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(リノ…、どこだ?)
冬の間は雪で周囲が見えず、「危ないから来ないで欲しい」と、毎年頼まれる。森へと続く獣道に雪解けでできた水たまりを覗くと、見慣れた金髪に緑の瞳が映る。背もそれなりに高く、王都では割と見かける容姿なものの、育った村に似たような見目の同性はいない。かといって、村の女性に振り向かれることもない。
魔法と呼ばれるものが存在することは常識だが、扱える者は少数で、村で目にすることはない。実際に触れたり使ったりするところを他人に見られれば、虐げられ森に捨てられる。魔法に触れたことのあるキールが、完全に捨てられず村の隅で生活できているのは、村で権力を持っていたらしい両親が、子どもの戯言だとうやむやにしたからだ。
村の学校には通えず、18歳のキールは初等部1年の時から、馬車で1時間ほど離れた王都にある王立学院に通っている。村とは違って皆が寛容で、そもそも村の考え方が古くて間違っていると、気づくきっかけになった。
王立学院には、試験を突破する学力があれば誰でも入学できるし、進級もできる。もちろん、進級できずに出身地へ戻る人も見かけたことがあるが、キールは入学以来首席を取り続けている。村には、寝泊まりしに帰りはする。だが、卒業後、就職してからの人生を村で過ごしたくはなかった。
生活を助ける魔法もあれば人を陥れる魔法も存在するのに、扱えず知識もない村の人々にとっては恐怖そのものだ。こんな扱いをするのも、最新の情報に疎い田舎では仕方のないことかもしれないが、王都は違った。授業を受けるたびに過ごしやすさを感じたし、魔法を受け入れる文化が成り立っている。
王都には、魔法を活かして生計を立てている人もいるし、それを上手く利用する一般人がほとんどだ。やはり、王都は進んでいる。キールが王立学院に行くことになったのは自業自得でもあるが、リノとの未来のために、ひとり通い続けた。
キールは、森に住む年上の魔女リノほど、村の人々に避けられているわけではなかった。王都へ向かう相乗りの馬車にも乗せてもらえるし、村で買い物もできる。
いろいろと思うところもないわけではない。毎年リノの言葉に従い、冬の間に深く積もった雪が溶けるのを待ってから森へ入る。ところどころ土や石が見える中、家で焼いたバゲットとマドレーヌを持って、道なき道を歩く。方向を知らない人間が入るのは危険だ。その獣道を進む珍しい人間であることも、自覚していた。
カゴに入れて運んでいるバゲットに、リノが狩った動物や魚を焼いて挟んで食べるのが美味しい。リノが住む小屋の裏で育てている、季節の野菜を和えたものでもいい。リノの魔法ですらパンを作るには工程が複雑で面倒らしく、基本的に製菓はキールの役目になっていた。
(リノ、小屋にいるのか?)
リノは、森に張り巡らせた魔法にキールが触れるのを感じ取っているだけで、キールの心の声が届いているわけではない。それでもピンと一本、光の筋が見える。獣道は途中で途切れてしまうが、樹々の間をリノが示してくれる。「この道を歩いて来て」と、リノに呼ばれている。
*****
5歳の時、キールは村の柵の外にいた小動物に目を奪われ、追いかけてしまった。森と村の境には柵があり、狩りをしない子どもは柵の外に出ないようにと躾られていたのを、好奇心から破ってしまった。
見失ってからも足を進め、結局村に戻れず迷い、大きな樹の下で座っていたキールが出会ったのが、魔女のリノだった。目の前に誰かが立った気がして顔を上げると、喪服のような真っ黒のワンピースを着た、長い綺麗な黒髪に赤い目をした女性がいた。
「この道を真っ直ぐ進みなさい。私に会ったことは、誰にも言っちゃだめよ」
「うん」
5歳のキールには十分大人に見えた魔女が、光で村までの道を教えてくれた。
村に戻ったキールは、両親に手厚く保護された。姿が見えなくなってかなり心配されたことは、子ども心に分かった。だから、誰に助けられてどうやって戻ってきたのか、伝えたかった。
森の中にそんな人間はいないと、信じてもらえなかった。狭い村で、両親がどんなに隠そうとしても、珍しい体験をしたキールが興奮して口にしてしまい、今まで関わりのあった子どもはキールから離れた。親に、そう言われたのだろう。魔法は悪だと、刷り込まれるのが田舎の教育で、常識だ。
「魔女としゃべったんだって!」
「呪われたんだ!」
「キールといると殺される!」
