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203. 新学期が始まる俺5
日が落ち、就寝時間を迎えて王妃レティシアは、隣室へと移動した。
夜とはいえまだ蒸し暑い日が続いており、空調の入っていない部屋は空気が籠もり、昼間の熱気が抜けておらずに暑かった。
窓を開けると涼しい風が吹き抜け、レティシアは息を吐いて、近くの一人掛けソファに腰掛ける。
ここ最近、心穏やかに過ごせる日がなく、レティシアは憔悴していた。
思い通りにいかない。
自分は、王妃なのに。
第一王子の暗殺はいつまで経っても成功せず、苛立っている所に王から横槍が入った。
あの王は、実の息子を愛人に、と望む真性のクズだった。
吐き気がする程おぞましいだけでなく、「ミカエルに余計な手出しをするな」と警告までしてきたのである。
暗殺の件は、王の耳には入れないようにしていた。
にもかかわらず、どこからか聞きつけ、正義面で偉そうに干渉してきたのだ。
王宮でミカエルが変死すれば、真っ先に疑われる立場になってしまった。
アイツ、さっさと死んでおけば良かったのに。
歯噛みしたが、王宮で暗殺を仕掛けることは、控えざるを得なくなった。
ミカエルの死を望んではいるが、それで自分や父が死ぬ羽目になったら、目も当てられない。
忌々しい思いは募るばかりで、夏期休暇に入ると勇者パーティーの一員として、ミカエルは魔族領へ赴くことになった。
そこで暗殺依頼を出したが、なかなか決まらなかった。
今までは打診すれば複数から返答があり、こちらが相手を選べたというのに、返答がなかった。
いくつものブローカーを経由している為、タイムラグが発生することは折り込み済みであったものの、それでも一つも受ける所がないとは、予想外だった。
かつて返答があったギルドにこちらから声をかけさせ、ようやく決まったのが八月中旬。
勇者パーティーの世話役として送り込んでいた手の者から、逐一報告は上げさせていたので、ぎりぎり間に合った。
が、失敗した。
それどころか第一王子ミカエルは、千年ぶりの英雄、ドラゴンスレイヤーとして認定されてしまった。
なぜ。
魔力なしの無能のくせに、そんなことになるのか。
誰かが、手助けしたに違いない。
阻止しろと厳命したにも関わらず、戻って来た者達は、第三騎士団長の遺体と、同盟四国に加えオシウィアド帝国皇帝の連名で、第三騎士団長の不敬とミカエルの正当な権利を主張してきたのである。
腹立たしい。
忌々しい。
なぜミカエルの偉業を称えねばならぬ。
死ぬべき人間なのに。
かつてミカエルを買いたいと打診してきた者達、実際に購入した者達に、卒業後に買わないかと手紙を送ったが、返答があったのは、オシウィアド皇帝だけだった。
内容は、「ミカエルの意向に従う」というもので、買うとも買わないとも書かれていなかった。
それから何度手紙を送っても、返信はない。
七年程前、暗殺依頼を始めた頃、宰相がミカエルを逃がす為に隣国に留学させる、という話を聞いたのは、ラダーニエからだった。
各国を気ままに巡るのが趣味だといい、自分を「ただの放蕩息子」と笑うラダーニエは、他国の情報に詳しかった。
酒を飲みながら、普段はレティシアの話を聞いてくれることが多いけれど、たまに聞かせてくれる他国の話は、興味深かった。
その時はたまたま、王宮に来る時に小耳に挟んだと言って、教えてくれたのだった。
ミカエルに逃げられる、と、思った。
せっかく暗殺者を雇っても、他国に行かれてしまったら、難しくなる。
それで、思い出したのだ。
婚約披露の時、オシウィアド帝国…当時はまだ王国だった…の王子の一人から、ミカエルを買いたい、という打診があったことを。
侯爵家の次男が仲介役となっており、その男は後にミカエル誘拐事件の主犯として指名手配され、行方不明となった。
帝国が新たな侵攻先を選んでいる、という話を教えてもらい、あの時の王子が皇帝になっていると聞いて、届くことはないだろうと思いつつも、仲介役だった次男宛に魔封書を送ったら、返信があった。
喜んで買う、ということと、隣国へ迎えに行くので手出し不要、という内容だった。
ドラゴンが隣国の王宮を破壊し、オシウィアド帝国の支配下に落ちた時には歓喜した。
莫大な金銭を受け取り、学園入学の年には帰国させるように、という約束も、守られた。
…死んでいてくれた方が、良かったのだが。
殺して欲しいとは、さすがに王妃の立場では言えなかった。
戻って来たミカエルは、しゃあしゃあと皇帝とエルフの王子を従えて、国交を開きたいと自分の手柄面をして、姿を現した。
よほど媚びを売ることに成功したのだろう、と思えば殺意が膨れ上がったが、しかしながら皇帝から婚約の打診はなかったから、お気に入りにはならなかったようだ。
いい気味だ、と思った。
