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しおりを挟むある日、フィルに一緒に行ってほしい場所があると言われた。エルザに会わせたい人がいると。
彼に従い、そして着いた場所は城だった。
前回もそうだったが、部外者の自分が簡単に足を踏み入れていいのだろうか。戸惑いつつもフィルについていき、客間に通された。
果たしてそこにいたのは、コルネリアとエルザの両親だった。エルザは驚愕に目を見開く。
「お父様、お母様……それにコルネリア様まで……!?」
「ああ、久しぶりね、エルザ! 会いたかったわ……!」
コルネリアは笑顔で駆け寄ってくる。「裏切り者」とエルザを責め立てていたのに、あの時とはまるで態度が違う。
困惑しているとコルネリアはハッと何かに気付き悲愴な表情を浮かべた。
「エルザ、その髪……っ」
「え……?」
「もしかして、切られたの!? 酷いわ! 可哀想なエルザ……!」
勝手に勘違いをして、コルネリアは憐れみの目をエルザに向ける。
違う。これはエルザが望み、フィルがそれを叶えてくれたのだ。
何も知らないコルネリアの反応に、何だか酷く嫌な気持ちになった。まるでエルザが耐え難い辱しめを受けているかのような。そんなコルネリアの視線こそが、侮辱されているような感覚をエルザに与えた。
違うのだと口にしても、きっとコルネリアには理解してもらえない。
これ以上髪の事を言われたくなくて、エルザは話を変えた。
「それよりも、コルネリア様はどうしてここに? お父様とお母様も、何故ナイセリオン国にいるのですか……?」
両親へ顔を向けると、彼らは気まずそうに視線を伏せる。父親が躊躇いがちに口を開いた。
「その……私達が、間違っていた」
「……どういう事です?」
「ロルフ殿下との一件の事だ。お前に罪はなかったのだと、そう判断が下された」
「え……?」
「貴女はもう罪人ではないのよ、エルザ……」
母親は涙ぐんでいる。
よくわからないが、エルザは無罪になったらしい。
しかし喜びはなかった。
牢屋の中で、エルザは何度も無実を訴えた。けれどコルネリアも両親も、エルザの言葉を信じてはくれなかったというのに。
それなのに今はエルザは無罪だったのだとあっさり言ってくる。
今更。あまりにも、今更ではないか。
「だから、もうオーレリア国に戻ってきていいんだ、エルザ」
そんな父親の言葉も、全く嬉しいと思わなかった。
「一緒に帰りましょう、エルザ。また私の護衛をさせてあげるわ」
そうコルネリアに言われても、少しも惹かれなかった。
彼らの言動に何も心が動かない。
「申し訳ありません。私はオーレリアへは帰りません」
エルザはきっぱりとそう言い切った。
「ど、どうして、エルザ……!?」
「オーレリアには私の居場所はありません」
「そんな事っ……」
「ないんです、オーレリアに、私の居場所は」
コルネリアを、両親を、まっすぐに見据えエルザは言う。
「私は帰りません。自分の意志で、ここにいる事を望みます。私はここにいたいんです」
何度も帰ってくるように言われたが、エルザは決して頷かなかった。渋々彼らは諦めて、エルザは漸く解放された。
フィルと一緒に帰る。家に入ってドアが閉まった瞬間、フィルに抱き締められた。
「エルザ……っ」
「なっ……ぁ、フィル……? 急に、どうしたんだ……?」
突然の事に動揺するエルザの耳に、彼の掠れた声が届く。
「よかったです……。エルザが、オーレリアに帰ってしまわないで……」
「っ……」
「ここにいたいと言ってくれて……嬉しいです……すごく……」
ぎゅうっと抱き締められて、エルザの頬に熱が灯る。
「そ、それは……その……孤児院の皆に、剣を教えている途中なのだし……。まだまだ学んでもらわなければならない事は、沢山あるんだ。それに、ジェシカと遊びに行く約束もしているし……孤児院の大掃除を手伝う予定もあるし……」
しどろもどろに理由を並べ立て、「それに……」とエルザは続ける。
「それに…………フィルの、傍にいたい、から……」
「! エルザ……っ」
フィルは体を離し、感極まったような顔でエルザを見つめる。
「嬉しい……嬉しいです、エルザ……」
彼の手が、エルザの頬をそっと撫でる。
「っ……フィル……」
頬に軽く触れられているだけなのに、エルザの背中がぞくんっと震えた。下腹部からじわじわと全身に熱が広がっていくような感覚がした。
愛おしむような彼の視線に、体の奥が熱くなる。
ぞくぞくして、足が震える。
