満月の夜に恋して

よしゆき

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後編

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 ぐるるっ、と唸り声を漏らし、通和は來愛を地面に押し倒した。
 肉食獣の鋭い瞳が真上から來愛を睨み付けてくる。

「見ろよ、この牙。お前の肌なんか簡単に噛みちぎれるんだぞ」

 歯を剥き、大きな牙を見せつけてくる。

「こえーだろ。怯えろよ。化け物って罵れよ。もう二度と近づくなって、俺を突き飛ばして逃げ出せよっ」
「怖くないもん。通和くんのこと、怖いなんて思わないもん……っ」

 來愛は負けじと睨み返す。
 本物の狼や別の誰かであれば來愛も怯え死に物狂いで逃げ出しただろう。でも、今目の前にいるのは通和だ。怖いなどと思うはずがない。

「っ……だったら、もうそんなこと言えなくしてやる……!」
「えっ……んっ……!?」

 ぐっと顔を近づけられた、と思ったら唇の隙間からぬるっとしたものが侵入してきた。熱くて長くてぬるぬるしたそれが、口の中を蹂躙するように動き回る。
 それが通和の舌だと気付き、自分がキスされているのだとわかった。
 なんでキス? という疑問は粘膜の擦れ合う気持ちよさにどうでもよくなっていく。

「んっ、はっ、ふぅぅんっ」

 狼男の通和の舌は長くて、口の中をぐちゅぐちゅと舐め回されると少し息苦しい。でも口内を犯されているような感覚に、ぞくぞくと背筋が震えた。キスというよりも、一方的に口腔内をめちゃくちゃにされているような。
 けれど、彼が牙で來愛を傷つけることは決してなかった。だから來愛はすっかりされるがままになっていた。

「ぁんっんっ、んっ、んんんっ……」

 飲み込みきれない唾液が口の端から溢れ、顎を伝って流れていく。もう來愛の口の周りはべたべたに汚れていた。
 気持ちよくて、息が上がって、下腹部がむずむずする。
 大きな舌が上顎を擦り、びくんっと背中が浮いた。脚の間からじわっと蜜が漏れるのを感じ、腰をもじもじと捩る。
 呼吸さえ奪うように、口づけは一層激しくなる。舌に舌が絡まり、擦り合わされ、快感に体が震えた。キスだけでどんどん蜜が溢れ、下着がじっとりと濡れていく。
 下肢に通和の腰がぐりっと押し付けられたその時。くちゃりと恥ずかしい水音がはっきりと響き、二人はピタリと動きを止めた。來愛は羞恥で、通和は驚きに。
 鼻が触れ合いそうなほど近くで、二人の目が合う。
 一気にものすごい羞恥が込み上げ、來愛は顔面を真っ赤に染めた。

「いやぁあああ……!!」

 恥ずかしさでパニックになり、來愛は悲鳴を上げ通和を殴った。通和には全くダメージを与えることはなかったが。

「お、おい……」
「いやー!! もう見ないで!」

 叫びながら両手で顔を覆う。

「やだもう、ばかばかばかばか! 恥ずかしすぎて死にたいぃ! き、キスされて、ぬ、ぬ、濡れちゃって、好きな人に恥ずかしい音、聞かれて……もうお嫁に行けないぃ……!!」

