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9.素の第二王子 後
しおりを挟むレナルドがカーテンの隙間から覗き、時間を伝えてきた。すでに陽は傾き始めている頃で、「侯爵に怒られるのは得策じゃないから」と、第二王子は立ち上がった。
本当に、ただただ紅茶と焼菓子を食べながら、王子からの質問に答えるような会話をしただけだった。
個室の外で待っていた給仕係に会釈をして、当然のように王子に手を引かれ、馬車に乗り込む。行きとは護衛の配置が入れ替わったのだろう、大柄な騎士が対面に座った。
「サミュエルは、怖いかな。身体が大きいから外にいてもらったんだけど」
「いえ……」
「オリヴィア様、ただの好奇心ですから、断っていただいても構いません。車内の殿下があまりに面白いと、レナルドが言うので」
「『面白い』?」
第二王子がその言葉に眉を寄せる。当然のようにオリヴィアの隣に、手を握ったまま座っている。
「殿下、お許しを。そのように柔らかい表情を見せられるのは、珍しいので」
王子はさらに目を細めたものの、柔らかい雰囲気は保っていた。
「……オリヴィア、狭くはない? 追い出そうか?」
「いえ、このままで……、お気遣い、ありがとうございます」
やはり、主従関係にしては、親しみを感じる距離感だ。オリヴィアが屋敷で聞くような、父と兄が部下に指示するものとはかけ離れていた。
馬車がゆっくりと動き出し、サミュエルも交えながら和やかに会話が進む。オリヴィアにとっては、不思議な空間だった。
「出迎えは、侯爵とメイナードが出てくるよね?」
「おそらく」
「『おそらく』?」
第二王子は、オリヴィアが婚約破棄された夜会の主役だ。元婚約者の名前を出しても、オリヴィアとの関係は把握済みだろう。
「フェルドン辺境伯嫡男様と出掛けた時には、『邪魔をしないように』と出迎えられなかったので」
「そのまま、私室へ?」
「いえ、客室で少しお話を」
「ああ、ごめん」
「謝られるようなことは何もございません。こちらこそ、お気を遣わせてしまい申し訳ありません」
ティールームに入ってすぐのオリヴィアが気にしたのもあって、第二王子が何を想定したのか、明確に伝わってきた。王子は、オリヴィアのことを調べ尽くしているはずで、父と兄、それから元婚約者の好色ぶりも知っているのだろう。
年齢を重ねるごとに不安になる部分ではあるが、元婚約者はもうプレスコット侯爵邸に現れない。父と兄は、先日の夜会で隣にいた女性を見る限り、この凹凸のない幼児体型には興味がないのではと、思わなくもない。
「……じゃあさ、僕も客室に入れてくれないかな。僕からオリヴィアの使用人に、直接お菓子を渡すよ」
「そのような……!」
「包んでもらったの、無駄になっちゃうから、ね?」
上手くいくとは思えないが、オリヴィアにはとても、濃い瞳をした楽しそうな第二王子の希望は断れなかった。
(きっと、報告に行ったら叱責されるわ。お父様もお兄様も、仲の良い女性以外の他人が屋敷に入るのを嫌うから……)
◇
オリヴィアを出迎えた父と兄は、テッドの力も借りながら言葉を必死に繕って、第二王子を帰らせようとした。いとも簡単に押し切って、まるで屋敷の間取りを知っているかのように、王子は客室へ進み扉を開けた。
「ご令嬢の使用人以外は下がれ」
「しかし……」
「しつこいのは嫌いだ」
「っ、失礼しました」
第二王子が発した声は高圧的のある低いもので、やはりオリヴィアと過ごす時間とは区別しているようだった。おそらく、目つきも変わって、王宮で元婚約者を威圧したように鋭いのだろう。
父と兄が怯えたような顔をするのを、初めて見た。あんなに背中を丸めて、身体を小さくして出ていくところを見ることになるとは。
マーサが遠慮がちに進み、すっとオリヴィアの後ろに立つ。王子が扉を閉めて振り返り、オリヴィアとマーサに向けて、にこやかな優しい笑顔を浮かべた。
「君が、オリヴィアの?」
「……マーサと申します」
「いい主人を持ったね。『お菓子を君に渡したい』と、話してくれた」
「お嬢様っ……!」
マーサの顔が、さっと青ざめる。オリヴィアにも、分かっていた。父と兄に気付かれれば取り上げられ、「勝手に物を屋敷に持ち込むな」と怒られるのだ。
今回は第二王子の厚意で、あのときほどの叱責にはならないと思うが、何かしらの罰は受けるだろう。マーサの表情に王子も気付いているはずだが、何事もなかったように、騎士服の内側から包みを取り出した。
「薄いクッキーだよ。エプロンのポケットに入れてる、タオルに包んで。気をつけたつもりだけど、すでに割れてたらごめんね」
マーサは使用人で、常にタオルは持っている。第二王子はもともと隠させるつもりで、ポケットが不自然に膨らまないよう、給仕係に焼菓子を厳選させたらしい。マーサが王子の指示通り、タオルに包もうとする。
「あ、ちょっと借りていい?」
タオルをマーサから取り上げると、厚みができる限り薄くなるように、あっという間に包んでしまった。
「よし、これでいいかな。僕はそろそろ帰るよ。きっと、侯爵とメイナードが待ちくたびれてるからね」
大した時間も経っていないのに、確かに父と兄は苛ついて、腕を組み足を揺らしていた。
玄関ホールへ、さも当然とばかりにオリヴィアの手を引いて戻った第二王子が、扉を潜る前に仰々しく膝をついた。
「また、招待を送る。待っていてね」
父と兄の手前、簡単に頷くことはできなかった。不釣り合いだからと断らなければならないが、それでは第二王子に不敬だろう。
オリヴィアが王子と会うことを止めなければ、プレスコット侯爵家は貴族社会での活動の幅を広げられる。ただし、オリヴィアは家のために社交をしたいと思えないままだ。
駒になるつもりはないのに、貴族社会やプレスコット侯爵家内の上下関係を顧みると、取れる選択肢がひとつしかない。オリヴィアは黙って、頭を下げた。
本来なら、馬車が見えなくなるまで見送るべきだろうが、それを許す父と兄ではない。報告のためについて入った執務室で向かい合った家族は、怪訝な顔をしていた。
「オリヴィア」
「断るべきでした。申し訳ありません」
「あいつの好きにはさせん。次の招待はない。今日は部屋から出るな」
「かしこまりました」
部屋から出られないのは、いつものことだ。叱責もなく、食事抜きにもならなかった。
(ああ、王家との関係は持っておきたいものね、それに焼菓子がバレていないから……)
どうやら、今日も疲れすぎているらしい。意識がはっきりしているうちに、扉の外で待機していたマーサと私室へ戻った。
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