イングジェラ王国の王弟、カノラド連邦の前宰相、ウルテイワズ王国の第二王子…現在は王弟は、エラーで送信自体が出来なかった。
他の誰か…と考えても、すぐに思いつく相手がいない。
結婚相手、ならば、父が選定しているはずだった。
虐げ、不幸に堕としてくれる者。
だが可能なことなら、早く殺してしまいたかった。
あの顔を見れば見るだけ、殺意が沸いた。
あの顔は、許せなかった。
誰よりも美しい者が、自分とラダーニエ以外にいるなんて、許せなかった。
精神がどん底に落ちている時に、デューイの不祥事だった。
どうして自分が、こんな苦痛を受けねばならないのか。
本当に、世界は自分に優しくない。
「こんばんは、レティ」
「…っラダーニエ様…!」
自分には、ラダーニエ様しかいない。
いつも優しく微笑んで、抱きしめてくれる愛しい人。
開けた窓からするりと入って来たラダーニエは、今日も変わらず美しかった。
月明かりに透ける肌も、金色の瞳も、藍色の髪の一筋さえも、彼はとても美しかった。
ミカエルよりも…とは言えない所が、アイツを殺したくなる所以でもあった。
忌々しい。
本当に、死んで欲しい。
思わず駆け寄り抱きつくと、彼からはとても甘く、優しい香水の香りがした。
うっとりと目を閉じ、彼の香りに酔いしれていると、頭を優しく撫でられた。
「どうしたんだい?悲しいことでもあった?」
「…ラダーニエ様…わたくし、もう辛くて…」
「そうなのかい?僕で良ければ話を聞くよ」
「ラダーニエ様じゃなきゃ、ダメなの…!最近、来て下さらなかったから…わたくし、ずっと寂しくて…」
ぎゅっと抱きしめた手に力を込めると、あやすようにラダーニエの手が、レティシアの背をぽんぽんと叩いた。
「ごめんね、とても忙しくて…。僕もレティに会いたかったよ」
「ラダーニエ様…!」
「さぁ、ソファに座ろう。今日は僕がワインを持ってきたよ」
「まぁ…わたくしの為に…?」
「ふふ、気に入ってくれると嬉しいな」
ラダーニエが窓際の一人掛けソファに向かい合って座ろうとするのを制し、レティシアは室内の二人掛けソファへと誘った。
「並んで、一緒に飲みたいわ。ダメ?」
「…そう?構わないよ。…それで?何があったんだい?」
ソファに並んで座り、ワイングラスに注がれる白ワインを見つめた。
透明で、月明かりに照らすときらりと輝く控えめな美しさに見とれ、舌に滑り込んでくる甘やかな香りに感嘆し、レティシアはラダーニエを見つめた。
彼にふさわしい、優しく甘く、美しいワインだった。
心地良い酔いが回ってくるのを感じながら、また一口、口に含んだ。
「…ラダーニエ様は、わたくしの息子…ミカエルを、知ってますわよね…?」
探るように見つめたが、ラダーニエの表情には特に変化は見られなかった。
思い出すような仕草をし、ああ、と一つ頷いた。
「第一王子殿下だね。…確か、レティが出産したばかりの頃に、赤子の彼を見たよ。レティに似て、とても美しい王子だったね」
「…そう、ですわね…。その後は…?」
「第三王子殿下…ああ、今は王太子殿下かな。彼の写真は新聞や雑誌で見かけるけれど、第一王子殿下は、全く見かけないね。なんだか色々と噂はあるようだけれど…ああ、その噂のことで、悩みかい?ずいぶんと酷く書かれているよね」
「…ええ…実は…」
彼が、ミカエルの成長した姿を知らないことに、安堵した。
徹底して写真から排除した甲斐が、あったというものだ。
同時に、愛しいラダーニエに、嘘をつくことが躊躇われる。
だが、背に腹は代えられなかった。
「噂は、事実ですの…。あまりの放蕩ぶりに、もうどうしていいかわからなくて…」
「……」
「デューイの…王太子の即位に悪影響が出るんじゃないかと、心配で…。ミカエルをどうにか更生させようと、留学させたりもしたのですけど…ダメで…」
「……」
「どこかに嫁がせるか、婿にやるか…でも、他家に迷惑をかけそうですし。それならいっそ、王家の名誉をこれ以上汚す前に、わたくしが…とも、考えてしまって…」
「…そうなんだ。レティは、第一王子殿下を殺したいの?」
そっと寄り添うような優しい声に、レティシアは嬉しくなった。
グラスの中のワインを揺らし、躊躇いつつも、勇気を出してはっきり言った。
「…あの子を…ミカエルを、殺したいの」
「…自分の手で、だなんて…レティは、強い人なんだね」
そっとグラスを持っていない左手を握られ、レティシアの鼓動が跳ねた。
ラダーニエ様は、わたくしを愛してくれている。
わたくしの、味方になってくれる。
寄り添ってくれる。
「いいえ…でも、これしか…他に方法は、あるかしら…」
「そこまで思い詰めているのなら、いっそ僕が殺してあげようか?」
「えっ…」
思わずレティシアの声が弾んだ。
だがすぐに、思い直した。
「いえ、いいえ。ダメ。ラダーニエ様にそんなこと、させられない…!」
ミカエルを見て、ラダーニエ様がアイツに心を奪われてしまったら。
また、あの時の屈辱を味わうの?
