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84.世界は結構、ご都合主義でいい加減で人情がある時も、ある。
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二日経っても、三日経っても、一週間経っても、新しい司令官は来なかった。
王都からの指示もない。
政権の権威が確立していない新王陛下にとって、ここのことは後回しなのだろう。
向こうから見れば、権威が確立していないのは、ちゃんと仕事をして死ななかったオレのせい。
いったい、どんな陰険で理不尽な処置が下されることか……。
不条理だ。
オレは与えられた仕事をしただけなのに。
その仕事の先に、こんな運命が待っているなんて。
だけど、仕事をしなかったなら、帝国軍に殺されていたか、新聞に載っていた通りの惨たらしい結末になっていただろう。
仕事をしても、しなくても、オレ達の結末は変わらなかったんだ。
「引継ぎはうまくいっているようだね」
その日の夕食。
オレ達はオライオン伯であるゲールさん、いやゲール様に呼ばれて……会食をするはめになった。
兵隊さん達と別れるのが辛いから、食事の時間もずらしているのに、この呼び出しは断れない。
「ええ。みなさん優秀ですから」
オレは形式的に司令官代行の仕事を続けているが、5人の文官さんは有能で、急速に仕事は減っていった。
オレやマリーへの問い合わせも、一日にせいぜい数回になった。
「そうはいっても、緊急の仕事などには、まだ君たちの力が必要だ」
「評価していただいて、ありがとうございます」
緊急の仕事は、多発しないから緊急なんです。
それにオレがいなくても手引書があります。
加えて『高い城』は左翼も右翼も失って、見回りが必要な場所も半分以下になりましたし。
ますます仕事が減ってます。もうオレはいなくていいんですよ。
もちろん判って言ってるんだろうけど……。
「何か、人員が必要なことはないのかね?」
「ありません」
マリーがにこやかに付け加える。
「今でも十分、のんびりさせていただいています」
最後の置き土産として、オレ達が隠れた聖堂や居住区の正確な地図を作ろうかとも思ったが、そうなれば人員を割いてもらわなければならない。
この期に及んで周りの人の仕事を増やすのはよくない。
「仕事がないというわりには、司令官室からほとんど出ていないようだが」
仕事がない人間が、職場をうろついて、変に気を遣わせるのもいけない。
それに仕事にかこつけて、バルガス達と連絡をとって、逃がしてもらおうとか助かろうとか考えてませんから。
安心してください。
「緊急のことが起きた時、仮にも司令官代行なので所在がはっきりしていないとまずいですから」
それにオレは一応司令官代行なので常に護衛がつく。マリーにもだ。
当然、オライオン伯の兵隊さん達だ。
護衛の人達は、オレ達が逃げ出すのを防ぐ監視役も兼ねているのだろうから、そんな気はありません、というのを身をもって示しているつもりだ。
それでもオライオン伯は、オレ達がここから逃げ出さないか心配してるんだろう。
出来る貴族様であるこの人なら。
この数日のあいだに、オレ達を罪人として引き渡す線で、王宮と交渉済みなのかもしれない。
こうしてオレ達を呼んだのは、王宮からの使者が、明日にでも来るからなのか。
「そうか……もし、この仕事がなくなったら、どうするつもりなんだね?」
「何も考えてません」
「マリー嬢も?」
「しばらくは、ふたりでのんびりしようと思います。結婚祝いを過分に貰ってしまいましたから」
そうなのだ。
バルガス達なんて、高給取りでもないのに、みんなでオレ達に結婚祝いをいっぱいくれた。
もちろん、一銭も使っていない。
遺言書も作ってある。マリーにちゃんと見て貰って、法律的に有効な遺言状だ。
オレ達の持っている僅かなものは、全部、兵隊さん達に行くことになっている。
「……そうだね。ふたりともここ2年は大変だったろうから休みは大いに必要だ。そのあとでいいから、うちの領地で働く気はないかな?」
オレとマリーは、素早く視線を交わした。
出た社交辞令!
そうできたらいいな、とは思う。
王都から離れた場所で、毎日きちんと仕事をして。
決して多くはないけれど、ふたりで食べていくには十分なお給料をもらって。
たまには、ふたりで旅行とかもして。
近所の人ともつきあったりして。
だけど、オレとマリーは、これが最後の仕事と悟った夜に話し合った。
ふたりとも夢のような錯覚はすまいと。そんなものは来ないのだと。
伯爵様だって、凡庸で平凡なオレに、引き渡す以外の価値がないなんて百も承知だろうしね。
だから、どんなに伯爵様がオレ達を慮るようなことを言ったとしても。
全てオレ達の態度を確認するためか、引き留めておくための社交辞令として受け取らなければならない。
判っている。よく判っている。
オレは用意しておいた当たり障りのない言葉を返す。
「オライオン伯爵領は、すでにきちんと統治されているではありませんか。オレを雇う必要はないでしょう。経費の無駄です」
「それにお役所勤めはもう沢山ですしね。ヒースとふたりならなんとかなりますよ」
ふたりして錯覚なんかしていないことをアピールする。
「最後まで仕事はしますから安心してください。自分のなすべきことは判っていますから」
オライオン伯なら、オレ達がすでに、最後の仕事をひきうけたことを判ってくれるだろう。
これで安心してくれるはずだ。
「オレ達を気に掛けるより。ここの兵隊さん達のこれからを世話してやってください。お願いします」
オライオン伯は、なぜか深いため息をついた。
「……ドナルド卿のおっしゃっていた通りか……」
ドナルド卿? ああ、センセイのことか。
「センセイがなにか?」
「……君らが思っているほど、この世界は悪い場所ではないよ。それに……もっといい加減だ」
