましての記念に踊っていただけませんか?」

 差し出された手に、是非! と手を重ねようとして、突き刺さるユリウスの視線に気づいた。
 彼に言われていたことを思い出す。
 ダンスの先生には完璧だと褒められたのだが、ユリウスにはパーティーで初対面の相手と踊るのはまだ早いからやめた方がいいと言われていたのだ。緊張してステップを間違えれば、相手に恥をかかせることになるから、まだユリウス以外の男性と踊ってはいけない、と。
 穏やかな笑みを浮かべつつ、ユリウスの視線は厳しくマリナをとらえている。
 ここでラドヴァンからの誘いを受ければ、後で叱られてしまうだろう。
 マリナはしょんぼりと肩を落とし、ダンスを断った。

「申し訳ありません……。まだうまく踊れないので、お断りさせていただきます……」
「そんなの気にしないのに」
「いえ、みっともない姿をお見せするわけにはいきませんので……」
「じゃあ、もっとマリナちゃんのダンスが上達したらまた誘うから、そのときは踊ってくれる?」
「は、はいっ、もちろんです!」

 ただの社交辞令だろうが、マリナは笑顔で頷いた。
 その後もマリナはユリウスと過ごした。
 会場内にシルヴィエの姿を見つけたが、ユリウスが彼女に声をかけることはなかった。
 やはり、シルヴィエと出会わなかったのだろうか。ユリウスルートへ進むのを失敗してしまったのか。
 そう思っていたとき。

「お久しぶりです、ユリウス様」

 シルヴィエの方からユリウスに声をかけてきた。
 二人は運命の出会いを果たしていたのだ。
 当事者でもないのにマリナの気持ちは舞い上がった。

「ああ、はい、お久しぶりです、シルヴィエ嬢」

 しかし、当のユリウスは全く嬉しそうではなかった。ヒロインに声をかけられたというのに、喜ぶどころか寧ろよそよそしい態度で、笑顔も完全に愛想笑いだ。
 いや、照れているだけかもしれない。マリナが傍にいるから、平静を装っているのではないか。

「お義兄さま、私、少し庭を見てきますね」

 気を遣ってそう言ったら、

「それなら僕も行くよ」

 と言って、シルヴィエをほったらかして何故かユリウスも庭についてきた。
 おかしい。二人は確実に出会っているはずなのに、全然恋に発展しそうな雰囲気ではない。特にユリウスが。出会いさえすれば、そのまま順調に恋愛へと進展していくと思っていたのだが、そうではなかったようだ。
 自分の考えの甘さを反省していると、不意にユリウスに手を取られた。

「お義兄さま?」
「踊ろうか、マリナ」

 会場内の音楽は、ここにも流れてきている。
 マリナはユリウスに促されるまま、ステップを踏みはじめた。
 庭には、ユリウスとマリナの二人しかいない。

「なんだか贅沢な気分ですね。こんな綺麗な花に囲まれて、二人だけで踊るなんて」

 微笑むマリナを、ユリウスはじっと見つめる。

「踊りたかった?」
「え?」
「ラドヴァンと」
「いいえ、こうしてお義兄さまと踊れるだけで充分です」
「誘われて、嬉しそうだったね」

 確かに嬉しかった。けれどそれは、有名人に会えたファンの心境と同じだ。
 ラドヴァンに対して恋愛感情は一切抱いていない。それははっきりとわかった。だって、ユリウスを前にしたときのような心のときめきは全く感じなかった。

「お義兄さまと踊れることが、私はなによりも嬉しいです」
「マリナ……」

 僅かに瞠目するユリウスに、マリナはにっこり微笑んだ。
 ユリウスをどれだけ好きになろうと、その気持ちが報われることはない。
 だからあくまで妹として、家族として接しようと思っていたのに。
 自分はとっくに恋に落ちていたのだろう。
 たとえユリウスがシルヴィエと結ばれなかったとしても、ユリウスがマリナを妹としか見ていないという現実は変わらない。
 マリナはユリウスの妹にしかなれない。
 せめてゲームのマリナみたいにならないよう、この気持ちは心に秘めたまま、彼の幸せを願おう。




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 読んでくださってありがとうございます。



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