生きていけない。
それだけは、許せない。
絶対に。
「レティは優しいね。それじゃ、辛いだろう」
「…ええ…辛いの。辛いんです、ラダーニエ様…。わたくし、どうすればいいかしら…?」
「…何か手は打っているの?」
「…父が…協力してくれていて…」
「そうなんだ。心強いね」
「はい」
「僕で良ければ、力になるから。何でも相談して?」
「ラダーニエ様…嬉しい…!」
レティシアはラダーニエの胸に飛び込み、心から喜んだ。
勇気を出して良かった。
ラダーニエ様に、味方になってもらえるなんて。
もっと早く、言えば良かった。
いえ、でも、変に興味を持たれたら困るから。
頭を撫でてもらって、レティシアはうっとりと目を閉じた。
感情のない瞳で見下ろしてくるラダーニエの表情には、気づかなかった。
夜とはいえまだ蒸し暑い日が続いており、空調の入っていない部屋は空気が籠もり、昼間の熱気が抜けておらずに暑かった。
窓を開けると涼しい風が吹き抜け、レティシアは息を吐いて、近くの一人掛けソファに腰掛ける。
ここ最近、心穏やかに過ごせる日がなく、レティシアは憔悴していた。
思い通りにいかない。
自分は、王妃なのに。
第一王子の暗殺はいつまで経っても成功せず、苛立っている所に王から横槍が入った。
あの王は、実の息子を愛人に、と望む真性のクズだった。
吐き気がする程おぞましいだけでなく、「ミカエルに余計な手出しをするな」と警告までしてきたのである。
暗殺の件は、王の耳には入れないようにしていた。
にもかかわらず、どこからか聞きつけ、正義面で偉そうに干渉してきたのだ。
王宮でミカエルが変死すれば、真っ先に疑われる立場になってしまった。
アイツ、さっさと死んでおけば良かったのに。
歯噛みしたが、王宮で暗殺を仕掛けることは、控えざるを得なくなった。
ミカエルの死を望んではいるが、それで自分や父が死ぬ羽目になったら、目も当てられない。
忌々しい思いは募るばかりで、夏期休暇に入ると勇者パーティーの一員として、ミカエルは魔族領へ赴くことになった。
そこで暗殺依頼を出したが、なかなか決まらなかった。
今までは打診すれば複数から返答があり、こちらが相手を選べたというのに、返答がなかった。
いくつものブローカーを経由している為、タイムラグが発生することは折り込み済みであったものの、それでも一つも受ける所がないとは、予想外だった。
かつて返答があったギルドにこちらから声をかけさせ、ようやく決まったのが八月中旬。
勇者パーティーの世話役として送り込んでいた手の者から、逐一報告は上げさせていたので、ぎりぎり間に合った。
が、失敗した。
それどころか第一王子ミカエルは、千年ぶりの英雄、ドラゴンスレイヤーとして認定されてしまった。
なぜ。
魔力なしの無能のくせに、そんなことになるのか。
誰かが、手助けしたに違いない。
阻止しろと厳命したにも関わらず、戻って来た者達は、第三騎士団長の遺体と、同盟四国に加えオシウィアド帝国皇帝の連名で、第三騎士団長の不敬とミカエルの正当な権利を主張してきたのである。
腹立たしい。
忌々しい。
なぜミカエルの偉業を称えねばならぬ。
死ぬべき人間なのに。
かつてミカエルを買いたいと打診してきた者達、実際に購入した者達に、卒業後に買わないかと手紙を送ったが、返答があったのは、オシウィアド皇帝だけだった。
内容は、「ミカエルの意向に従う」というもので、買うとも買わないとも書かれていなかった。
それから何度手紙を送っても、返信はない。
七年程前、暗殺依頼を始めた頃、宰相がミカエルを逃がす為に隣国に留学させる、という話を聞いたのは、ラダーニエからだった。
各国を気ままに巡るのが趣味だといい、自分を「ただの放蕩息子」と笑うラダーニエは、他国の情報に詳しかった。
酒を飲みながら、普段はレティシアの話を聞いてくれることが多いけれど、たまに聞かせてくれる他国の話は、興味深かった。
その時はたまたま、王宮に来る時に小耳に挟んだと言って、教えてくれたのだった。
ミカエルに逃げられる、と、思った。
せっかく暗殺者を雇っても、他国に行かれてしまったら、難しくなる。
