最初で最後のサヨナラを。

三嶋トウカ

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第12話:待望の時間_3

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 「はいはい、待ってて」

 私はそう言いながら司のいる寝室へと向かった。眠りが浅かったようで熟睡できなかった司は、ゴシゴシと目を擦りながら欠伸をしながらも泣いている。器用な子だ。私に気付くと一時的に泣き止み、また声を出して泣き始めた。

「……おはよう司。じぃじのところに行こうか、……ようやく、会えるね」

 司を抱え上げてリビングへと戻る。抱っこされた安心感で泣き止んだ司は、指をチュパチュパと吸い始めた。ヨシヨシと頭を撫で頬をすり寄せると『キャハハ』と声をあげて笑う。機嫌は悪くなさそうだ。少しだけ人見知りを始めた司に、父を会わせるのはちょっとだけ心配だったが、父とは既にアイコンタクトを取っていたのだからきっと大丈夫だろう。

「司、お客さんなんだよ。……ねぇ、司はわかるかな?」

 私はそう言って、リビングのドアを開けた。気付いた父は席を立ち、こちらへと向かってくる。

「司君、じぃじだよ」

 父は優しい声で司の名を呼んだ。司は何もわからないような顔をしたかと思うと、司は一周忌の時と同じように声を出して笑った。そしてまたひとしきり笑うと、恥ずかしそうにふいっと私の胸元に顔をうずめたのだ。

「ありゃ、この間の一周忌の時と、全く同じ反応してる」
「じゃあちゃんと、あの時目が合ったんだな」
「……嬉しそう」
「じぃじのほうが嬉しいけどなぁ。わかってくれたのかな」
「どうだろうね」
「つかさはきっとじぃじだってわかってるよ! ねー? つかさ!」

 顔を上げた司に、雪がそう声をかける。また笑って恥ずかしそうにふいっと顔を背けたが、チラリ、と何度も父のほうに視線を向けていた。そうしては、顔を背けるの繰り返し。父の存在をわかっているのならば、こんなに嬉しいことはない。私は、父に息子を会わせることができたのだ。一つ、父と司に関する私の心残りが消えていった。

「つかさ、まだねむたいの?」
「うーん、そうみたいだね。 もっと寝たかったかな?」
「車動き出すまで泣いてて、動いたら即落ちだったよ。めちゃめちゃ眠たかったんだと思う」
「じゃあそこから、ちょっとしか寝られなかったんだね」
「寝かそうか?」

 目を擦りながら段々と落ち着かなくなってきた司を見て、俊君が手を伸ばす。

「とっしー君、連れて帰ってきてくれて疲れてないか? ここはじぃじが……」

 父が両手を司に向ける。そうすると、司は手を伸ばすような素振りを見せた。

「じぃじすごい! それするの、ママにだけなんだよ!」
「そうかそうか。嬉しいなぁ」

 少し興奮気味に雪が言う。確かに、今のところ抱っこしてほしそうに手を伸ばすのは私にだけで、俊君や雪には手を伸ばさないし、私の母や弟にいたっては泣きそうな顔をしてそっぽを向く。まぁ、すぐに慣れるのだが。だがなぜか姉にだけは、ニコニコと愛想を振りまいていた。
 そういえば、病院の綺麗な女医さんや若い女性の看護師さんにも、愛想を振りまいていたっけ。男の子だし、まぁもうこの年から女の人が好きなんだろうと勝手に思っていたけど、父にも、しかも、もし本当に一周忌の時に目が合っていたとして、その時と同じ人だと判断して、ニコニコとするのは意外だった。

(あぁ、こんなに簡単に二つ目の心残りが解消されるなんて……)

 抱っこしてほしかった。司のことを。これが私の司に関する二つ目の心残りだ。雪のことも心残りはある。一つは、ランドセルを見せられなかったこと。でもそれは、ついさっき解消できた。今後、入学式の動画を見せたいし、あわよくば……授業参観へ一緒に行ってほしい。まだその時、ここにいてくれるのなら。

 両手でしっかりと司を受け取ると、父は機嫌よく司を抱っこして歌い始めた。……父は、正直歌は上手くない。全体的にこう、歌詞は間違ってはいないのだが、どこかで必ず調子を外した。音とリズムがちょっと違う。本人も自覚しているが、歌うことが好きらしく歌わないという選択肢はない。調子を外したまま歌い続けるのだ。それがちょっと、面白い。一回死んだら上手くなったりするのかと思ったが、そんなことはなかった。父という存在に染みついているからだろうか。いつもの父の調子に、ちょっとだけ心の中で笑ってしまった。

「ねんねー、ねんねー、ねんねんねー。つかさくんねんねーだよー」
「……自作?」
「みんなこれで眠ったもんだぞ。美代も、ねーちゃんの砂苗《さなえ》も、弟の浩一《こういち》も」
「……思い出した。雪にも歌ってたよね」
「そうだぞ。みんな眠る、魔法の歌なんだからな」
「私には真似できそうにないかも」
「お父さんの特別だからな。誰も真似できないぞ? いい歌だろ?」

 父の下手な歌は、眠る時に心地が良いらしい。外れた調子に子どもが眠る秘密でもあるのだろうか。ユラユラ揺らされながら最初はあうあう言っていた司も、あっという間にまぶたが次第に落ちていきやがて眠った。

「……ホントに寝ちゃった」
「どこに寝かせれば良いんだ?」
「じゃあ、そこのバウンサーに」

 父がバウンサーに司を乗せたのを確認して、私は洗面所からあの薄緑色のバスタオルを持ってくると、そっと眠る司に被せた。
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