永遠のきみへ

晴なつちくわ

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11.救済

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「嫌がっているだろう? 離してあげたらどうかな」

 声を掛ければ、男たちが一斉にトワを見た。なんだテメェ、と言いたげな瞳。構わず進んで、男と受付嬢の間に割って入る。

「あぁ? 何勝手な事してんだテメェは」
「それはこっちのセリフだよ。嫌がっている女性に何をしているのかな、君たちは」

 柄が悪そうなところを見るに、人攫いか性欲を制御できない愚か者であることは分かる。いつまでも彼女の腕を掴んでいる手。はぁ、と溜息を吐いて手首を掴んで、肘の方向へ軽く捻ってやる。

「痛ぇっ! ッ何しやがる!」
「いつまでも君が彼女を離さなかったからね」

 受付嬢を背中に庇いながら教えてやった。
 人体のことは散々カイに聞かされたから、ある程度の護身術は知っている。こんなときに彼のウンチクが役に立つとは思っていなかった。心の中で感謝しながら彼らを見る。
 冷静に観察すると、男たちは酔っぱらって絡んでいるわけではなさそうだ。人攫いをして金儲けを考えている可能性が濃厚。それならば、と唇に笑みを乗せた。

「彼女よりも、もっと金になるもの、知りたくないかい?」
「ああ? 女よりも金になるものがあるわけねェだろ! カスが!」
「そうかな? 僕の方が、彼女よりよっぽど稀少なんだよ? なんたって僕はある国に売れば、一生遊んで暮らせる金が手に入るんだから」

 男たちは目を見開いている。当然だ。眉唾物だろう。いや、自分に懸賞金が掛けられているのは本当だ。ユリャナが教えてくれた。
 トワを監禁していたバベル家は医学を司っていた。医学は色んな所とのパイプを作りやすい。無論、国家の重役からも重宝されていた。万病を治し、致命傷すら治してしまうことは、ある意味、不死の軍隊を作ることと同義だ。それを利用して、かつて強大な軍事力を有していたダーマ国。彼らにこの身を売れば、きっと相応の大金を貰うことは出来るだろう。果たして、ダーマ国にまだリシャール時代の自分を知っている人間がいるかどうかは不明だが。

「彼女を見逃してくれるなら、僕が代わりに君たちについていこう。悪い話じゃないと思うけれど?」
「……へえ? 嘘だったらどうする?」
「そうだな……、これでどうかな?」

 そう言いながらフードを外せば、ヒューっと下品な口笛が男たちから送られてきた。クソはやっぱりクソだな、と思いはするがおくびにも出さずに、にこりと笑みを浮かべる。

「綺麗な顔が好きな物好きにでも売り飛ばせばいい。世の中にはそういう変態もいるって聞くからね」
「ハハッ、言ったな? いいぜ。アンタで妥協してやるよ。ついてきな」

 わかった、と頷いてから、受付嬢に向き直る。トワさん、と名前を呼ぶ声は震えている。青い顔をしている彼女に笑いかけて、そっとその肩を撫でた。

「心配しないで。君は今すぐ皆のところに戻るんだ。嗚呼、このトランクを持って行ってくれるかい? それから皆にありがとう、と伝えて欲しい」
「おい! いつまで喋ってる! さっさとしろ!」

 せっかちな連中だな、と思いはするが、逆らえばろくな事にならないのは知っている。彼女がトランクの持ち手をしっかりと握り締めたのを見届けてから、もう一度微笑んで、彼女に背を向けた。
 男たちの数歩後ろを歩きながら、トワは頭を回転させる。
 彼らは丁度、トワが行きたい方向に向かっている。これなら、そのまま隙を見て夜道に逃げられそうだ。それには山の中の獣に手を貸してもらう必要があるけれど。あとは彼らが飛び具を持っていないと良いな、と思いながらトワは好機を待つために足を動かし続けることにした。


