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70.『高い城』攻防戦 三日目 午後(1) みんなの力
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巨弾による攻撃が停止した。
敵陣に慌ただしい動きが現れ、旗頭たちの叫びが聞こえてくる。
「いよいよか……」
敵の前線に並んだ盾の長城が、ゆっくりと前進し始める。
『高い城』の前面には、左右の城壁が崩れて出来たゆるい谷がひろがる。
石だらけのそこを、左右一杯に広がって敵は迫ってくる。
側面の防御は気にしていない様子だ。
こちらの右翼と左翼が消滅し、側面から射撃される心配がないからだろう。
オレとマリーは関所の2階。正門の真上の部屋からそれを見ていた。
近づいてくる。迫ってくる。
敵のひとりひとりの顔が見えるくらいに。
これだけ迫ってきているのに、こちらから誰も撃たない。
普通なら、焦った兵隊さんの誰かが撃ちだしてもおかしくない距離。
事前に告げたことをみなが守っていてくれている。
この人達なら打ち合わせ通りやってくれるだろう。
オレごときが指揮するなんて勿体ない人達。
愛すべき兵隊さんたち。
敵の歩兵が幾重にも打ち寄せる波のようにつらなる背後に、白と金の鎧を着こんだ肥満気味の中年男が見えた。白馬に乗っている。
あれがベローナ侯爵か。
その周囲にいるのが側近や幕僚だろう。
彼らは勝利を確信しているのだ。
左翼と右翼を失った『高い城』の弱点は、中央部の両端だ。
そこにはかつて両翼と繋がっていた通路の扉がある。
石壁と比べれば、いくら補強しても脆弱さは否めない。
しかも、端では十字砲火も浴びせられない。
端への攻撃と同時に正面にも攻撃をかけられれば、当然、端へ援護の射撃も出来ない。
左右を攻める部隊に巨大な鎚を持った兵隊が複数随伴していることが、オレの見方を裏付ける。
あれで左右の閉鎖された扉を叩き壊すつもりだ。
一旦兵の侵入を許せば、元々300しか兵力のない『高い城』は落ちる。
白兵戦に持ち込まれれば兵員の消耗に耐えられないからだ。
オレが敵の立場ならそう考える。
実際、敵軍の展開はそれを裏付けているように見える。
……ほんとうにそうだろうか?
何か見落としがあるのではないだろうか?
致命的な。何か。
そのせいで『高い城』にいるみんなが――
オレの手がやわらかい手に包まれた。
「大丈夫。あんたはちゃんと仕事をしてる。そして最後までする。そうでしょう?」
やわらかいけど、あちこち固いマリーの手。働いている人の手。
「ああ……そうだ」
「なら、自分の仕事を信じなさい。そしてみんなを。全員で出す結果を」
足元からバルガスの怒声が響いた。
「開け! 放てぇぇぇぇ!」
敵は見ただろう。
いきなり正門が開け放たれ、そこにバリスタが4丁並んでいるのを。
ここには存在しないはずのバリスタが。
至近距離で一斉に放たれた鉄製の矢が、中央先頭の歩兵達の盾を貫通し、その背後の鎧も肉体も貫くのを。
2丁ずつ交互にバリスタが放たれる度に、中央の歩兵が倒され、屍となっていくのを。
オレも見た。
中央の歩兵が、予想もしていない攻撃に混乱し、立ち止まるのを。
前オライオン伯の威厳に満ちた声が響く。
「突撃せよ! ただひたすら突撃せよ! 狙うはベローナ侯爵と、帝国第二皇子アレクサンドルの首ぃ!」
台車に乗ったバリスタ隊が両脇へどくと、そのあいだから躍り出た前オライオン伯の率いる騎馬隊が、混乱する敵前衛へ突き刺さり、鋭いキリのように貫いていく。
こちらに騎兵あることを予期していなかった敵は大混乱に陥った。
騎馬隊の後に、前オライオン伯が鍛えぬいた精鋭歩兵部隊が続く。
槍衾を作って円陣を組み、敵兵を主君と騎兵隊の背後へ回り込ませない。
それでも背後に回り込もうとする敵兵に対して、『高い城』からのバリスタと弓と火壺が襲い掛かる。
バリスタが放たれる度に、敵は盾も鎧も関係なく射抜かれ、絶命していく。
