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 十一月に入り休養しても、マーシャの体調は良くならなかった。
 医者に診せてもどこにも悪い所はないという。
 名医と呼ばれる者を何人も両親が手配してくれたが、身体の怠さは抜けず、今では立って歩くことすら困難になっていた。
 呪いでは、等と迷信じみたことまで言い出す使用人や両親を宥め、この怠さはどこから来るのだろうかと考えるようになっていた。
 ボス討伐を終えた直後から体調を崩したのだ。
 試しに体力ポーションと魔力ポーションを飲んでみた所、一時的に体調は回復し、起き上がって居室を歩けるくらいになった。
 両親達は回復したと喜んだのだが、数時間もすればまた体調が悪くなる。
 体力が減っているわけではない。
 魔力ポーションだけを飲んでみた所、身体は動くようになったのだった。
 原因が魔力とわかれば、両親は魔術師団員を呼んでくれた。
 事前に症状を説明していたようで、マーシャの部屋に入ってきた三名の女性魔術師団員の動きはスムーズだった。
 居室のソファで迎えたが、今日はいつ魔力ポーションを飲んだかを聞かれ、ついさっきと答えれば、また体調が悪くなるまで様子を見させて欲しいと言い、野球ボール程の大きさの水晶玉を握るように言われた。魔水晶でできたタブレットにしか見えない板を見ながら、魔術師団員達は静かに数時間観察し続けた。
 水晶玉はおそらく魔力測定をする魔道具なのだろうと予想はついたので大人しく持ち続け、二時間が経過した頃から身体が重く、背もたれに凭れ掛かっていなければ座っていられなくなり、三時間が経過する頃には上半身を起こしていることが辛くなった。
「魔力ポーションを飲んで下さい」
 と言われてポーションを飲み、体調が回復する。
 身体を起こしたマーシャに、魔水晶の板を持っていた魔術師団員は「ご協力ありがとうございました」と言って退出しようとするので呼び止め、原因を教えて欲しいと乞う。
「ご両親に説明を致しますので、よろしければご一緒に」
 と言われたので共に父の執務室へと向かい、聞いた内容に皆愕然としたのだった。
「お嬢様は時間経過と共に魔力を少しずつ消失しておられますね」
「…それは、どういう…?」
「簡単に言いますと、魔獣から毒を食らうと体力がどんどん奪われますよね。それの魔力版、ということになります」
「ま、魔獣に何かされたということか…!?」
 慌てる父に向って、魔術師団員は冷静に首を振る。
「いえ、お話を聞く限り、二十階までの魔獣にそのような技を使う存在はおりません」
「では、どうして…!」
「病気ではありませんし、デバフの類でもありません。魔力ポーションで魔力は回復しておりますので、身体としては正常です。通常、魔力は使い切っても少しずつ回復します。お嬢様の場合、ゼロになったらそのまま、睡眠をとっても回復しない、という状況と推測致します」
「どうすればいいのだ!」
「対症療法になりますが、定期的に魔力ポーションを取って頂くしかありません。魔力がゼロになると人は動けなくなりますので、ゼロにならないようにすれば日常生活も送れます」
 魔力持ちの人間は、魔力を使い切ると動けなくなる、というのは常識だった。
 だからこそ、使い切らないように魔力ポーションを飲み、魔力の操作を覚えるのだった。
 平民で魔力を持たないとされる人々も、実際には「魔法を使うだけの魔力がない」だけであって、ゼロではないのだ。
 かといって鍛錬すれば魔力量が増えるかといえばそうとも限らず、最初から魔力がないに等しい者は、どれだけ鍛錬しても使えるようにはならないというのが一般常識だった。
 だが稀に、平民でも魔力量が多めの者がいる。
 そういう者達は努力次第で魔法が使えるようになるのだった。
「ただ…」
 魔術師団員の呟きに、父が反応した。
「ただ…?」
「魔力はどこへ消えているのか」
「は?」
「デバフであれば、解除すれば魔力は回復していきます。魔力は体力とは違って、病気や怪我で失うものではありませんので」
「…意味が分からん。何を言いたいのだ!娘はどうなるのだ!?」
 父が声を荒らげるが、団員は表情を動かすことはなかった。
「原因には結果を伴うように、逆もまた然りなのです。魔力を失っていくという結果があるのなら、魔力を奪っている原因があるはず」
「…奪っている…だと?」
「はい。お心当たりはありませんか?」
「…どうなんだ?」
 父はマーシャへと問うが、マーシャは答えることができなかった。
 心当たりなんてない、と言い切れないモノが、マーシャの指にはあったからだ。
「心当たりと言われても…すぐには思いつきません」
「そうか…そうだな…」
「では何か思い出されることがあれば、お知らせ下さい。我々と致しましても、魔力消失の原因は究明したいと考えておりますので」
「ええ…わかりました」
 魔術師団員はあっさりと帰って行った。
 両親は難しい顔をして「やはり呪いではないのか」と言っていて、あながち否定できない自分にマーシャは戸惑った。
「何かなかったか、思い出してみますわね」
 と言えば、両親は揃って頷き、魔力ポーションの調達については心配するなと言ってくれて心強かった。
 部屋に戻ればアンナに泣かれた。
「わたくしがお嬢様の不調にもっと早く気づいていれば…!」
「アンナ…」
 とりあえずここの所ずっとベッドの住人であったことから体力自体も落ちている。
 魔力ポーションを飲みながら、体力を回復させていきたいから協力してねと言えばアンナは即頷いた。
 今日のところは休むと言って一人になってから、マーシャは指輪を引き抜こうと手をかけた。
 
