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春
第10話:待望の時間_1
しおりを挟む「そうだ! じぃじ、ゆきのおとうとだよ! みてみて! ゆき、おねえちゃんになったの!」
雪は父の手を取ると、リビング入口にいた俊君と司の元へと連れて行った。司は俊君の腕の中で、スヤスヤと寝息を立てて眠っている。それはもう、気持ち良さそうに。
「かわいいでしょ! まだね、あかちゃんなんだよ!」
俊君が、司の顔が見えるように少しだけ体勢を変えた。不意の振動に司の眉間に皺が寄ったが、まだこれくらいじゃ起きそうにはない。
「……おぉ、おぉ。やっと会えた。初めまして。じぃじだよ」
父は嬉しそうに司の頬を指先で撫でた。モチモチとした頬が、指の形にそって少しだけ沈む。
「このほっぺ、寝てる感じ、顔つき。全部雪の赤ちゃんだった時にそっくりだな」
「そんなににてる?」
「ホラ、雪だって、飾ってある写真見て思わないか? 似てるなぁって」
「んー……おもう!」
「もっと司が大きくなって、雪と司の赤ちゃんの写真、見せてごらん? それで、どっちが雪でどっちが司かクイズすると面白いぞ? きっとわからないからな、正解が」
「ゆきもまちがえる?」
「あぁ、もう少し大きくなったらやってみるんだな。写真はな、いっぱい用意するんだぞ?」
「はぁい!」
実際、二人とも双子かと思うくらい同じ顔をしている。髪の毛の成長が控えめなところも、クリッとした一重だけど大きな目も同じだ。男女の違いがあると思いきや、お互いがお互いに似せにいっているようにも思えるくらいだ。
雪のほうが男の子みたいな顔つきでキリッとした表情だったけれど、男の子である司のほうが柔らかく笑う。雪は男の子によく間違われたが、司は女の子に間違われるし、雪のほうが大きく育って独特な輪ゴムをはめた痕のような線がいたるところにあったが、司のほうが華奢で体重も同じ時期と比べてみると軽い。雪は赤ちゃんです! という雰囲気がとっても可愛かった。まだまだ、司にもその余地はあるのかもしれないし、それを踏まえても、やっぱり面白いくらいに同じ顔をしている。
「あー、まずは満足だ、満足」
「とりあえず、って感じ?」
「そうだな。一つクリアって感じかもしれない。ずっと会いたかった司に会えたんだもんな」
「起きたらまた、話しかけてあげてよ」
「そりゃあ勿論だ」
「じゃあまだ起きそうにないし、司、布団に置いてくるよ」
まだ眠る司を連れて、俊君は寝室へと向かった。
「そうだ、雪」
「なぁに? じぃじ」
「じぃじ、雪に一つお願いがあるんだけど」
「どうしたの?」
「ランドセルを背負った姿、見せてくれないかな?」
「ランドセル? あっ! そっか! あのランドセル、じぃじがプレゼントしてくれたんだもんね!」
「見たかったんだ、ずっと」
「いいよ! ちょっとまっててね!」
雪は手を前に出して握り、親指を立てると、小走りで自分の部屋へと向かった。入れ替わりに、俊君が戻ってくる。
「お義父さん、今日の夜ご飯は?」
「まだなんにも決めてないなぁ」
「一緒にどうですか? なぁ、美代」
「う、うん」
「じゃあ、お言葉に甘えようかなぁ。いいかい?」
「何にするか決めなきゃね」
……本当に、俊君のフットワークは軽い。私も夜ご飯のことを考えていたが、父を誘うところまでは至らなかった。誘いたい気持ち半分、まだ早いと思う気持ち半分。それに、自分自身の父への最初の態度から、誘いづらいと思っていた。夜ご飯を何にしようか考え始めた時、ガシャガシャと大きな音が雪の部屋から聞こえた。少ししてそれがやんだかと思うと、今度はドタドタと足音が聞こえる。
「雪! 走らないよ!」
「だって、じぃじにはやくみせたかったんだもん!」
ああ言えばこう言う。この短い距離を走ってきた雪は、少し滑りながらも父の前で止まった。そして、背中を向けてランドセルを父へと見せる。
「これね! おきにいりだよ!」
「似合うなぁ。でもまだ、ちょっと大きいか?」
「ちょっとねぇ? あと、すっごくおもいの! きょうかしょいっぱいはいるんだよ? もうパンパン!」
雪の背中には、大きなピンクのランドセルが背負われていた。くすんだ淡いピンク色のランドセルは、少し大人っぽくも見える。サイドと蓋部分にあしらわれた刺繍は、レースの様に見えてとてもガーリーだ。あまり派手なものも、可愛過ぎる物も好きではない娘だが、細かい仕事は好きらしい。繊細で綺麗なデザインは、大きく雪の興味を惹いていた。
このランドセルは、父が買ったものだ。随分と早い購入ではあったが、父たっての希望と、これほど気に入るものがこの後も出るかどうか考えた時、また一から探すのも大変だしどうしても前見たものがほしいけど、販売終了してしまった時のことを思うと、今買ったほうが良いという判断になった結果、思い切って買うことを決めた。
そしてこのランドセルは、父から雪に渡された、最後のプレゼントだった。ランドセルは父が亡くなってから届き、父は雪が背負った姿を見ることはできなかった。幽霊としてこの場に留まっていたなら、そこから見ていたかもしれない。うっすらと、ぼんやりと。でも今は違う。自分が最後にプレゼントしたランドセルを、目の前で自分の目を通して小学校一年生になった雪が背負っている。
父は『そうか、そうか』と言いながら、グズグズと鼻を鳴らし、目を充血させて雪の姿をジッと見ていた。
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