【本編完結】モブ顔で凡庸なオレが白い結婚で離婚までして悪役認定までされたのに、英雄になってしまった話

隅野せかい

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 42.三文芝居はお好きですか?

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「来たぞ」

 夕刻。彼らは来た。

 夕暮れの長い影を、こちらへ伸ばしてやってきた。


 槍の森だ。

 帝国軍の白と黒の軍服の波。無数のサーベルの鳴る音。

 だが整然と隊伍を組んで……ではなかった。

 雑多な足並みで、狭い街道を押し合いへし合いしながら登って来た。


 弓の射程のうちに、踏み入ってくる。

 オレ達がいる左の主塔に、兵隊さんたちの視線が集まる。

 射撃開始の時には、青い旗をふることになっているのだ。


 オレは司令官だ。

 いつもとは違って、司令官の青い制服を着ている。

 オレの一挙手一投足が、この関所にいる300人の命を左右する。

 重い責任。

 まだ寒い時期なのに、制服の内側で、汗ばんでいるのを感じる。


「撃たねぇんで?」

 今、相手の先頭は、無秩序に密集しているから射撃をすればかなり効果がある。はず。

「ああ。まずは使者を送ってよこすはずだ」

「実はさっき手が空いたんで、地下牢の伯爵閣下をちょいと締め上げてさしあげたら、向こうから降伏しろって使者をよこしてもらって、それを受けて降伏する手はずだったようですぜ」

 ちょいと?

「ほっほっほ。閣下が心配なさることはありませんぞ。その前に、地下牢伯の荷物を調べたら、帝国関係者からの手紙やら、事前に約定を交わしていたことを示す書状が見つかりましてな。その嫌疑を問いただしただけですぞ」

「法律的には問題ないわ。それに、締め上げたって言っても、ぼこぼこのバキバキにしたわけじゃないもの。あいつの目の前で、バルガス防御指揮官が太い角材をポキッと折ってみせて『人間はこれよりもろいですぜ』って言っただけ。そしたらおまけの二人もぺらぺら良くしゃべった。自白とって、調書書いて、サインさせて、これであいつら全員反乱罪」

「そ、そう……」

 確かに拷問はしていない。だけど。

 十分怖いです。怖すぎます。


 敵軍は、弓矢の射程内へかなり踏み込んで停止した。

「なめやがって。あの間合いは、普通の弓兵だったら十分届く距離だぜ」

 向こうは、ここにはろくな兵がいないと思っている。

 そのほうがいい。舐められている方が。


 敵軍から軍使の派遣を示す白旗があがると、ひとりの男が進み出てきた。


 イケメンだ!


 男から見ても女から見ても間違いなくイケメン!

 銀色のキラキラサラサラヘアーは、帝国貴族の証。

 高い鼻すじ、蒼い目。

 細身の体を白と黒の格好いい軍服に包んでいる。似合いすぎだ。

 歩く姿もビシッと決まってる。

 王都の劇団に入ったら、すぐにでも王子役に抜擢されそうだ。

「ピョートル・ニコライエフ……」

「ええっ。アレが!?」

 ニコライって、メガネ取って背筋を伸ばすとあんなイケメンだったのか!? 反則だろ!

「ふむ。確かにイケメンですな」

「あれが、若親分の元奥方のコレってぇわけですか」

 元奥方がオレに文句の三つも四つも五つも言いたくなるわけだ。

 夕暮に銀髪が輝いて、絵みたいじゃないか。

 慌ててマリーを見ると、冷ややかな目で奴を見てた。

 オレの視線に気づくと

「安心して。イケメンだとは思うけど。好みじゃないから」

「そ、そう……そうか、そうか、好みじゃないか……」

「じゃあ姉御はどんなのが好みで?」

「人の話を聞く人」

「ほっほっほ。確かに閣下ですな」

 なんだか頬が熱くなってしまうぞ!

 オレは胡麻化すように。

「え、あー、出迎えは事前の計画通りに……」


 オレはニコライ、じゃなくて、ピョートル・ニコライエフと対面していた。

 いつもの司令官室と比べて、広くて落ち着かない。

 しかも、でっかくてゴテゴテした飾りだらけの巨大な花瓶とか、銅で出来た馬の置物とか、金箔貼られた鎧とか、高価そうなものに囲まれて更に落ち着かない。

 ヒトの背丈くらいある金のでかいゴブレットとか、いったい何に使うつもりだったんだろ? 

 こんなでかいのでワイン飲んだら死んじゃうよ。というか飲む以前に、これ持てないし。

 それに加えて、滅多に着ない司令官の正装に、前任者どもが残していった出自が定かでない勲章だのをジャラジャラつけているので、くすぐったくて重くて居心地が悪い。

 隣に座った秘書役のマリーが、前に着てたパッツンパッツンの制服を着てるんで、それも落ち着かない。

 しかも妙にオレに体を押し付けて来る。

 そんな全てに、ピョートルは嫌悪感をもっているようだ。


 まぁそうしむけてるんだけど。


「え、ええと……そちらはどの国の軍の代表者なのでしょうか……?」

「ドラピタ義勇軍だ。この腐敗しきった王国の政をただすために決起した義軍だ」

 ああ。そういうことね。

 帝国軍ではありませんと、あくまで義勇軍。

 腐りきった支配者に虐げられた民草を、その支配から解放する義軍。っていうことにすんのね。

「あらぁ。こちらいい男ねぇ……うふふ」

 濃い口紅に媚びた笑顔を浮かべて、イケメンを見るマリー。

 髪が黒髪に戻っているので、マリーが自分から媚びを売ってるみたいに感じてしまう。

 つ、辛い! 打ち合わせ通りなのに辛い!