オレとマリーは顔を見合わせた。
オライオン伯が何を言おうとしているか、よくわからなかった。
王都からの指示もない。
政権の権威が確立していない新王陛下にとって、ここのことは後回しなのだろう。
向こうから見れば、権威が確立していないのは、ちゃんと仕事をして死ななかったオレのせい。
いったい、どんな陰険で理不尽な処置が下されることか……。
不条理だ。
オレは与えられた仕事をしただけなのに。
その仕事の先に、こんな運命が待っているなんて。
だけど、仕事をしなかったなら、帝国軍に殺されていたか、新聞に載っていた通りの惨たらしい結末になっていただろう。
仕事をしても、しなくても、オレ達の結末は変わらなかったんだ。
「引継ぎはうまくいっているようだね」
その日の夕食。
オレ達はオライオン伯であるゲールさん、いやゲール様に呼ばれて……会食をするはめになった。
兵隊さん達と別れるのが辛いから、食事の時間もずらしているのに、この呼び出しは断れない。
「ええ。みなさん優秀ですから」
オレは形式的に司令官代行の仕事を続けているが、5人の文官さんは有能で、急速に仕事は減っていった。
オレやマリーへの問い合わせも、一日にせいぜい数回になった。
「そうはいっても、緊急の仕事などには、まだ君たちの力が必要だ」
「評価していただいて、ありがとうございます」
緊急の仕事は、多発しないから緊急なんです。
それにオレがいなくても手引書があります。
加えて『高い城』は左翼も右翼も失って、見回りが必要な場所も半分以下になりましたし。
ますます仕事が減ってます。もうオレはいなくていいんですよ。
もちろん判って言ってるんだろうけど……。
「何か、人員が必要なことはないのかね?」
「ありません」
マリーがにこやかに付け加える。
「今でも十分、のんびりさせていただいています」
最後の置き土産として、オレ達が隠れた聖堂や居住区の正確な地図を作ろうかとも思ったが、そうなれば人員を割いてもらわなければならない。
この期に及んで周りの人の仕事を増やすのはよくない。
「仕事がないというわりには、司令官室からほとんど出ていないようだが」
仕事がない人間が、職場をうろついて、変に気を遣わせるのもいけない。
それに仕事にかこつけて、バルガス達と連絡をとって、逃がしてもらおうとか助かろうとか考えてませんから。
安心してください。
「緊急のことが起きた時、仮にも司令官代行なので所在がはっきりしていないとまずいですから」
それにオレは一応司令官代行なので常に護衛がつく。マリーにもだ。
当然、オライオン伯の兵隊さん達だ。
護衛の人達は、オレ達が逃げ出すのを防ぐ監視役も兼ねているのだろうから、そんな気はありません、というのを身をもって示しているつもりだ。
それでもオライオン伯は、オレ達がここから逃げ出さないか心配してるんだろう。
出来る貴族様であるこの人なら。
この数日のあいだに、オレ達を罪人として引き渡す線で、王宮と交渉済みなのかもしれない。
こうしてオレ達を呼んだのは、王宮からの使者が、明日にでも来るからなのか。
「そうか……もし、この仕事がなくなったら、どうするつもりなんだね?」
「何も考えてません」
「マリー嬢も?」
「しばらくは、ふたりでのんびりしようと思います。結婚祝いを過分に貰ってしまいましたから」
そうなのだ。
バルガス達なんて、高給取りでもないのに、みんなでオレ達に結婚祝いをいっぱいくれた。
もちろん、一銭も使っていない。
遺言書も作ってある。マリーにちゃんと見て貰って、法律的に有効な遺言状だ。
オレ達の持っている僅かなものは、全部、兵隊さん達に行くことになっている。
「……そうだね。ふたりともここ2年は大変だったろうから休みは大いに必要だ。そのあとでいいから、うちの領地で働く気はないかな?」
オレとマリーは、素早く視線を交わした。
出た社交辞令!
そうできたらいいな、とは思う。
王都から離れた場所で、毎日きちんと仕事をして。
決して多くはないけれど、ふたりで食べていくには十分なお給料をもらって。
たまには、ふたりで旅行とかもして。
近所の人ともつきあったりして。
だけど、オレとマリーは、これが最後の仕事と悟った夜に話し合った。
ふたりとも夢のような錯覚はすまいと。そんなものは来ないのだと。
伯爵様だって、凡庸で平凡なオレに、引き渡す以外の価値がないなんて百も承知だろうしね。
だから、どんなに伯爵様がオレ達を慮るようなことを言ったとしても。
全てオレ達の態度を確認するためか、引き留めておくための社交辞令として受け取らなければならない。
判っている。よく判っている。
オレは用意しておいた当たり障りのない言葉を返す。
「オライオン伯爵領は、すでにきちんと統治されているではありませんか。オレを雇う必要はないでしょう。経費の無駄です」
「それにお役所勤めはもう沢山ですしね。ヒースとふたりならなんとかなりますよ」
ふたりして錯覚なんかしていないことをアピールする。
「最後まで仕事はしますから安心してください。自分のなすべきことは判っていますから」
オライオン伯なら、オレ達がすでに、最後の仕事をひきうけたことを判ってくれるだろう。
これで安心してくれるはずだ。
「オレ達を気に掛けるより。ここの兵隊さん達のこれからを世話してやってください。お願いします」
オライオン伯は、なぜか深いため息をついた。
「……ドナルド卿のおっしゃっていた通りか……」
ドナルド卿? ああ、センセイのことか。
「センセイがなにか?」
「……君らが思っているほど、この世界は悪い場所ではないよ。それに……もっといい加減だ」
オレとマリーは顔を見合わせた。
オライオン伯が何を言おうとしているか、よくわからなかった。
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