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大学3年夏

第16話:突然の……_4

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 食事に行く当日、私は航河君と待ち合わせをし、予定していたお店へと向かった。小洒落た居酒屋で、オレンジ色の照明がどこか温かい。座席も4人席で、私と航河君が隣同士、向かいに早瀬さんが一人座る。
 ギクシャクしたり、どこか素っ気無い食事になるかと思っていたが、そんな心配は必要無かった。普通に喋り、普通に笑う。初めこそ、探り合いのような、気を遣うような話し方ではあったが、次第にそれも消えて笑顔が溢れた。

 ――ヴーヴヴ、ヴーヴヴ――。ヴーヴヴ、ヴーヴヴ――。ヴーヴヴ、ヴーヴヴ――。ヴーヴヴ、ヴーヴヴ――。

 不意に航河君の携帯が鳴る。

「あ、ごめん、ちょっと出てくる」

 航河君は着信の相手を確認すると、通話ボタンを押して耳に当てながら、そそくさと店の外へと出て行った。

「……千景ちゃん」
「はい? 何でしょう?」

 ……電話で席を立ってしまい、恐らく声の届く範囲に航河君はいない。ニコリ、と笑顔を作ったが、その顔は強張っていただろう。

「迷惑だった?」
「何がですか?」
「ご飯に誘ったの」
「……ずっと、冗談だと思ってましたし、言っても誰か誘うだろうと思ってました」
「そっか」

 ハッキリ『迷惑だった』と言えない自分がもどかしい。これが良くないことは分かっている。しかし、どうしても、人の反応と評価、今後の人間関係を気にしてしまうのだ。

「……」
「……」

 ――何を言って良いのか分からない、少しの沈黙。正直言って気まずい。

「それにしても、航河保護者みたいだね、千景ちゃんの」
「そう見えます?」
「見えるねぇ。彼氏か身近ならお兄ちゃんとか。もしくはお父さんって感じ。見張ってる感あるもん」
「あはは、心配性なのかもしれませんね。助かりますけど」
「まるで千景ちゃんが彼女みたいだよね?」
「まさか。航河君彼女いるじゃないですか」
「それでもなんか、番犬みたいだし……」
「不審者に唸って噛み付きます?」
「そんなに怖いことはないけど……」
「冗談です。でも、気にしてくれるのはありがたいですよね」
「こっちとしては……いや……」

 私の返答の後、早瀬さんはブツブツ何か言っている。微妙に噛み合わないような、的外れのような、そんな返答をして場を繋ぐ。

「ねぇ、千景ちゃん、彼氏いないんだったよね?」
「えっ、ええ」
「……航河とも付き合ってないんだよね? 本当に」
「ないですよ、友達です。だって彼女いるじゃないですか。……美織さん。私が知っているくらいなので、早瀬さんも名前くらいはご存じですよね? ……あぁでも、年下なのに、確かにお兄ちゃんみたいだなぁ。最近の航河君」

(あー早く戻ってこないかな航河君……。恋愛関係から話を逸らしながら、戻るまで時間潰すの結構厳しいよ……)

 前の話を蒸し返し、なんとなく核心に迫らないように会話を繋いでいく。

「年上ってどこまで許容範囲? 前社会人と付き合ってたんだよね?」
「あーまー……そうですけど。もう社会人は良いかな。年上ってだけで気疲れする時とか、遠慮しちゃう時もあったので、次は同い年か年下でお願いします!」
「相手によらない? そんなの」
「……航河君が番犬みたいですし、私これから彼氏探すのもしかして大変……?」
「……じゃあさ、俺、異動して今の店には居なくなるけど、俺と付き」
「いやー、友達でした! 『今日飲みに行かない?』って、もう飲みにきてるからって断ったけど。……あれ? どうしました?」

 ――あぁ。ナイスタイミング。

 電話を済ませて、笑いながら航河君が戻ってきた。まるで今のやり取りを全部見ていたかのようなタイミングで。私も早瀬さんも、ニコニコと笑っている航河君の顔を見て、お互いに違う表情をして見せた。

「……? あれ? どうしたの?」
「んー? 何でもないよ?」
「お前……わざとか?」
「何がです?」
「……いや、何でもない」

 はぁ、と大きく溜息を吐き、早瀬さんは諦めたような顔をした。

(……途中まで良い感じに何もない飲み会だと思ってたんだけどな。甘かったなぁ、私)

 その微妙な空気を引きずったまま、席の時間が終わりを告げた。

「美味しかったぁ! 良いお店だね、ここ」
「でしょ? ずっと来たかったんだよね。来られて何より。早瀬さん、お誘いありがとうございました!」
「……お前のことは誘ってないけど」
「まぁまぁ、そんなこと言わずに。テーブルチェックなんで、支払しましょうか」

 お会計を済ませ、そのあとは何事もなく家路へと向かう。

「俺がいない間、早瀬さんに何か言われた?」
「そうねぇ。ご飯迷惑だった? とか、彼氏いないよね? とか」
「……ふーん」
「あとね、航河君のこと、番犬とか保護者みたいって言ってたよ」
「番犬て」
「……多分、多分ね。航河君がちょうど来た時、『俺と付き合って』って言われかけたと思う」
「……マジで? あの人は本当に……」

 呆れた顔をして、航河君は首を横に振る。

「だから、助かった。ありがとう」
「いいえ。色々回避出来たなら良かった。俺言った甲斐ある」
「航河君サマサマだったよ? ……前回も、今回も」
「俺めっちゃ褒められてる? もっと褒めて?」
「流石航河君! 凄い! 頭良い! 頼りになるぅ!」
「いやー、流石俺、って感じね、うんうん」

 航河君が、少し高い位置に手のひらをかざし、こちらへと向けた。

「ん」
「え? ふふっ。ありがと!」
「あいよ!」

 パン! っと渇いた音が辺りに響いた。ハイタッチを交わし、私達は無事今日が終わったことを噛み締めていた。
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