 …が、抜けなかった。

「…うそ…」
 指と一体化してしまったように、びくともしないのだった。
「…原因、明らかにこれじゃないの…」
 呪いの指輪、という単語が脳裏を駆ける。
 そんなはずはない。
 だってこれは、ゲームでヒロインがもらう指輪ではないか。
 …だが、効果が違う。
 マーシャは青ざめた。
 ヒロインではなく悪役令嬢だから?
 痛みを感じないことと引き替えに、魔力を奪われ続ける指輪だった?
 そんなこと、聞いてない。
 そんなこと、一言も言っていなかった。
 君の力になりたいと教師は言ったのだ。
 ならばこれはおかしいではないか。
「どういうことなのよ…!!」
 指輪を思いっきり引っ張る。
 力の限り引っ張ったせいで薬指の骨が外れたようだった。
 だが痛みはない。
 回復魔法を唱えて、魔力ポーションを飲む。
「ひどい…どうしてよ…!」
 こんな状態では、スタンピードの討伐メンバーに選ばれたとしても、まともに動けない。
 魔力ポーションを何十本も所持し、魔法を使うたびに飲むなど、プライドが許さない。
 だが美形教師は故郷へ帰ったというのだった。
 連絡の取りようがなかった。
 …いや、学園に問い合わせれば、教師の行方を知る者はいるかもしれない。
 諦めるにはまだ早かった。
 マーシャはアンナを呼んで、早速「お願い」をするのだった。
 
 
 
 
 