当然、放たれるのは、この『高い城』名物のクソが塗られた矢だ。
敵の左右の旗頭の声が響いた。
「敵に突破を許すな!」「中央を援護しろ!」「落ち着け! 敵は寡兵だ!」「侯爵閣下をお守りせよ!」
敵の左翼と右翼が旋回運動をして、中央へ向かって動き出す。
前オライオン伯の騎馬隊を左右からの歩兵の圧力で潰すつもりだ。
こちらの抵抗力が脆弱とみているのだろう、旋回する敵は背中をこちらへ向けた。
「野郎ども突撃だ! 援軍と大工の奴らだけに見せ場をとられるな! 若親分と姉御の愛のために戦え!」
正門から移動したバルガスの怒声に、
おおおおう! という凄まじい鬨の声が応える。
かつての右翼と中央を区切っていた大扉を破壊して、バルガス率いる関所の兵隊さんが出撃。
敵左翼の背後から襲い掛かった。
前進を続けるか、反転をして反撃するかで脚が止まった左翼の敵に対して、バルガス達は一斉に火壺を投擲。
敵左翼の各所から火の華が咲いて、混乱は一気に広がり。
反撃の指示を出そうと、こちらへ向かって手を振り上げた敵左翼の旗頭の額に、矢が突き刺さった。
マカベイさんの狙撃だ。
指揮官を喪い、烏合の衆となった敵左翼へ、バルガス達が突っ込んでいく。
朝から今までひたすら撃たれ続けてきて溜まりにたまった鬱憤を爆発させたのか、『高い城』の兵隊さん達の戦いぶりは凄まじい。
「がははははははは! かかってこぉい! おらぁおらぁおらおら!」
特にバルガスは、高笑いをしながら身の丈くらいある金属の六角棒を振り回し、敵の槍をへし折り、剣をへし折り、敵の鎧の上から叩きつけては人体をへしおっていく。
敵にとっては、まさに生きている災害だ。
この攻撃が成功しなかったら、もう『高い城』に戦う力は残されていない。
今『高い城』に残っているのは、オレとマリー。
あとはバリスタ要員。
弓を放っているのは、非戦闘系の班の人達と義勇兵。
それと、どこかで全部を見物しているセンセイしかいない。
あ。地下牢伯爵と、その愉快な仲間二名もいたな。閉じ込めたままだけど。
だから、これが最後の手。
そしてオレは。
みんなの力を信じている。
敵陣に慌ただしい動きが現れ、旗頭たちの叫びが聞こえてくる。
「いよいよか……」
敵の前線に並んだ盾の長城が、ゆっくりと前進し始める。
『高い城』の前面には、左右の城壁が崩れて出来たゆるい谷がひろがる。
石だらけのそこを、左右一杯に広がって敵は迫ってくる。
側面の防御は気にしていない様子だ。
こちらの右翼と左翼が消滅し、側面から射撃される心配がないからだろう。
オレとマリーは関所の2階。正門の真上の部屋からそれを見ていた。
近づいてくる。迫ってくる。
敵のひとりひとりの顔が見えるくらいに。
これだけ迫ってきているのに、こちらから誰も撃たない。
普通なら、焦った兵隊さんの誰かが撃ちだしてもおかしくない距離。
事前に告げたことをみなが守っていてくれている。
この人達なら打ち合わせ通りやってくれるだろう。
オレごときが指揮するなんて勿体ない人達。
愛すべき兵隊さんたち。
敵の歩兵が幾重にも打ち寄せる波のようにつらなる背後に、白と金の鎧を着こんだ肥満気味の中年男が見えた。白馬に乗っている。
あれがベローナ侯爵か。
その周囲にいるのが側近や幕僚だろう。
彼らは勝利を確信しているのだ。
左翼と右翼を失った『高い城』の弱点は、中央部の両端だ。
そこにはかつて両翼と繋がっていた通路の扉がある。
石壁と比べれば、いくら補強しても脆弱さは否めない。
しかも、端では十字砲火も浴びせられない。
端への攻撃と同時に正面にも攻撃をかけられれば、当然、端へ援護の射撃も出来ない。
左右を攻める部隊に巨大な鎚を持った兵隊が複数随伴していることが、オレの見方を裏付ける。
あれで左右の閉鎖された扉を叩き壊すつもりだ。
一旦兵の侵入を許せば、元々300しか兵力のない『高い城』は落ちる。
白兵戦に持ち込まれれば兵員の消耗に耐えられないからだ。
オレが敵の立場ならそう考える。
実際、敵軍の展開はそれを裏付けているように見える。
……ほんとうにそうだろうか?