 ***


 宿の食堂でゆったりと食事をしていたところに、受付嬢が駆け込んできて、女主人を始めとする隊商のメンバーは目を丸くした。

「一体どうしたんだい、そんなに急いで」
「ッ、リシャール様がッ!」

 彼女がそう言った途端に、音を立てて立ち上がったのはアルだった。そのまま忙しない足音も隠さずに外に飛び出した彼を見送ってから、女主人は受付嬢に問いかける。

かい?」

 彼女は首を激しく横に振る。人攫いなんです、という彼女の瞳には涙がいっぱいに溜まっている。それだけで何があったのかは容易に想像できた。
 トワが彼女を庇い、その代わりに人攫いにトワが連れて行かれたのだろう。彼女の背を撫でてから、顔を上げる。屈強な体を持つ男と女に目配せをすると、二人は頷いてその場を後にした。ごめんなさいごめんなさい、と繰り返す彼女に、大丈夫だよ、と言ってやる。

「アンタの所為じゃないよ。私らが何とかする。心配することない」

 トワはこの隊商が本物だと思っているようだったが、本当は違うのだ。アダルの部下であり、リシャールに恩義がある者たちによって構成された特殊部隊。それが隊商のメンバーの本当の顔だ。
 受付嬢の役を振られた女は、特別な訓練をしているわけではなかった。でも彼女が、リシャール様の役に立ちたい、と言った。アダルも彼女の意思を尊重した。それに彼女がいることによって、よりカモフラージュ出来るだろう、とも言っていた。
 実際、トワに気付かれなかったのだから、その判断は正しかったと言える。
 顔を上げて、その場に唯一残っていたヒョロい体つきをした男に声を掛ける。

「アダル様に知らせてくれるかい?」
「御意。……アル、いや、ノア、でしたっけ? 彼は追わなくても?」
「彼のことはアダル様が承知している。だから放っておいておやり」

 頭を下げて男は姿を消す。
 そうなのだ。アルという男の正体は、ノアだった。
 気配に聡いトワを騙すだけのトリックがあるのか、トワはやはり彼だと気付いてはいなかった。意思疎通を筆談にしたのも、容姿を隠すような恰好をしていたのも、その効果を倍増させていたように思う。
 ノアを隊商に入れると聞いた時、当然女主人も驚いた。トワは彼を置いていく、と聞いていたからだ。
 何故ですか、と問うた女主人に、アダルは言った。

――私は、リシャール様を長年見てきた。あの御方は心を殺すのが果てしなく上手いが故に、己の心すら欺く。その結果、一等大切なものを自ら手放してしまった。それを見て見ぬフリをして、何が恩返しだというのか。

 アダルの言う事は尤もで、納得させるだけの説得力があった。だからここまで、トワを欺いてきた。当然トワを傷付ける意図はない。ただ、自分たちに幸せをくれたように、トワにも恩返しがしたい。そのために、皆集まったのだ。
 未だに泣いている受付嬢を宥めながら、部屋へと運ぶ。彼女が落ち着いたのを見計らって、女主人もまた宿を出た。
 トワとノアを見つけて、無事に連れて帰る。
 そんな決意を胸に、女主人は駆け出したのだった。


***


 荒い呼吸をできる限り抑え込んで、木陰に隠れる。
 本当に今日が新月で良かった。夜目の効く瞳を持っているトワに、この暗闇は有利に働いてくれた。

「あのヤロウ! どこ行きやがった!」
「そう遠くは行ってないはずだ! 探せ!」

 対して人攫い達は、森の闇を攻略できず松明を持ちながら追いかけてきていた。お陰で彼らの位置は明かりが教えてくれる。彼らの詳細な動きは見えないが、このまま明かりから遠ざかれば良い。
 ふーっと息を吐き出して、呼吸を整えることに集中する。
 一時期はどうなるかと思ったが、野犬がいてくれて助かった。人間には認識できない言葉で野犬達に語りかければ、彼らは喜んで協力してくれた。逃げられたら困る、と縄で縛られそうになったのを見計らって、一匹が男に噛みついた瞬間、トワは森の中に逃げ込んだのだった。
 森に入ってしまえば、あとは闇に紛れて音を立てないように逃げるだけ。
 だけど、と思う。
 体力が思ったよりもなかった。ずっと走り続けるなんて芸当は、過去の始祖達にしか出来ないだろう。始祖のノアが、俺は三日でも走り続けられるけどね、と得意げに言っていたのを思い出して、ふっと笑いが漏れた。自慢すんなばーか、とその時は言っていたけれど、今だけは彼の体力が羨ましい。
 だんだんと整ってきた呼吸。よし、と気を入れ直した刹那。
 ぽん、と肩を叩かれて震え上がる。動けなかった。気配を探るのを疎かにしていたせいだ。心臓が五月蝿いのに、冷えていく気がした。しかし、しーっという息の音がして振り返った先。
 そこにいたのは、隊商の一人であるアルという青年だった。
 目を見開いたトワに、アルは小さく息を零す。笑った、のかな。そんなことを思っていたトワへ、此処にいるようにジェスチャーした青年は、そのまま松明の明かりの方へと向かっていく。
 まさか、と思って外套の裾をやわく掴む。そのまま逃げればいいと思っているのに、青年は違うようだった。いつまでも手を離さないことにしびれを切らしたのか、何かを書いた彼から紙が差し出される。