 キスされてうっとりして、しっかりと音が聞こえるほどに秘所を濡らしてしまうなんて。
 淫乱だと思われたに違いない。キスされて発情する、淫らな尻軽アバズレ女なのだと。
 恥ずかしさと悲しみで泣きそうだ。
 そんな羞恥に悶える來愛を、通和は呆然と見下ろす。
 なんなんだ、コイツは。
 偶然不良に絡まれているところを見つけ、放っておけなくて助けたのがきっかけだった。それまでは、彼女の存在など知らなかった。
 同じ学校に通っているなら通和が恐れられていると知っているだろうに、彼女は怯えもせずに何度も声をかけてきた。
 目付きが悪く口も悪い。決して友好的ではない通和に、屈託のない笑顔を向けてきた。
 通和は敢えて人を遠ざけてきた。自分は狼男だ。普通ではない。もし知られれば、相手は通和を恐れ離れていくとわかっていたから。
 だから親しい相手を作らずにいた。
 わざと周りが近づけないような態度を取って、一人でいることを選んだ。
 けれど、來愛はしつこく通和に付きまとってきた。近づくなと言っても近づいてきて、挨拶してきたりくだらない話をしてきたり。無視してもめげずに寄ってくる。
 そんな彼女に通和はどんどん絆されていった。
 距離を縮めてはいけないとわかっていたが、近づいてくる彼女を突き放す事ができなくなっていた。
 少しだけなら大丈夫だ。友達とも呼べないような関係なら。これ以上親しくならなければ。
 自分に言い訳をして、彼女との関係を続けてきた。
 気づけば、彼女が傍にいるのが嬉しくて。彼女の笑顔を見られると嬉しくて。声をかけてもらえると嬉しくて。
 自分の中で彼女の存在がどんどん大きくなっていた。
 そんな時に、告白された。
 嬉しかったが、それを受け入れることはできなかった。
 自分は狼男。化け物なのだから。
 傷つけたくなかったのに、通和の言葉は本人の気持ちとは裏腹に來愛を深く傷つけてしまった。
 その場から逃げるように走り去る來愛の後を、心配で追いかけた。公園のベンチで一人泣きじゃくる彼女を公園の外からこっそりと見守った。声をかけ、慰めることはできない。その資格はない。
 だが、彼女がちゃんと家に帰るところを隠れて見届けるつもりだった。
 今夜は満月だ。通和の体は満月に反応し変化した。人に見つからないよう隠れていると、数人の男達が公園に入っていくのが見えた。
 來愛が襲われそうになっているのを見て、通和は狼男へと変化した姿のまま助けに入った。
 男達は通和の姿を見てすぐに怯え逃げていったのに、來愛は怖がりもせず、通和だと気づいて声をかけてきた。
 そして信じられないことに、この姿の通和を見て、まだ好きだなんて言うのだ。まっすぐに通和の目を見つめ、怖くなんかないと。
 そんなわけがない。普通の人間なら、彼らのように裸足で逃げ出す。
 今は感情が高ぶっているだけだ。冷静になれば來愛だって恐怖し、通和から逃げていくに違いないのだ。
 彼女を突き放すべく、通和は押し倒した。もう二度と好きだなんて言えないように、襲いかかった。
 彼女の唇を舌で犯す。來愛は嫌悪し、舌に噛みついてくるだろうと思った。
 しかし彼女は一切抵抗しなかった。無防備に口を開き、通和の舌を受け入れている。甘い吐息を漏らしながら、時折こくりと喉を鳴らして通和の唾液を飲み込むのだ。
 そんなつもりではなかったのに、彼女の反応にぞくりと官能を刺激された。
 気づけば通和は夢中で來愛の口腔内を味わっていた。
 彼女の口の中は蕩けるように甘い。小さな舌が可愛くて、食べてしまいたい。
 息を吸い込めば、來愛の匂いが鼻一杯に広がる。特に下肢の方から、濃い匂いが。
 その時、不意に通和の腰が彼女の陰部に擦れた。同時に、濡れた音が耳に届く。ピクピクと狼の耳が揺れた。
 通和は思わず舌を引っ込め僅かに顔を離した。
 真上から、來愛の顔をまじまじと見下ろす。
 確かに濡れた音がした。彼女のあそこから。いやらしい水音が。この匂いは、発情した雌の匂いだ。通和に口を犯され、彼女は欲情し蜜を漏らしたというのか。
 呆然と見ていると、急に來愛は悲鳴を上げ通和をぽかりと殴った。
 羞恥で悶絶しながら、まだ通和のことを好きな人だと言っている。
 自分が狼男であることに懊悩する自分が馬鹿らしく思えるくらい、簡単に、まっすぐに、好きだと伝えてくるのだ。
 耳まで真っ赤に染めて両手で顔を隠す來愛に手を伸ばす。
 ふわりと、柔らかい毛の感触が手の甲に触れて、來愛は顔から手を離した。

「通和、くん……?」
「…………お前、俺のこと怖くねーのかよ」
「またそれ? 怖くないって言ってるでしょ」
「こんな俺のこと、まだ好きだなんて言うのか?」
「好きに決まってるよ。……フラれたからって、すぐに好きじゃなくなるなんてムリだもん」
「…………ほんと、お前って変な女」

 心底呆れたような、そんな通和の呟きがぐさりと胸に突き刺さる。

「へ、変……。そ、そっか……通和くんにとって私って変人だったんだ……。そ、そうだよね。フラれて逆ギレとか私も人としてどうかと思うもん。頭おかしいって思われても仕方ないよね……。通和くんに相応しくないのは私の方だよ……」

 それなのに、思い上がって告白なんてしてしまって恥ずかしい。
 深く落ち込む來愛に、通和のぶっきらぼうだけれど優しい声が降ってくる。

「ばか、そうじゃねーよ」
「へ……?」

 じわりと涙の浮かぶ視界に、照れたような通和の顔が映る。人ではない狼の顔なのに、來愛には照れているのがわかった。

「だから、つまり……その、変なとこも含めて、好きだってことだ」
「はぇ……?」

 來愛はポカンと通和を見上げる。

「え? え? 好きって、だって……」
「まさか、俺のこの姿を見ても好きだなんて言ってくるとは思わなかったんだよ……。だから、お前とは付き合えないって思って、ああ言ったんだ」
「えっ?」
「こんなの、フツーは怖がるだろ……。なのに、お前は……」
「怖くなんかないよ!」