胎内が、疼く。何かを求めるように、きゅんきゅんと激しく疼いている。
「っあ……?」
立っていられなくなり、エルザの膝がカクンと折れた。
「おっと……」
くずおれそうになるエルザの体は、伸ばされたフィルの手に支えられた。
「大丈夫ですか、エルザ?」
「あ、ああ……」
頷きつつも、エルザは自分の身に何が起きているのかわからない。
足に力が入らないエルザの体を、フィルが抱き上げた。
「フィル……!?」
「じっとして。このまま部屋に運びますから」
下ろしてくれ、と言いたいが、下ろされてもきっと自力では歩けない。エルザは大人しく彼に運ばれる。
「……すまない、フィル」
「いいんですよ。きっと緊張の糸が切れたんですね。コルネリア王女とご両親に会われたのですから、無理もありません」
「…………」
それは違う。けれど違うのなら何なのか、説明ができない。
エルザは自室のベッドに下ろされる。
「夕食まで、このまま休んでいてください」
「え……」
フィルは離れていこうとする。エルザは反射的に彼の腕を掴んだ。
「エルザ? どうしました?」
「あ……ぅ……い、行かないで、ほしい……」
消え入りそうな声で言えば、フィルは僅かに目を見開いた。
「は、離れたくないんだ、フィルと……」
「エルザが望むのなら、私はずっと傍にいますよ」
フィルは蕩けるように甘く微笑む。
優しく頭を撫でられて、ぞくぞくっと体が震えた。彼に少し触られただけで、体が過剰に反応してしまう。
「……フィル、私……ど、どうしたら……」
「どうしたんです、エルザ?」
「か、体が……熱くて……。ここ……お腹の奥が、むずむず、するような……」
下腹部を撫でながら、体の異常を訴える。
「変……変な感じが、する……」
「大丈夫ですよ、エルザ。それはきっと、エルザの体が私を求めてくれているんです」
「私の、体が……?」
そう言われると、そういう気がする。体が何かを求めているような。満たされたいと飢えているような。
「すまない、こんな……」
「謝る事ではありませんよ。それは普通の事ですから。エルザが私を欲しがってくれているのなら、こんなに嬉しい事はありません」
恍惚とした彼の瞳に見つめられ、体の熱はどんどん高まっていく。
「大好きですよ、エルザ」
「ぁ……」
腹の奥がきゅうぅっと激しく疼いた。まるで心よりも体が先に自分の気持ちを自覚したかのようだ。
「私も、好きだ、フィル……」
一言一言噛み締めるように伝えれば、彼は花が綻ぶように破顔した。
「嬉しいです、エルザ……」
火照った頬をフィルの掌が撫でる。
「フィル……」
彼を呼ぶ自分の声が甘ったるい。ねだるような、媚びるような響きが恥ずかしい。
でもフィルは嘲る事なく嬉しそうにこちらを見つめている。
彼は自分を見下さない。これだから女は、女のくせに、なんて蔑まない。彼はエルザを認め、求めてくれる。彼の前では強がらなくていい。彼には甘えてもいいのだ。心からそう思えた。
「フィルぅ……」
ますます甘ったれた声が出た。フィルは更に嬉しそうに目を細める。
彼の指が頬から首筋へと滑る。ぞくっと肌が粟立ち、大袈裟に肩が跳ねた。
下腹部の疼きが治まらない。彼を求めてきゅんきゅんしている。
「エルザ……」
彼の顔が近づいて、唇が重なった。
はじめての口づけ。彼の唇の感触。
ぶわっと羞恥が込み上げて、でもそれ以上の多幸感に包まれる。
感触を楽しむように角度を変えて何度も唇を重ね、キスは徐々に深く濃厚なものへと変化していく。
「んっ……ふぁっ、んんっ……」
頭がくらくらして、心がふわふわする。
もっとしてほしいというエルザの望みを汲むように、フィルは唇を離してはまた重ね、舌を触れ合わせ絡め合う。
ぞくんっぞくんっと絶えず背筋が震え、胎内が熱く痺れる。
長い長い口づけの合間、エルザは気づかずにとろとろに蕩けた表情を晒す。
「はっ……ぁ……私、フィルが、ほしい……」
体が求めるままに口にすれば、フィルの双眸に情欲が宿る。いつも穏やかな草食動物のような彼の、肉食獣を思わせる眼差しにエルザはぶるりと震えた。彼に食べられてしまう。そう思うと、全身を官能が駆け巡る。
「私も貴女がほしいです、エルザ」
その言葉に、彼の視線に、声に、眩暈を感じるほどの愉悦を覚えた。
彼に全てを捧げ、食べられてしまいたい。
その願望に従い、エルザは彼に身を委ねた。
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