駒扱いの令嬢は王家の駒に絆される

垣崎 奏

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10.第二王子からの贈り物

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 結果的に、父と兄は、第二王子からの招待を断らなかった。正確には、プレスコット侯爵家がこの好機を利用するとしてもしないとしても、断れなくなった。

 第二王子は招待状だけでなく、当日オリヴィアが身に着けるドレスも送ってきた。あの夜会で着ていた橙色やティールームで着た黄色、それに近しい色のものなど、出掛ける予定のたびにドレスが増えた。
 オリヴィアに抵抗がないようにと書き添えられた通り、露出は抑えられたものだ。ただし、その素材やデザインは一流の、破棄すればすぐに王家から贈られた物を捨てたと、跡が分かるものだった。

 マーサがぎっしり詰まったクローゼットを前に涙ぐんでいたのを、オリヴィアは見てしまった。やはり侯爵令嬢としては質素で、手持ちのドレスの数も少なかったのだろう。


 オリヴィアが何も言わなくても、第二王子はマーサのための焼菓子の包みを用意させる。父と兄が止めるのを王子が振り払い、マーサを含めた三人で客室で過ごす。父と兄の顔色を窺いながらホールの中で見送り、報告のために父の執務室へ向かうのがルーティンになった。

 第二王子とは当たり障りのない世間話をしたと言っても、すぐには退出させてもらえない。
 何でも、王子がティールームへ誘うのはオリヴィアだけで、他の令嬢とは行かないらしい。勇気のある令嬢が手紙を出しても、丁重に断られるそうだ。

「またとない機会だ、せいぜい役に立ってくれ」
「何を使ってもいいんだぞ、オリヴィア」

 兄に肩を触れられ、ぞくり鳥肌が立ったことは、気付かれていないと願いたい。マーサにも何も言われなかったから、きっと隠し通せたのだろう。

(殿下に触れられた時は、あたたかかったのに……)


 ◇


 父と兄の機嫌は日に日に悪くなり、第二王子と対面する時には繕うものの、屋敷には怒鳴り声が響く時間が増えた。オリヴィア以外に向けられる酷い癇癪を耳にするだけでも、何を言われても表情を変えずに受け流せるか、徐々に自信がなくなっていく。

 私室のソファに深く腰を下ろし、背もたれへ身体を預ける。ここには、マーサしかいない。少しだらけた姿を見せても怒られない。

「男性に強い感情を向けられて、それが家族であっても、怖いと思うのは普通ですよ、お嬢様」
「今までは、謝っていればすぐに戻れたの」
「そうですね、ここ最近のお嬢様は、第二王子殿下に気に入られましたから……。当主様とメイナード様は、お嬢様の前以外でもピリピリされていますよ」
「殿下に誘われるの、あまり嬉しくないの。普通ではない?」
「分かりかねますが、おそらくは」
「そう」

 紅茶を頼むと、マーサはすぐに従ってくれた。オリヴィアが普通の令嬢でないのは、ずっと分かっていたことだ。

「ティールームでのお時間は、いかがなのです? 楽しくはないのですか?」

 戻ってきたマーサが、尋ねてきた。正直なところ、よく分からないというのがオリヴィアの本音だ。
 第二王子はオリヴィアの住むオルブライト国の王族で、彼に何か希望を言われれば、オリヴィアに従う以外の選択肢はない。

「……楽しいと言えると思う。でも帰ってからのことが過ぎって、あまり乗り気になれないというか……、この部屋から出ずにマーサと話すほうがずっと気楽よ」
「私は使用人ですから。きちんと高位の殿下に対して、気を遣われているのですね」
「他の令嬢に会うことは滅多にないけれど、もし会うことがあれば、今まで以上に無視されるでしょうね。殿下が、私しかティールームに誘わないそうだから」
「きっとそのような場でも、殿下が守ってくださるのでは?」
「王族の方が、私を?」

(私ごときが、そんな立場にはなれないの。まともに教育すら受けていないのだから)

 オリヴィアとふたりきりで過ごす第二王子は、本当に素でいるように見える。公よりも、柔らかいオーラを纏っているのは間違いない。プレスコット侯爵邸にオリヴィアを迎えに来て父と兄に対する時とは、護衛のふたりも含め、雰囲気が大きく異なる。

「お嬢様。当たり前ですが、このお屋敷は侯爵家です。貴族の中でも位の高いこのプレスコット家に、第二王子殿下が私的に通われています。それほどの覚悟を持っていることくらいしか、使用人の私にまで気を回してくださる理由が思い当たりません。あくまでも、推測ですが」

 マーサのその言葉に、オリヴィアは何も返さなかった。返す言葉が見つからなかった。


 ◇


「お嬢様」
「なあに、マーサ」
「こちらを」

 マーサが、第二王子からの小包を私室に運び、中身を確認し、包みを持って近寄ってくれる。

 相変わらず手紙の原本は取り上げられていて、荷物も当然、すでに開封されているが、父と兄が見たのは上辺だけだろう。見えたのは、畳み込まれたドレスの隙間に入った、髪留めのリボンだった。

