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【後編】地味と連呼された侯爵令嬢は、華麗に王太子をざまぁする。
しおりを挟む「この茶番もそろそろ終わりにいたしましょう。シェリー、貴女もこちらにいらっしゃい」
「マリアンさん」ではなく、「シェリー」と気さくに名を呼べば、シェリーはあっさりダニエルの腕から手を離すと「はーい」と嬉しそうにフレアの隣に小走りでやって来た。
「ど、ど、どういうことだ……」
完全に青ざめたダニエルが、フレアとシェリーを吃りながら指差す。
「さて、王様。本来は明日報告に上がろうと思っていましたが、ダニエル様が事を大きくしてしまったので、この場で査定結果をお伝えしても宜しいでしょうか?」
ダニエルを無視して、フレアは壇上で頭を抱える王にお伺いを立てる。
「よい。ゆるす……」
王の言葉には、覇気が全くなかった。
そして、王妃は変わらず無表情。
そこでようやく、両親の様子──王妃の無表情を見たダニエルは、「ヒィッ」と叫びガタガタと身体を震わせる。それでも、フレアの言葉が気になったのか「査定とは何のことだ?」と呟いた。
夜会に参加している貴族たちも、フレアの「査定」という言葉に首を傾げているため、分かりやすく説明したほうが良いだろう。
「我がシャトーライン家は、実は王家と関わりがとても深い一族ですの。王位継承者が王としての資質を備えているか、民のために善政を行う器があるかどうかの判定をシャトーライン家が担っています。まあ、王位継承者全員に行っていたのは数百年前の話で、近年は王家から要請があったときのみ査定する形をとっていました。ここまで話せば、脳内お花畑のダニエル様でもお分かりですわよね?今回、ダニエル様に対して「王位に就く資質があるか判定して欲しい」と王家から正式に依頼がありましたの。それで、婚約者として仮の立場を頂き、ダニエル様のことを査定していたのです」
理解が追い付いていないのか、ダニエルは「は?どういうことだ?」と眉間にシワを寄せている。しかし、自分が不利な立場にいることは分かるようで、顔色は悪いままだ。
「ですから私は、ダニエル様が、王位に就く器かどうかの査定をしていたのです。貴方は王になる資質はありません。判定結果は【不可】ですわ」
もう一度、はっきりと分かりやすくダニエルに説明する。ついでに判定結果も伝えた。
「な、なにを馬鹿なことを。王子は俺しか居ないんだぞ。俺以外が王位に就くわけがないのに、査定する意味がわからん」
どこまでも愚かな発言をするダニエルに、フレアも頭を抱えたくなる。
現国王は側妃を持たず、王妃との子供はダニエルだけだ。問題なければ、確かにダニエルがこのまま順当に王位に就く予定だった。
その驕りや元来の性格、周囲の甘やかしの結果、目の前の超絶ナルシスト男が誕生してしまったのだ。一応、両親の前では猫を被っていたのか、最近までは王も王妃もダニエルが少し甘ったれた性格だとは感じていたが、ここまで酷いとは思っていなかったようだ。
周囲から聞こえてくるダニエルの評価と、自分達に見せる態度が乖離していることに不安を覚えた王と王妃が、シャトーライン家に査定の打診に来たのは一年前の事だった。
数ヵ月に一回、途中経過を報告していたが、その度に頭を抱え、頭髪が減っていく王の事がフレアが気になってしょうがなかった。
そして一年の査定を終え、明日最終判定を内密に王家に伝える予定だった。
ダニエルが愚かな行動をしなければ、このように他国の王公貴族が集まる場で、判定結果を伝えることはしなかった。
これまで、シャトーライン家に【不可】の判定を貰った王子が王位に就いたことはない。愚王を誕生させないことがシャトーライン家の役割であり、半端な判定は絶対にしない。
この一年間ダニエルの動向を調査し、今後改善の見込みがあるかどうかまで考察した結果である。
「ダニエル様はご自分しか王位継承者が居ないと思っていたようですが、他にも継承権を持つ方は何人かいらっしゃるのですよ」
「そんな……俺だけじゃ、なかったのか?」
「ええ。調べればすぐに分かることでしてよ。それに、たとえ貴方の他に王位継承者が居なかったとしても、ダニエル様が好き放題にして良い理由にはなりませんわ」
「しかし……」
尚も納得のいかない表情をしているダニエルに、フレアは「はぁっ」と大きく溜め息を吐く。
「詳しい査定内容は書面にまとめていますが、何故【不可】となったか、まだ分かっていないようなので、少し説明しましょう。先程甘言にしか聞く耳を持たないことをご自身の発言で明るみにしましたけれど、貴方は自分に好意的な発言をする者の言葉しか聞き入れません。とくに容姿が優れた者にしか興味を持たず、私のような地味な容姿や、言い方が悪いですが醜い容姿の者は近付くことすら嫌悪されていましたね。同じ内容を訴えても、美しい者の言葉しか聞く耳を持っていませんでした」
それに、美しい者の言葉でも、自分に都合の悪いことは聞かない。シェリーも「他の者の言葉も聞いて欲しい」と進言したが、軽く流されたと報告に上がっている。
「そのような方が、王位についてしまったら国が滅びますわ」
フレアの言葉にダニエルがガクッと絶望したように、膝と両手を床につき項垂れる。
「王様、王妃様、シャトーラインの査定は終了致しました。今後のことは、査定結果を踏まえてご英断をお願い致しますわ。それから、ダニエル様、こんなに大々的に婚約破棄を宣言しなくても、この査定が終われば仮の婚約も解消される予定でしたのよ」
査定のためだけに結ばれた仮の婚約だ。
ダニエルに対する感情は「査定対象」という気持ちしかない。
寧ろ、婚約して一年間、ことあるごとに「地味」だからと嫌悪感を隠そうともせずに悪態を吐いてくるダニエルには辟易としていた。これでさっぱりと縁が切れると思うと、清々しい気分である。
「ああ、そうだわ、せっかくですので私の本来の姿をお見せしますわ」
「本来の……?」
まだショックから立ち直れていないダニエルは、虚ろな表情でフレアに視線を向ける。
フレアは、茶色の長い髪をまとめている髪止めに手を伸ばす。
カチッと髪止めを外すと──フレアの姿が淡い光の粒子に包まれる。やがて粒子がフレアに吸収され光が消えると、そこには先程までのフレアは居なかった。
艶やかな金髪に、深い水面のような碧眼。
きめの細かく滑らかな肌。
人形のように整った顔。
シェリーが妖精のように可愛いなら、フレアは女神のように美しいと称されるだろう。
見たもの全員が、ほうっと感嘆のため息を吐く美貌だった。
「そんな……これが……フレア?」
ダニエルが呆然とフレアを見上げている。
髪止めには認知魔法がかけられており、フレアの姿を目立たない──地味な容姿にしていた。査定をする上で、フレアの容姿は目立ち過ぎてしまうための措置だったのだ。
「ダニエル様、人を見かけで判断すると痛い目をみますのよ。身をもって体感できたでしょう?これに懲りたのなら、精進なさいませ」
にーっこりと女神のような神々しい微笑みで、フレアはダニエルに言い放つと、シェリーを伴って夜会の会場から颯爽と出ていったのだった。
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