 名誉騎士は騎士団本部へと赴き、各騎士団長と魔術師団長を加え、毎年恒例のダンジョン攻略についての会議に参加していた。
 第一騎士団は近衛と呼ばれ、王宮と王族の警備と警護を、第二騎士団は王都の警備を、第三騎士団は直轄領の警備を、第四騎士団は外敵対策を担う。各地の魔獣討伐要請を受けて出向くのは第四である為、精鋭として名高い。
 平民や下位貴族が出世したければ第四で十年最前線で生き残れ、と言われる。
 実力が認められれば、各騎士団の部隊長クラスとして迎えられる未来が約束されているからだ。
 統率力や実務能力等も問われる為、そこから先に行けるかは本人の努力と才能次第である。
 我が国出身の高ランク冒険者が騎士団入りを希望する場合には、まず第四に配属されて実力を証明しなければならないが、証明さえされれば十年待たずに出世できる。
 高ランク冒険者が騎士団入りするメリットがあるかどうかはさておいても、平民や下位貴族でも上を目指せる制度があることで、騎士団入りを望む若者は多かった。
 会議室には第四までの騎士団長と副官、そして名誉騎士が円卓を囲んで座っていた。
 毎年恒例になっているだけあって、必要物資や人員などは都度改善され最適化されている。
 戦闘方法もほぼ確立されていた。
 名誉騎士とその冒険者仲間が最前線に立ち、新たにSランクに上がった者がいれば人数に加えながら攻略をする。
 今年は百四十一階層からのスタートであるが、騎士団員は戦力としては役に立たない。
 必要物資の運搬や雑用が主であるが、同時期に冒険者と同じようにダンジョンに籠り、訓練の為別階層の攻略も行う。
 第四騎士団の精鋭部隊の実力を冒険者ランクとして評すれば、平均CからBランクといった所であった。
 第一から第三の実力はDからCランク程度であり、これら戦力の底上げも急務となっていた。
 魔術師団は魔獣の研究の為随行する。
 魔獣や魔法、付呪の研究をする機関が魔術師団であるが、第四に随行する魔術師団員は、騎士団に出向という形で普段から所属しており、魔獣討伐や訓練の際には共に行動する魔法使いの精鋭であった。
 最前線の攻略に参加する名誉騎士一行に随行する団員と、訓練の為に赴く団員を確認する為の会議であり、それ自体は長引くようなものではなかった。
 それとは別に議題に上がったのは、先日の国立森林公園で起こった魔獣襲撃事件である。
 口を開いたのは第一から第四までをまとめる騎士団総長だった。
「国家転覆をもくろむに等しい暴挙ですな」
「全くです。監視と見回りを強化しなければなりません」
 第一騎士団長が答え、第四騎士団長が顎に手をやりながら唸る。
「十一月の半ばから名誉騎士殿を筆頭に、ダンジョン攻略に一月ほど籠ることになります。第四騎士団は半数がダンジョン行きとなるので、魔獣が現れたら手薄になりますな」
「森林公園に現れた魔獣程度であれば我々でも十分対処可能ですが、それより強い魔獣が現れると厳しいかもしれません」
「Bランク以上の冒険者を一月程雇うというのはどうか」
「だがいつ、どこに現れるかわかりません。冒険者を雇うのも難しいでしょう」
「王族の方々のご予定はいかに?」
 第四騎士団長の問いに、第一騎士団長が答える。
「新年の祝賀の儀で皆様が王宮前広場におでましになられる」
「他には?」
「陛下は名誉騎士殿がおられないからな、攻略から戻られるまで…新年までは王宮で執務のご予定だ。王太子殿下と王女殿下は学園があり、王都の視察がある。第二王子殿下は自粛されており、年内は王宮から出られることはないだろう」
「とすると、年内は王太子殿下と王女殿下周辺の警護を固めるべきですな」
「それはすでに完了しております。学園内外に騎士団の見回りを入れ、視察については中止できるものは中止になっております。他に外出される機会といいますと、王太子殿下のダンジョン攻略くらいですが…」
「さすがにダンジョン都市に魔獣を放つ阿呆はいなかろう」
「まぁそうですね。あそこは冒険者の街ですから…」
 瞬殺されるのがオチである。
「もどかしいことだ。魔獣を捕らえて飼っているだけでは罪にはならない。解き放ち、民に危険が及ばなければ罪に問えない」
「おまけに現行犯でなければいけませんからな…」
 名誉騎士の言葉に、魔術師団長が忌々しげに答えた。
「法を変えることは無理なのでしょうか」
「魔獣を捕らえてはいけない、とすると、我々が魔獣を研究することができなくなってしまいます…」
 第二騎士団長の疑問は、魔術師団長の悲しげな表情によって尻すぼみとなった。
「す、すいません」
「いえ、こちらも心苦しくはあるのです…」
「今は殿下方に危険が及ばないよう、そして民の被害が最小限で済むよう、注意していくしかありませんな」
「大量に魔獣を捕らえた檻を運ぶ手段は馬車しかない。魔獣と言えども生物はマジックバッグに収納できない。必ず不審な動きがあるはずだ。見逃さないことが重要だ」
 名誉騎士の言葉に皆が頷き、見回りの強化、迅速な報告の必要性を確認するのだった。
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