キールを見かけた子どもからは、後ろ指を刺される。大人からも、目線を逸らされるようになった。
気づけば両親からも素っ気ない態度を取られるようになって、8歳からの義務教育を村では受けられず、ひとりで王都へ出ることになった。キールは村に馴染めなくなっていたし、全く関係のない王都で一から関係を作れたのは幸運だった。
寮ではなく通学を選んだのは、どれだけ否定されても、森に魔女が生活していると信じていたからだ。
(いつかまた森に入って、彼女に会いに行くんだ)
*
10歳の頃、両親が相次いで亡くなり、キールは完全にひとりになった。村で流行ったその病気がキールには移らず、キールが呪われたせいで両親が早死にしたと言われた。村での葬式はできず、墓だけはどうにか用意したが、村の皆が作るものには程遠かった。でもそれは、きっと両親も分かっていただろう。
田舎に親戚もおらず、キールに遺された金品や住宅は、そのままキールのものとなった。親の地位はあれど、呪われた子に誰も関わりたくなかったのだ。
それ以来、余計に孤立したキールは、王都の学院から帰ると森へ向かい、魔女のリノと会って話すようになった。リノは初めこそ驚いていたが、キールの嫌がることはしないし悪意も感じられず、少し気を遣ったように関わってくれた。それを、キールは心地よく思わなかったが。
村の人々と普通に関わることができないのはキールもリノも同じで、だからこそキールはリノと対等でいたかった。疎外されても村の隅で生活していたキールは、リノとの未来を楽しみに学院での首席を取り続けたし、誰の邪魔も受けずに頻繁にリノに会いに行った。森に入るのが難しくなる雪の多い時期を除いて、休日もリノと共に森で過ごした。
***
冬の間は雪で周囲が見えず、「危ないから来ないで欲しい」と、毎年頼まれる。森へと続く獣道に雪解けでできた水たまりを覗くと、見慣れた金髪に緑の瞳が映る。背もそれなりに高く、王都では割と見かける容姿なものの、育った村に似たような見目の同性はいない。かといって、村の女性に振り向かれることもない。
魔法と呼ばれるものが存在することは常識だが、扱える者は少数で、村で目にすることはない。実際に触れたり使ったりするところを他人に見られれば、虐げられ森に捨てられる。魔法に触れたことのあるキールが、完全に捨てられず村の隅で生活できているのは、村で権力を持っていたらしい両親が、子どもの戯言だとうやむやにしたからだ。
村の学校には通えず、18歳のキールは初等部1年の時から、馬車で1時間ほど離れた王都にある王立学院に通っている。村とは違って皆が寛容で、そもそも村の考え方が古くて間違っていると、気づくきっかけになった。
王立学院には、試験を突破する学力があれば誰でも入学できるし、進級もできる。もちろん、進級できずに出身地へ戻る人も見かけたことがあるが、キールは入学以来首席を取り続けている。村には、寝泊まりしに帰りはする。だが、卒業後、就職してからの人生を村で過ごしたくはなかった。
生活を助ける魔法もあれば人を陥れる魔法も存在するのに、扱えず知識もない村の人々にとっては恐怖そのものだ。こんな扱いをするのも、最新の情報に疎い田舎では仕方のないことかもしれないが、王都は違った。授業を受けるたびに過ごしやすさを感じたし、魔法を受け入れる文化が成り立っている。
王都には、魔法を活かして生計を立てている人もいるし、それを上手く利用する一般人がほとんどだ。やはり、王都は進んでいる。キールが王立学院に行くことになったのは自業自得でもあるが、リノとの未来のために、ひとり通い続けた。
キールは、森に住む年上の魔女リノほど、村の人々に避けられているわけではなかった。王都へ向かう相乗りの馬車にも乗せてもらえるし、村で買い物もできる。
いろいろと思うところもないわけではない。毎年リノの言葉に従い、冬の間に深く積もった雪が溶けるのを待ってから森へ入る。ところどころ土や石が見える中、家で焼いたバゲットとマドレーヌを持って、道なき道を歩く。方向を知らない人間が入るのは危険だ。その獣道を進む珍しい人間であることも、自覚していた。
カゴに入れて運んでいるバゲットに、リノが狩った動物や魚を焼いて挟んで食べるのが美味しい。リノが住む小屋の裏で育てている、季節の野菜を和えたものでもいい。リノの魔法ですらパンを作るには工程が複雑で面倒らしく、基本的に製菓はキールの役目になっていた。
(リノ、小屋にいるのか?)
