最初で最後のサヨナラを。

三嶋トウカ

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第2話:思わぬ来訪者_1

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 あれからもう一年が経ったのか、と、私は不思議な気持ちを抱えていた。息子の司が生まれて四か月だが、それもまるで夢のようだった。父を思い出す頻度は変わらないが、いなくなった喪失感もまた、変わっていなかった。
 いわゆる【ファザコン】だったとは思っていないし、確かに好きではあったが、娘が持つ亡き父への感情がこのようなものであっているのか、わかりかねていた。

(お父さん元気かな……元気、っておかしいか)

 息子と娘を夫【俊哉《としや》】に任せ、買い物に行っていた私は、買い物袋を抱えて帰る途中昨日のことを考えていた。

(……やっぱり、まだ信じられないな)

 弟と『今にも目を開けそうだよね』と話したあの日のことは、まるで昨日の出来事のように感じる。そんな日から昨日で一年経ったなどと、まだ信じることができなかった。……正直なところ、こんなに引きずるなんて思ってなかった。身内の死は初めての経験ではない。祖母、祖父、遠い親戚。親戚の多い私は、小さなころから人の死を見ることが多かった。……悲しいことに、同級生の葬儀に参列したこともある。ほとんど話したこともなかったけど、目の前の彼は、細くて土気色で、小さく眠っていた。まだ自分と同じ子どもなのに。大人へ足をかけた子どもだったのに。その大人になる前に、魂が先にあの世へといってしまった。棺の中に横たわっていた彼もまた『ビックリした? これドッキリだよ』なんて言い出して、笑いながら起き上がるかもしれないと、そう思える綺麗さだった。

(……いけないいけない。死を深く考え過ぎだよね)

 気持ちを切り替え、晩御飯の献立を考えながら、家まで残り僅かな道のりを歩く。

「……美代」
「……はい?」

 正面から歩いてきた男性が、美代と私の名を呼んだ。

「えっと……何か……?」

 突然自分の名前を呼ばれ、私は困惑していた。目の前にいる男性の顔が……顔が、父にそっくりだったからだ。……いや、そっくりなってもんじゃない。父だ。私は父以外に父に似ている人を知らない。その人に自分の名を呼ばれたのだ。

「あぁ、ごめん。おとうさんだよ」
「……はい? 父は既に亡くなっていますが」

(え、嘘。ヤバい人……?)

 亡き父を騙られ、驚きと同時に、怒りが湧いた。なぜ、大事な父の名を騙るのだ。私の父は、去年亡くなった父たった一人しかいない。なのにこの男性、私の名を呼んで笑顔を見せている。そして、なぜか声は震えて、目は涙で滲んだように潤んでいた。
 ……父の顔なのだ。間違いなく、生前の父の。だから、その父の姿で、そんな意味不明なことを言ってほしくない。

「美代、おとうさん死んじゃったけど、今ちょっとだけ、この世で身体を」
「……すみません、急いでいますので」
「信じられないか。……信じられないよな」

 父と名乗った男性は、悲しそうな顔をする。それには心が少し痛んだが、おかしな人には関わりたくない。

「失礼します」

 ……関わってはいけない。そう感じた。男性の脇を抜け、足早に歩く。

「明日! 明日、会ってくれないかな。おとうさん、美代に会いたかったんだ」

 私は、足を止めた。

(……おとう、さん……)

 『おとうさん』の言いかたが、父そっくりだ。気のせいか、声も似ている。……顔と同じくそっくりどころか、父の声そのものだった。

(いやいやいやいや……‼︎ そんな馬鹿な)

「あまりしつこいと、警察を呼び」
「頼む! 少しだけ、話を聞いてほしいんだ」
「……」

 男性は深く頭を下げている。なぜそこまでするのかと、私が不思議に思っている間も、頭を上げることはなかった。

「ですから、私の父はもう、亡くなって」
「四月十二日!」
「……え?」
「お父さんの、命日。昨日だろ? お母さん、まだ泣いていたなぁ。美代だって、泣いてた。一周忌」
「それは……」
「おとうさん、桜が見たかった。みんはで見ようって話をしていたけど、見られないだろうと、やっぱり思ってたよ」
「どうしてそれを……」
「なぁ美代。赤ちゃん生まれただろう? おとうさん、楽しみにしてたんだよ。男の子だったろう? おめでとう。よく頑張ったな。……その前の子は、生まれてこられなくて残念だったが……。長かったな、良かったな」

(違う……! この人は……!)

 否定する脳とは裏腹に、目から涙が溢れそうになる。

「おとうさんが死ぬ前の日に、教えてくれたよな。……雪、ちゃんと、お姉ちゃんになれたんだな」

(……どうして、知っているの?)

 言葉にしようとして、代わりに涙が溢れた。この人は、お父さんじゃない。だって父は死んでいる。なのに、どうしてそんなプライベートなことを知っているのか。優しい笑顔で、おめでとうと言う男性に、昔の父が重なる。

「泣くなよ美代。おとうさん、心配してたから、嬉しいよ」
「ちが……っ……」

 認めたく無なのに、この涙はなんなのだろう。

「おとうさん、明日の十三時に、美代の家のマンションの下に行くから。……嫌だったら、信じられなかったら、きたくなかったら、こなくて良いから。……でももし、ちょっとでも、ほんのちょっとでも行っても良いかなと思ったら、下まで降りてきてほしい。それじゃあ、今日はもう行くね」

 そう言うと、父と名乗った、父と同じ見た目と声をした男性は、背を向けて歩き出した。心なしか、その背中を丸めて。頭が混乱した私は、まず家に帰り、俊君に話をすることにした。
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