それで、思い出したのだ。
婚約披露の時、オシウィアド帝国…当時はまだ王国だった…の王子の一人から、ミカエルを買いたい、という打診があったことを。
侯爵家の次男が仲介役となっており、その男は後にミカエル誘拐事件の主犯として指名手配され、行方不明となった。
帝国が新たな侵攻先を選んでいる、という話を教えてもらい、あの時の王子が皇帝になっていると聞いて、届くことはないだろうと思いつつも、仲介役だった次男宛に魔封書を送ったら、返信があった。
喜んで買う、ということと、隣国へ迎えに行くので手出し不要、という内容だった。
ドラゴンが隣国の王宮を破壊し、オシウィアド帝国の支配下に落ちた時には歓喜した。
莫大な金銭を受け取り、学園入学の年には帰国させるように、という約束も、守られた。
…死んでいてくれた方が、良かったのだが。
殺して欲しいとは、さすがに王妃の立場では言えなかった。
戻って来たミカエルは、しゃあしゃあと皇帝とエルフの王子を従えて、国交を開きたいと自分の手柄面をして、姿を現した。
よほど媚びを売ることに成功したのだろう、と思えば殺意が膨れ上がったが、しかしながら皇帝から婚約の打診はなかったから、お気に入りにはならなかったようだ。
いい気味だ、と思った。
イングジェラ王国の王弟、カノラド連邦の前宰相、ウルテイワズ王国の第二王子…現在は王弟は、エラーで送信自体が出来なかった。
他の誰か…と考えても、すぐに思いつく相手がいない。
結婚相手、ならば、父が選定しているはずだった。
虐げ、不幸に堕としてくれる者。
だが可能なことなら、早く殺してしまいたかった。
あの顔を見れば見るだけ、殺意が沸いた。
あの顔は、許せなかった。
誰よりも美しい者が、自分とラダーニエ以外にいるなんて、許せなかった。
精神がどん底に落ちている時に、デューイの不祥事だった。
どうして自分が、こんな苦痛を受けねばならないのか。
本当に、世界は自分に優しくない。
「こんばんは、レティ」
「…っラダーニエ様…!」
自分には、ラダーニエ様しかいない。
いつも優しく微笑んで、抱きしめてくれる愛しい人。
開けた窓からするりと入って来たラダーニエは、今日も変わらず美しかった。
月明かりに透ける肌も、金色の瞳も、藍色の髪の一筋さえも、彼はとても美しかった。
ミカエルよりも…とは言えない所が、アイツを殺したくなる所以でもあった。
忌々しい。
本当に、死んで欲しい。
思わず駆け寄り抱きつくと、彼からはとても甘く、優しい香水の香りがした。
うっとりと目を閉じ、彼の香りに酔いしれていると、頭を優しく撫でられた。
「どうしたんだい?悲しいことでもあった?」
「…ラダーニエ様…わたくし、もう辛くて…」
「そうなのかい?僕で良ければ話を聞くよ」
「ラダーニエ様じゃなきゃ、ダメなの…!最近、来て下さらなかったから…わたくし、ずっと寂しくて…」
ぎゅっと抱きしめた手に力を込めると、あやすようにラダーニエの手が、レティシアの背をぽんぽんと叩いた。
「ごめんね、とても忙しくて…。僕もレティに会いたかったよ」
「ラダーニエ様…!」
「さぁ、ソファに座ろう。今日は僕がワインを持ってきたよ」
「まぁ…わたくしの為に…?」
「ふふ、気に入ってくれると嬉しいな」
ラダーニエが窓際の一人掛けソファに向かい合って座ろうとするのを制し、レティシアは室内の二人掛けソファへと誘った。
「並んで、一緒に飲みたいわ。ダメ?」
「…そう?構わないよ。…それで?何があったんだい?」
ソファに並んで座り、ワイングラスに注がれる白ワインを見つめた。
透明で、月明かりに照らすときらりと輝く控えめな美しさに見とれ、舌に滑り込んでくる甘やかな香りに感嘆し、レティシアはラダーニエを見つめた。
彼にふさわしい、優しく甘く、美しいワインだった。
心地良い酔いが回ってくるのを感じながら、また一口、口に含んだ。
「…ラダーニエ様は、わたくしの息子…ミカエルを、知ってますわよね…?」
探るように見つめたが、ラダーニエの表情には特に変化は見られなかった。
