身に覚えはありませんか?

三嶋トウカ

文字の大きさ
11 / 25
夏:第1便~第3便

第9話:【第2便】特製ソーセージ詰め合わせ_4

しおりを挟む

 皿の上で、まだ湯気が立っていた。
 私はしばらくそれを眺めてから、いちばん手前のハーブ&レモンにナイフを入れる。皮が少しだけ抵抗して、ぶちんと音を立てた。切り口からは蒸気が上がる。

「いい匂い」

 期待どおりの香りに、思わず笑みが溢れる。レモンの香りがはっきりしていて、その後ろからハーブの青い匂いが追いかけてくる。
 フォークで持ち上げると、表面がやわらかくて、少しだけ光っていた。

 満を持して、ひと口食べる。

 歯を入れた瞬間に優しい弾力があって、噛み切るとすぐに脂が解けた。
 味はあっさり。レモンの酸味が少し残り、舌の横を撫でていく。その後で、肉の甘さがじんわり広がった。

「これ、毎朝でも食べられそう」

 独り言を言いながら、ポテトをひとつ口に入れる。バターの香りが加わって、酸味が丸くなる。優しい味、という言葉が自然と浮かんだ。

 次はスモーク。
 艶のある茶色い皮にナイフを入れると、低くしゅうと音がした。切り口から脂が見えて、薄い琥珀色に光っている。

「やば、涎出ちゃう」

 香りは強い。木を燻したような匂いと、少し焦げた甘い脂の匂い。噛むと、ハーブよりもずっと密度があって、脂の粒がしっかり詰まっている。
 塩味がはっきりしていて、噛むたびに胡椒のような刺激がふっと顔を出す。
 紫玉ねぎのピクルスを添えて食べると、香りが落ち着いて、喉を通るときに少し熱を感じた。

「うん、こっちはちょっと、大人の味だな」

 口直しのため、水をひと口飲む。冷たいグラスが指に触れる。その瞬間、遠くで小さく音がしたような気がして、私は首を傾げた。

「……気のせいか。……ん? 何かちょっとこりこりするな? 脂?」

 そう言いながら、またフォークを取る。

 チーズのソーセージは、焼き目の浅い面が光を反射している。ナイフを入れると、皮がふにっと沈み、切り口から白い脂がにじみ出た。

「わ、チーズ出てきた!」

 声に出して笑う。
 その脂をポテトに少しつけて食べる。噛むと、ふんわり柔らかくて、味がマイルドだ。塩気は弱く、かわりにミルクっぽい甘みが広がった。
 皮のパリッとしたところがアクセントになって、食感が楽しい。

「いやぁ、優勝だね、これは」

 冗談のように呟いて、ベビーリーフを添える。葉のしゃきっとした歯ざわりが、チーズの濃さをちょうどよく受け止めてくれる。
 ただ食べているだけなのに、心まで落ち着く感じがした。

 ……ふと、油の焼ける音が頭に浮かんだ。あの夜のキッチンの音。

 ――『中心まで、ちゃんと火を通して』

 何のときだったか、思い出せそうで思い出せない。

 最後はチリペッパー。赤い粒が表面に散っていて、見た目からして少し刺激的。
 ナイフを入れると、他のより軽い音でさくっと割れた。

「あっ、これは辛そう……」

 ドキドキしながらフォークで刺して、口に運ぶ。最初は香ばしい。次の瞬間、舌の先がぴりっと熱くなる。
 でも、不思議と痛くはない。脂が膜みたいに舌を覆って、辛さを和らげてくれる。思っていたほど、辛味は強くなく感じた。

「うん、ちょうどいい辛さ」

 マスタードをほんの少しつけてみる。辛味の方向が変わって、鼻に抜ける香りが強くなった。
 塩を少し振ると、味が引き締まって、奥にあった甘さが出てくる。

「なんか元気出るな、これ」

 自然に笑ってしまう。美味しい、嬉しい。手のひらが少し熱かった。

 四本を一通り食べ終えると、皿の上の並びがさっきと少し違って見えた。気のせいかもしれない。
 もう一口ずつ、順番を変えて食べてみる。
 ハーブ&レモンは時間が経つと少し甘くなり、香りが落ち着く。
 スモークは玉ねぎの酸が染みて、柔らかい香ばしさになる。
 チーズは温度が下がると少し重くなるけど、ポテトと合わさるとその重さがちょうどいい。
 チリは辛さが弱まり、代わりに胡椒っぽい香りが強くなる。

「面白いなぁ、全部違う。食べ比べできるの、最高!」

 喜びの声がぽつりと漏れた。
 それからは、そのまま静かに食べ続ける。水を飲むたびに、グラスがコトと鳴る。遠くで、また何かが動いた気がした。けれど、部屋は静かだ。

 残りが少なくなってきたころ、私はレモンのくしを手に取った。指で軽く絞ると、果汁が透明な糸になって垂れた。
 ハーブ&レモンは酸味が鮮やかに戻り、スモークは香りが丸くなった。チーズは塩が立ち、チリは辛さが一瞬遠のいて、また戻ってくる。

「レモン、すごいな。全部引き立つ。あって良かったかも、流石だね」

 指先についた酸の香りを嗅いで、くすっと笑う。

 最後に残ったのはスモーク。
 理由はないけれど、今夜はこれで終わらせたかった。ひと口噛むたびに、燻した香りが口の中に広がる。

「ごちそうさまでした! はー、大満足」

 両手を合わせると、指先にまだ熱が残っていた。テーブルの木目が、ほんの少し滲んで見える。満腹でも、心が落ち着いていた。

 フォークとナイフを揃えて、私は深く息をついた。
 食後の香りがまだ部屋に残っている。レモン、木、バター、唐辛子。どれも少しずつ重なって、夜の空気の中に溶けていった。

「……うん、ほんとに満点」

 ぽつりと声に出す。
 テーブルの端には、折りたたんだアンケート用紙が置かれている。それに目をやりながら、私はグラスの水を飲み干した。
 空になった皿をシンクに運ぶ。蛇口をひねると、水の音が柔らかく響いた。その音が、静かな夜の中にゆっくりと沈んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

紅葉-くれは-

菊池まりな
ホラー
山間の小さな町で行われる秋祭り。 提灯の灯りが揺れる夜、少女・くれはは謎めいた声に導かれるように姿を消した。 必死に探す母・春香は、その瞬間に悟る。 ──これは二十年前にも起きた「忌まわしい出来事」と同じ始まりだ。 町に伝わる古い言い伝え。 “赤い森に呼ばれた者は戻らない” だが、外から赴任してきた刑事・祐真は、その話をただの迷信と切り捨てる。 少女の失踪を追ううちに、彼は次第に目を逸らせぬ現実に直面していく。 森に蠢くもの。木々に浮かぶ人の顔。 血のように濡れた葉が降りしきる中で、人々はひとり、またひとりと消えていく──。 過去と現在が交錯し、町の秘密が暴かれるとき、 くれはの名を呼ぶ声の正体が明らかになる。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...