何か見落としがあるのではないだろうか?
致命的な。何か。
そのせいで『高い城』にいるみんなが――
オレの手がやわらかい手に包まれた。
「大丈夫。あんたはちゃんと仕事をしてる。そして最後までする。そうでしょう?」
やわらかいけど、あちこち固いマリーの手。働いている人の手。
「ああ……そうだ」
「なら、自分の仕事を信じなさい。そしてみんなを。全員で出す結果を」
足元からバルガスの怒声が響いた。
「開け! 放てぇぇぇぇ!」
敵は見ただろう。
いきなり正門が開け放たれ、そこにバリスタが4丁並んでいるのを。
ここには存在しないはずのバリスタが。
至近距離で一斉に放たれた鉄製の矢が、中央先頭の歩兵達の盾を貫通し、その背後の鎧も肉体も貫くのを。
2丁ずつ交互にバリスタが放たれる度に、中央の歩兵が倒され、屍となっていくのを。
オレも見た。
中央の歩兵が、予想もしていない攻撃に混乱し、立ち止まるのを。
前オライオン伯の威厳に満ちた声が響く。
「突撃せよ! ただひたすら突撃せよ! 狙うはベローナ侯爵と、帝国第二皇子アレクサンドルの首ぃ!」
台車に乗ったバリスタ隊が両脇へどくと、そのあいだから躍り出た前オライオン伯の率いる騎馬隊が、混乱する敵前衛へ突き刺さり、鋭いキリのように貫いていく。
こちらに騎兵あることを予期していなかった敵は大混乱に陥った。
騎馬隊の後に、前オライオン伯が鍛えぬいた精鋭歩兵部隊が続く。
槍衾を作って円陣を組み、敵兵を主君と騎兵隊の背後へ回り込ませない。
それでも背後に回り込もうとする敵兵に対して、『高い城』からのバリスタと弓と火壺が襲い掛かる。
バリスタが放たれる度に、敵は盾も鎧も関係なく射抜かれ、絶命していく。
当然、放たれるのは、この『高い城』名物のクソが塗られた矢だ。
敵の左右の旗頭の声が響いた。
「敵に突破を許すな!」「中央を援護しろ!」「落ち着け! 敵は寡兵だ!」「侯爵閣下をお守りせよ!」
敵の左翼と右翼が旋回運動をして、中央へ向かって動き出す。
前オライオン伯の騎馬隊を左右からの歩兵の圧力で潰すつもりだ。
こちらの抵抗力が脆弱とみているのだろう、旋回する敵は背中をこちらへ向けた。
「野郎ども突撃だ! 援軍と大工の奴らだけに見せ場をとられるな! 若親分と姉御の愛のために戦え!」
正門から移動したバルガスの怒声に、
おおおおう! という凄まじい鬨の声が応える。
かつての右翼と中央を区切っていた大扉を破壊して、バルガス率いる関所の兵隊さんが出撃。
敵左翼の背後から襲い掛かった。
前進を続けるか、反転をして反撃するかで脚が止まった左翼の敵に対して、バルガス達は一斉に火壺を投擲。
敵左翼の各所から火の華が咲いて、混乱は一気に広がり。
反撃の指示を出そうと、こちらへ向かって手を振り上げた敵左翼の旗頭の額に、矢が突き刺さった。
マカベイさんの狙撃だ。
指揮官を喪い、烏合の衆となった敵左翼へ、バルガス達が突っ込んでいく。
朝から今までひたすら撃たれ続けてきて溜まりにたまった鬱憤を爆発させたのか、『高い城』の兵隊さん達の戦いぶりは凄まじい。
「がははははははは! かかってこぉい! おらぁおらぁおらおら!」
特にバルガスは、高笑いをしながら身の丈くらいある金属の六角棒を振り回し、敵の槍をへし折り、剣をへし折り、敵の鎧の上から叩きつけては人体をへしおっていく。
敵にとっては、まさに生きている災害だ。
この攻撃が成功しなかったら、もう『高い城』に戦う力は残されていない。
今『高い城』に残っているのは、オレとマリー。
あとはバリスタ要員。
弓を放っているのは、非戦闘系の班の人達と義勇兵。
それと、どこかで全部を見物しているセンセイしかいない。
あ。地下牢伯爵と、その愉快な仲間二名もいたな。閉じ込めたままだけど。
だから、これが最後の手。
そしてオレは。
みんなの力を信じている。
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