思い出すような仕草をし、ああ、と一つ頷いた。
「第一王子殿下だね。…確か、レティが出産したばかりの頃に、赤子の彼を見たよ。レティに似て、とても美しい王子だったね」
「…そう、ですわね…。その後は…?」
「第三王子殿下…ああ、今は王太子殿下かな。彼の写真は新聞や雑誌で見かけるけれど、第一王子殿下は、全く見かけないね。なんだか色々と噂はあるようだけれど…ああ、その噂のことで、悩みかい?ずいぶんと酷く書かれているよね」
「…ええ…実は…」
彼が、ミカエルの成長した姿を知らないことに、安堵した。
徹底して写真から排除した甲斐が、あったというものだ。
同時に、愛しいラダーニエに、嘘をつくことが躊躇われる。
だが、背に腹は代えられなかった。
「噂は、事実ですの…。あまりの放蕩ぶりに、もうどうしていいかわからなくて…」
「……」
「デューイの…王太子の即位に悪影響が出るんじゃないかと、心配で…。ミカエルをどうにか更生させようと、留学させたりもしたのですけど…ダメで…」
「……」
「どこかに嫁がせるか、婿にやるか…でも、他家に迷惑をかけそうですし。それならいっそ、王家の名誉をこれ以上汚す前に、わたくしが…とも、考えてしまって…」
「…そうなんだ。レティは、第一王子殿下を殺したいの?」
そっと寄り添うような優しい声に、レティシアは嬉しくなった。
グラスの中のワインを揺らし、躊躇いつつも、勇気を出してはっきり言った。
「…あの子を…ミカエルを、殺したいの」
「…自分の手で、だなんて…レティは、強い人なんだね」
そっとグラスを持っていない左手を握られ、レティシアの鼓動が跳ねた。
ラダーニエ様は、わたくしを愛してくれている。
わたくしの、味方になってくれる。
寄り添ってくれる。
「いいえ…でも、これしか…他に方法は、あるかしら…」
「そこまで思い詰めているのなら、いっそ僕が殺してあげようか?」
「えっ…」
思わずレティシアの声が弾んだ。
だがすぐに、思い直した。
「いえ、いいえ。ダメ。ラダーニエ様にそんなこと、させられない…!」
ミカエルを見て、ラダーニエ様がアイツに心を奪われてしまったら。
また、あの時の屈辱を味わうの?
生きていけない。
それだけは、許せない。
絶対に。
「レティは優しいね。それじゃ、辛いだろう」
「…ええ…辛いの。辛いんです、ラダーニエ様…。わたくし、どうすればいいかしら…?」
「…何か手は打っているの?」
「…父が…協力してくれていて…」
「そうなんだ。心強いね」
「はい」
「僕で良ければ、力になるから。何でも相談して?」
「ラダーニエ様…嬉しい…!」
レティシアはラダーニエの胸に飛び込み、心から喜んだ。
勇気を出して良かった。
ラダーニエ様に、味方になってもらえるなんて。
もっと早く、言えば良かった。
いえ、でも、変に興味を持たれたら困るから。
頭を撫でてもらって、レティシアはうっとりと目を閉じた。
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人間に値をつけられ、今日も抱かれる。
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それが一番、苦しい。
人間に消費されることには慣れている。
傷つくことにも。
それでも恋をしてしまう。
抱かれなくてもいい。
選ばれなくてもいい。
ただ一度だけ、
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優しさが刃になる、
檻の中の妖精たちの切ないBL短編集。
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皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
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皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!