 來愛は彼の顔に手を伸ばす。

「寧ろもふもふしてて素敵だと思う」

 両手で彼の頬を撫でる。柔らかい手触りが気持ちいい。

「その耳も、すごく可愛いし」
「かわっ……」
「尻尾だって、頬擦りして撫で回したいくらい魅力的だし」
「っ……」

 來愛は通和を見つめ微笑んだ。

「人間の通和くんも、狼の通和くんも、大好きだよ」

 素直な気持ちを伝え、來愛は彼に口づけた。
 開いた口に舌を差し込み、彼のそれと触れ合わせる。

「通和くんの、この、おっきい舌も、好き……」
「っ、っ、っ、お前はっ、ほんと……っ」

 毛に覆われているのに赤面しているのがわかるくらい照れている。來愛のすることで照れる彼も、堪らなく可愛い。
 仕返しとばかりに、再び深く舌を口の中に挿入された。

「んっ、ふぁんっ……んっんっ」

 狼男の姿の彼とは、唇をぴったりと重ねるようなキスはできない。その代わりというように、互いに舌と舌を絡め合う。擦り合い、舌をねぶる。

「はっ、ぁっ……ふっ、んっ、んーっ」

 濃厚なキスはとろとろと溶けてしまいそうなほどに甘い。
 來愛の胎内はじんじんと痺れ、脚の間から新たな蜜を零し続けた。
 キスをしながら身動げば、また二人の陰部が擦れた。
 通和の固くなっているそこが、ごりっと來愛の陰核を押し潰す。途端に、強烈な快感が走り抜けた。

「んふぅっ、んっんっんんぅっ」
「っ、はっ、はあっ……んっ」

 はしたないと思うのに、腰が勝手に動いて快楽を追い求めてしまう。
 それは通和も同じようで、彼も腰を揺すり來愛のそこへ何度も擦り付ける。
 通和の膨らんだ股間が、ぐちゅぐちゅと音を立てて來愛の秘所を捏ね回す。
 恥ずかしくて気持ちよくて、彼も同じように興奮している事が嬉しくて、頭がくらくらした。
 口の中の彼の舌にちゅうちゅうと吸い付きながら、クリトリスを刺激し続ける。
 布越しに、互いの敏感な箇所を擦り付け合う。

「んはぁっんっ、みち、ず、くぅっんっんっ、~~~~っ」
「っはあ、んっ、っ、來愛……んっ、んっ」

 快感はどんどん強くなる。二人は絶頂へ向け駆け上がり、腰の動きは速くなっていった。
 まるでセックスしているみたいだ。そう思うと更に体は高ぶった。

「んっんっんっ、ぁっ、すきっ、んっんんっ」
「はっはっ……んっ、はあっ、來愛……っ」
「あっんっんっんっ、んぅううううっ、~~~~~~っ」
「っ、──~~っ、くっぅ……っ」

 ガクガクと体を震わせ、二人は絶頂を迎えた。はあはあと、荒い呼吸を繰り返す。
 來愛はくったりと地面に体を預けた。絶頂の余韻に全身が痺れている。
 陶然となっている來愛の顔を通和が覗き込む。

「大丈夫か……?」
「ぅ、うん……」
「立てるか?」

 手を差し出され、來愛は目を丸くする。

「えっ!? 最後までしないの!?」
「っ、はあ!? するわけねーだろ、こんなとこで!!」
「え、今してたのは? ここまでしたら、最後までしても同じなんじゃ……」
「同じじゃねーよ!!」

 ぽかりと優しく頭を殴られた。

「バカなこと言ってないで帰るぞ! 送ってやるから!」
「えー」
「いいから、ほら立て!」

 通和にひょいっと体を持ち上げられ、立たされる。
 來愛は歩き出す通和の腕にしがみついた。腕に抱きつきながら、ふさふさの手を握る。

「っおい」
「いいよね? 私達、もう恋人だもんね?」
「っ、っ……」
「通和くん、照れてるの? 可愛い」
「っ、っ…………はあ……。俺に可愛いなんて言うのはお前くらいだ。ほんと、変な女……」
「変でいいもん。通和くんの彼女になれたんだから」

 満面の笑みを浮かべ、彼の腕に頬擦りする。
 通和は呆れと照れの入り交じったような溜め息を零した。
 満月の浮かぶ夜道を、二人はぴったりと寄り添って歩いていくのだった。
 





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