 マリーがオレの耳にこっそりささやく。

「なにしてんの。せりふ」

 いかんいかん。演技、マリーは演技してるだけだ!

「あ、お。こ、今度、でっかい宝石買ってやるからさぁ。ここに座ってれば、金はいくらでも入ってくるからな。わはは(棒読み)」

「まぁ嬉しい。さすが、御城主さまぁ。ちゅっ」

 ほっぺたにキスされる。あ、熱い!

 でも、イケメンの絶対零度の視線を感じる。寒い怖い!

「あ、ああ、え、ええと、そのなんとか義勇軍の使者殿の御用の向きは?」

 イケメンは嫌悪感を隠しもせず。

「……すみやかに降伏しろ。7000対300。抵抗は無益だ。貴様の命だけは助けてやる」

 マリーが身を摺り寄せて来て、抱き着いてくる。

 おっぱい!

「やーん。こわいですぅご城主さまぁ。勝てませんよぉ」

 あふれんばかりのおっぱいが、オレにオレに!

「と、とは言っても……ここを離れると、お前に贅沢とかさせられないし……(棒読み)」

 我ながら滅茶苦茶棒読み!

「そうなのぉ? じゃあ降伏なんかしちゃダメぇ。するとしてもぉ。ここを売っちゃう代わりに、いっぱい貰わないとぉ。ねぇ」

 そう言って、ぐいぐいおっぱいを押し付けて来る。

 お、おっぱい。おっぱい! あったかいやわらかい!

 きのうの夜のあんな姿やこんな姿がっ頭に浮かんじゃう!

 じゃなくて! せりふ! せりふだ!

「そ、その手があったか! なるほど。そちらはいかほどくれるつもりだ?(棒読み)」

「……貴様にそんな選択肢はない。降伏するか惨めに死ぬかだ」

 いきなり最後通牒。

 イケメンがオレを見る目は、まさしく虫けらを見るような目だ。

 あ。この人。オレと交渉する気とかないのね。

 というか殺す気満々。

 あれだ。降伏しても、後から殺されるか、生きているのを後悔する目にあわされるか。

 これじゃあ交渉で引き延ばすとか無理だ。

「いやぁん。このひと、さっきからアッツイいやらしい目であたしを見てるぅ。たすけてぇ。ご城主さまぁ、あたしを守ってぇん」 

 今すぐ焼き殺してやろうという目だね。


 そういうことか。


 以前バルガスが、なぜ今ざまぁなのか、離婚ならもっと前に出来たはずだと言ってた。

 疑問は解けた。この侵攻作戦にあわせたからだ。

 戦争での勝者として国を支配できれば、法律の条文を越えた残忍な仕打ちだって可能になる。


 目の前のヤツの考えているオレへのざまぁ(帝国語で懲罰とか復讐の意味らしい)はふたとおり。

1、みっともない降伏ののち、勝手に降伏した罪状で極刑に処される(多分殺されるより悲惨な刑)。

2、むごたらしい戦死……いや、ちがうな、捕縛されて劣悪な環境で監禁、そののち極刑(多分殺されるより悲惨な刑)

 のどちらかなのだろう。


「!」

 耳元に熱い息が!

「なにしてんの、せりふ」

 マリーのひそやかなささやき。そ、そうだ。せりふだ、え、ええと。

「よーしよーし。ボクチンにまかせなさい。こんな男はすぐにおっぱらってやるから(棒読み)」

 ここでセンセイの演技指導では、マリーのおっぱいを揉む、だった……。

 で、できるわけないじゃん!

 オレは、ボロが出る前に、交渉を終わらせるセリフを叫んだ。

「こっ降伏しないぞっ! しないんだからなっ! お前なんかやっつけてやるんだからな!(棒読み)」

 すごい茶番である。

 背後のバルガスと、戸口に立ってるセンセイから同時に露骨なため息がこぼれる。

 ヘタでごめん!

 イケメンの口からちいさなつぶやきが漏れる。

「なるほど。愚かな……あんな素晴らしい女性を捨てて、そんな水風船のようないやしい娼婦に溺れるとは……」

 
 引っかかった!

 オレの尊厳とマリーの尊厳を大幅に犠牲にして、ひっかけた!

 だけど、マリーは水風船じゃないぞ。みっちりつまってて、やわらかくて、あったかいんだからな!

 娼婦でもないし!


「では、そちらのお望みを我が主に伝えましょう。勝敗はいくさ場でつけると」

 イケメンは優雅に一礼すると、ほれぼれするほど綺麗にターンし、 

「まぁ好都合か……貴様らには苦痛と後悔する時間だけをたっぷりと与えてやる……」

 そうつぶやくと、センセイの案内で出ていった。


「すげぇ三文芝居だったぜ……若親分、俳優の素質はねぇな。それに比べると姉御は堂にいったもんだったぜ」

 マリーは、オレからパッと離れて、顔を真っ赤にして俯き、

「あ、あたしだって、こんなふるまいしたの初めて! 第三室の同僚達のまねをしただけなんだから。それに……ヒース相手じゃなかったらできなかった……」

「え、そ、そうだったんだ……オレ相手だから……」

 な、なんかうれしいぞ!

「うほ。ヤけるねぇ若親分! で、ちなみに、男の目がねぇところでは、そいつらどうしてたんです?」

 マリーは、なぜか、にっこり笑って、

「クソとか、カスとか、発情したブタとかボロクソに言ってた。でもそれを密告しあってた」
 
 オレとバルガスは思わずハモった。

「「こ、こええ!」」
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