リノは、森に張り巡らせた魔法にキールが触れるのを感じ取っているだけで、キールの心の声が届いているわけではない。それでもピンと一本、光の筋が見える。獣道は途中で途切れてしまうが、樹々の間をリノが示してくれる。「この道を歩いて来て」と、リノに呼ばれている。
*****
5歳の時、キールは村の柵の外にいた小動物に目を奪われ、追いかけてしまった。森と村の境には柵があり、狩りをしない子どもは柵の外に出ないようにと躾られていたのを、好奇心から破ってしまった。
見失ってからも足を進め、結局村に戻れず迷い、大きな樹の下で座っていたキールが出会ったのが、魔女のリノだった。目の前に誰かが立った気がして顔を上げると、喪服のような真っ黒のワンピースを着た、長い綺麗な黒髪に赤い目をした女性がいた。
「この道を真っ直ぐ進みなさい。私に会ったことは、誰にも言っちゃだめよ」
「うん」
5歳のキールには十分大人に見えた魔女が、光で村までの道を教えてくれた。
村に戻ったキールは、両親に手厚く保護された。姿が見えなくなってかなり心配されたことは、子ども心に分かった。だから、誰に助けられてどうやって戻ってきたのか、伝えたかった。
森の中にそんな人間はいないと、信じてもらえなかった。狭い村で、両親がどんなに隠そうとしても、珍しい体験をしたキールが興奮して口にしてしまい、今まで関わりのあった子どもはキールから離れた。親に、そう言われたのだろう。魔法は悪だと、刷り込まれるのが田舎の教育で、常識だ。
「魔女としゃべったんだって!」
「呪われたんだ!」
「キールといると殺される!」
キールを見かけた子どもからは、後ろ指を刺される。大人からも、目線を逸らされるようになった。
気づけば両親からも素っ気ない態度を取られるようになって、8歳からの義務教育を村では受けられず、ひとりで王都へ出ることになった。キールは村に馴染めなくなっていたし、全く関係のない王都で一から関係を作れたのは幸運だった。
寮ではなく通学を選んだのは、どれだけ否定されても、森に魔女が生活していると信じていたからだ。
(いつかまた森に入って、彼女に会いに行くんだ)
*
10歳の頃、両親が相次いで亡くなり、キールは完全にひとりになった。村で流行ったその病気がキールには移らず、キールが呪われたせいで両親が早死にしたと言われた。村での葬式はできず、墓だけはどうにか用意したが、村の皆が作るものには程遠かった。でもそれは、きっと両親も分かっていただろう。
田舎に親戚もおらず、キールに遺された金品や住宅は、そのままキールのものとなった。親の地位はあれど、呪われた子に誰も関わりたくなかったのだ。
それ以来、余計に孤立したキールは、王都の学院から帰ると森へ向かい、魔女のリノと会って話すようになった。リノは初めこそ驚いていたが、キールの嫌がることはしないし悪意も感じられず、少し気を遣ったように関わってくれた。それを、キールは心地よく思わなかったが。
村の人々と普通に関わることができないのはキールもリノも同じで、だからこそキールはリノと対等でいたかった。疎外されても村の隅で生活していたキールは、リノとの未来を楽しみに学院での首席を取り続けたし、誰の邪魔も受けずに頻繁にリノに会いに行った。森に入るのが難しくなる雪の多い時期を除いて、休日もリノと共に森で過ごした。
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