【本編完結】モブ顔で凡庸なオレが白い結婚で離婚までして悪役認定までされたのに、英雄になってしまった話

隅野せかい

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 27.ちょろいオレたち

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「え……?」

 バルガスは見張りをしてくれていた男に。

「これから若親分が直々に女を取り調べる! このことはしゃべんなよ!」

 兵隊さんはオレを見ると『万事、わかっておりますよ』という感じでうなずいてくれた。

 いや、判ってないから! 絶対に誤解だから!

「っていうか、なんでオレの部屋なの!?」

何分なにぶんにも急なことだったんで。3階の部屋は用意が間に合わなかったってわけですぜ。そうすっと若親分の仰った条件に当てはまるまともな部屋はここしかねぇ、ってわけでしてね」

 明らかに誰かが暮らしていると判る部屋へ連れてこられたマリーは、どう思っただろう。

「お客人には、ちゃーんと、若親分が来ることも伝えておきやしたし、風呂も沸かしときやしたぜ」

「な、ななな」

 オレは言葉も浮かばず、呆然。

 会う前に風呂へ入っておくようにまで言われたら、もう夜這いどころの話ではない。

 ぐへへ。弄んでやるぜ。と宣言したも同じだ。

「若親分。誰も近づかねぇように離れた場所で見張ってますんで、ご・ゆっ・く・り」

 バルガスは、余計なことを言うと、ニヤリと笑って、親指を立てて見せた。


 いや、本当にオレにはそういう気はないから!

 だが、オレ以外は全員、そう思っているらしい。

 マリーもそう思ってしまっているのは、間違いない。


 自分の部屋の扉の前で、立ち尽くすオレ。

 この扉の向こうにマリーがいる。

 オレは緊張している。

 彼女に誤解されたくない、軽蔑されたくないし、嫌われたくもないんだ、と気づかされる。

 すでに遅いけど。


 いつまでもここにボサッと立っているわけにはいかない。

 深呼吸した。そんなことで落ち着くわけではないけど、それくらいしか思いつかない。

 扉をノックする。

「マリー。ヒースだ。話がしたい。もしよかったら開けて欲しい。や、やだったらいっいいけど!」

 口がひりつく。声が裏返りそうになる。

 ってか、だめだろう。なれなれしすぎる。

 2年前とは違う。ふたりは気安い学園生同士じゃない。

 何もかも違う……。

「法務省綱紀適正運用局第三室所属査察官、マリールー・ライト子爵令嬢。この関の司令官として今回の査察について幾つか聞きたいことがある。開けてくれないだろうか? 勿論、貴方には拒む権利がある」

 自分の口から出た余りにも他人行儀な言い方が、2年の歳月をあらためて突き付けて来る。

 扉の向こうから震えを帯びた声がした。

「……ヒースなの?」

 その声には、昔の響きがあった。オレ達が採用試験に挑む同志だった頃の。

「ああ、そっ、そうだ」

「……ガルトリンク関の司令官、ヒース・マグネ……ヒース・ミソッカ男爵が、わたしに聞きたいことがあるのですね」

 向こうも馴れ馴れしいと感じて言い直したらしい。

「夜にすまない。だが、出来れば今夜のうちに話しておきたい。安心してくれ。他には誰もいない」

 言ってしまってから、夜に男が女の部屋へひとりでくるって全然安心できることじゃない、と気づく。

 完全に誤解されてるだろう。

 オレはこの関所の最高権力でマリーを弄ぼうとしている卑劣漢だと。

「……わかりました。どうぞお入りください」

 ドアの鍵が開く金属音が妙に大きく響いた。掛け金が外される音も。


 扉が開いた。

 オレはマリーを見た。こわばった顔をしていた。

 かつて見たことがないくらい目。

 ブラウスだけで上着は着ていなかった。

 暖炉は使っていないらしく、部屋の空気は冷たい。


 ひどく寒そうで。


 オレは、反射的に上着を脱いで彼女に肩に着せかけていた。


 そういえば、同じようなことが昔あった。

 こごえそうな日に、図書館で、ふたりで勉強していたら、マリーが眠ってしまったことが。

『どぶろく亭』でアルバイトをさせてもらって、足りない学費を補填していたから、疲れてしまったんだろう。

 オレもそうだったから判る。

 その時も、何も考えず、こうした。

 ちがう日。

 同じ理由でオレが眠り込んでしまったら、起きた時、彼女の上着がオレにかけられていた。



「……ありがとう。まだあたしを、まともな淑女として扱ってくれるんだ……」

「オレにとって、マリー……いや、ライト子爵令嬢は淑女……いや同志だよ」

 マリーはオレを見上げた。

 その顔からはこわばりが消えていた。

 その目は戸惑いと、安心感で揺れている。

「はは。マリーでいいよ。あたしちょろいや」

「オレもちょろかった」

「え」

「いろいろ考えてしまっていたけど、やっぱりマリーはマリーだ」

 たったこれだけのやり取りで、オレの頭から、恐れもためらいも消えていた。

「入って」
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