――このまま町に帰っても、追われると厄介だから

 流れるような文字で書かれた言葉は確かに正論で、下唇を噛む。

「巻き込んですまない。どうか怪我はしないで」

 小さな声に、彼は強く頷いた。そのまま歩き出した彼を止める術はトワにはない。
 アルは冷静だった。姿勢を低くして低木に隠れるように人攫いに寄っていくと、まず狙ったのは、松明を持った男だったらしい。男のうめき声が聞こえたのと同時に、辺りの明度が下がる。掲げられていた松明が地面に落ちたからだろう。

「どうした! なっ、何だテメェ、……ガッ!」

 鈍い音がした。それから何度か痛々しい物音がして、辺りがしんと静まる。
 トワはゆっくりと体を木陰から出した。明かりが灯る場所に立っているのは一人。そのシルエットはアルのもの。それを理解したのと同時に、トワは駆け寄った。

「アル!」

 トワの声に反応したアルのフードの口がこちらを向いたのが見えた。その場には、落ちた地面で炎を小さくしつつも燃え続ける松明と、伸びた男が二人倒れている。

 それを横目で見たときの違和感を、無視してはいけなかったのに。

 トワはそのままアルに駆け寄った。ぱっと彼の体に目を走らせる。得物を持っている者がいなかったのか、彼の衣服は切れていない。包帯の巻かれた腕も記憶の通りだ。
 ふーっと息を吐いて、彼を見る。

「どこも怪我はしていないみたいだね。良かった」

 アルは怪我をしていないことをアピールするように、手を見せてくれる。漏れた笑いを隠さずにその手を握る。

「本当に、良かった」

 本当は背中を見送るのが怖かった。此処で待ってて、と言った過去の背中が一瞬重なって見えたから。あの時よりもずっと少ない人数なのはわかっていても、見送るのが怖くて仕方なかった。本当に無事で良かった。
 深く息を吐いた。
 その直後だった。
 思い切り腕を引かれて体が傾く。え、と思った時には遅かった。庇われるようにアルの体に包まれた。
 体に走った鈍い衝撃。鼻を突いた血液の臭い。うめき声。
 まさか。全身の血の気が引いていく。

「ッチ! クソ野郎どもが!」

 そうだ、と思う。さっき地面に倒れていたのは二人だった。人攫いは全員で三人いたのに。あの場には二人しかいなかった。
 どうして、それに気づかなかったのだろう。
 どん、と体を押された。その時に見えたのは、アルの背中に刺さった得物の柄。心臓が嫌な音を立てる。手を伸ばす間もなく、アルは男に向かっていく。そのまま驚異的な力で男の右耳に一発平手を叩き込むと、男がふらりと立ちくらむ。そのうちに回し蹴りで踵を男の鳩尾に直撃させて、男を森の奥に蹴り飛ばした。
 はーっ、はーっ、という荒い呼吸のまま、背中に刺さった得物を引き抜いたアルが、地面に膝を突いた。そんなアルに駆け寄って傾きかけた体を抱き留める。ぬるりと手に触れる血液に、ざわりと肌が粟立つ。血の気が引いていくのを感じながら、ひとまずその場に座らせた。
 なんとか、しなければ。
 服を脱がせて止血するしかない。でも多分刺された場所は、人体にとってはかなり危険な場所だ。失血死しかねない。最悪の場合は彼の意思を聞いて血を与えるしかない。
 そう瞬時に判断したトワの行動は早かった。

「ごめん、脱がせるよ。……!」

 止血には外套が邪魔だった。だから、フードも何もかも取ったのに。
 フードから現れた顔を見て、トワの体が固まった。

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