「黄色……」
「お嬢様の茶髪に映えますね。見逃さずに済んでよかったです」

 リボンを取り出し広げると、黄色の裾に水色の飾り刺繍が入っていた。

(殿下の瞳の色にしては、薄い……? もっと蒼が濃かった気がするけれど)

 第二王子から、ふたりで出掛けた回数分だけドレスをもらっているが、髪飾りは初めてだった。それが何の意味を持つのかは、王子にしか分からない。オリヴィアは、贈られたものを身に着けるだけだ。


 ◇


 第二王子は、招待状と共にドレスを贈ってくれる。つまり、次に会う時に着なければならないものが必然的に決まる。

 あのリボンは、髪をまとめるのに使うのではなく、編み込んでもらった。こうすれば、水色が混ざっているとは気付かれにくくなる。父と兄は、やはり触れてこなかった。

「リボン、分かってくれたんだね。マーサかな?」
「はい、小包を開けた時に」
「伝わってよかった、似合ってる」
「ありがとうございます」

 馬車に乗ってすぐ、人が変わったように第二王子が優しい声色で話しかけてくるのは、いつものことだ。マーサが髪飾りに気付いてくれてよかったと、オリヴィアはひとり安堵した。

「今日は少し、違うところへ行こうと思って」
「『違うところ』、ですか」
「あのティールームも気に入っているけど、同じところだと飽きるだろう?」

 飽きるほど何かを与えられたことのないオリヴィアは、言葉が出ず困るが、そういうときには必ず、王子はにっこり笑いかけてくれる。対面に座る、大事そうに籠を抱えたレナルドも口角を上げている。

「気にしなくていいよ。僕の気分だと思って」

 王子から振られる話題に答えながら、しばらく馬車に揺られて着いたのは、湖のほとりだった。水面には山や雲が反射し、白鳥がゆったりと浮かんでいる。思わず、惚けて周りを見渡してしまった。

「よかった、やっぱり好きなんだね」
「っ、申し訳ありません」
「いいよ、怒ってない。ティールームに向かう時によく周りを見てたから、そうなのかなって。今日はここで、レナルドのお茶と軽食を楽しむことにしよう」

 レナルドは、護衛騎士のはずで、紅茶を淹れるような立場にはいないはずだ。少なくとも、オリヴィアの認識はそうだった。第二王子を見上げると、楽しそうな笑顔が目に入る。

「護衛騎士だけど、使用人を兼ねて留学に連れて行ったんだ。サミュエルも、あの体躯からは想像できないくらい、良いお茶を淹れるよ」

 護衛騎士たちが手際よく、腰を下ろすためのシートを広げてくれる。紅茶を淹れるための火も焚かれ、自然の中でゆらゆら揺れる炎も、オリヴィアには新鮮に映った。

 レナルドがそっと置いた籠から出てきたのは、色とりどりの具材の入ったサンドウィッチだ。ここまで豪華に見えるフィンガーフードを目にするのは、初めてだった。

「マーサへのお土産も用意してあるからね」
「お気遣い、ありがとうございます」

(行き先がティールームじゃなくても、覚えてくださっているのね……)

 マーサに言われてから、どうして第二王子は、オリヴィアの使用人であるマーサにまで気を配るのだろうかと、考えてみた。結局オリヴィアひとりでは答えが出ず、マーサの言い分はああだから、そのまま横に置くことにした。分からないことは分からないし、オリヴィアに正解を教えてくれる人はいない。

「今日のはこれ。もちろん、オリヴィアの分は今から食べるんだけど、王宮の料理人の作る焼菓子の中で、僕が一番好きなものだよ」
「んん」
「あ、尖ってるから気をつけて」

 第二王子からの忠告の前に持って、その鋭さに変な声が出てしまった。段々と顔が火照ってくるが、隠すこともままならない。

 王子が「大丈夫?」と、顔から視線を逸らすようにオリヴィアの指に触れて確認してきた。手袋をしていない親指でそっと撫でられても嫌ではなく、やはりあたたかい。目線を落としていたオリヴィアは、王子の手を見つめることしかできなかった。

(……フェルドン辺境伯嫡男様とは違って、やっぱり硬くて太くて大きいわ)

 何度か手を取られたことで、第二王子の手が貴族らしくないことに気付いていた。紅茶を入れるレナルドの手に近く、見慣れない場所に出っ張りもある。筆記具を持つだけであれば、できないものだ。

「ラスク、初めて?」
「……はい」

 考え事をしていたせいで、反応が遅れた。王子は気にも留めない様子で、レナルドに向かって話を続ける。

「パンにバターを塗って焼くんだっけ?」
「基本はそうですね。味は甘いものや刺激のあるものなど種類はさまざま、冷やす場合もあります。今回は甘いものをいくつかお持ちしました」
「執務中にちょっと食べるのにちょうどよくて。食感も好きなんだ。サクサクするだろう?」
「はい、美味しいです」
「うん、よかった」

(っ……)

 穏やかに笑いかけてくる第二王子と、目が合った。太陽の下で見たその瞳は、室内で見るよりも薄い蒼、ちょうど、髪留めの刺繍と同じ色味に見えた。
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