駒扱いの令嬢は王家の駒に絆される

垣崎 奏

文字の大きさ
9 / 15

9.素の第二王子 後

しおりを挟む

 レナルドがカーテンの隙間から覗き、時間を伝えてきた。すでに陽は傾き始めている頃で、「侯爵に怒られるのは得策じゃないから」と、第二王子は立ち上がった。
 本当に、ただただ紅茶と焼菓子を食べながら、王子からの質問に答えるような会話をしただけだった。

 個室の外で待っていた給仕係に会釈をして、当然のように王子に手を引かれ、馬車に乗り込む。行きとは護衛の配置が入れ替わったのだろう、大柄な騎士が対面に座った。

「サミュエルは、怖いかな。身体が大きいから外にいてもらったんだけど」
「いえ……」
「オリヴィア様、ただの好奇心ですから、断っていただいても構いません。車内の殿下があまりに面白いと、レナルドが言うので」
「『面白い』?」

 第二王子がその言葉に眉を寄せる。当然のようにオリヴィアの隣に、手を握ったまま座っている。

「殿下、お許しを。そのように柔らかい表情を見せられるのは、珍しいので」

 王子はさらに目を細めたものの、柔らかい雰囲気は保っていた。

「……オリヴィア、狭くはない? 追い出そうか?」
「いえ、このままで……、お気遣い、ありがとうございます」

 やはり、主従関係にしては、親しみを感じる距離感だ。オリヴィアが屋敷で聞くような、父と兄が部下に指示するものとはかけ離れていた。

 馬車がゆっくりと動き出し、サミュエルも交えながら和やかに会話が進む。オリヴィアにとっては、不思議な空間だった。

「出迎えは、侯爵とメイナードが出てくるよね?」
「おそらく」
「『おそらく』?」

 第二王子は、オリヴィアが婚約破棄された夜会の主役だ。元婚約者の名前を出しても、オリヴィアとの関係は把握済みだろう。

「フェルドン辺境伯嫡男様と出掛けた時には、『邪魔をしないように』と出迎えられなかったので」
「そのまま、私室へ?」
「いえ、客室で少しお話を」
「ああ、ごめん」
「謝られるようなことは何もございません。こちらこそ、お気を遣わせてしまい申し訳ありません」

 ティールームに入ってすぐのオリヴィアが気にしたのもあって、第二王子が何を想定したのか、明確に伝わってきた。王子は、オリヴィアのことを調べ尽くしているはずで、父と兄、それから元婚約者の好色ぶりも知っているのだろう。

 年齢を重ねるごとに不安になる部分ではあるが、元婚約者はもうプレスコット侯爵邸に現れない。父と兄は、先日の夜会で隣にいた女性を見る限り、この凹凸のない幼児体型には興味がないのではと、思わなくもない。

「……じゃあさ、僕も客室に入れてくれないかな。僕からオリヴィアの使用人に、直接お菓子を渡すよ」
「そのような……!」
「包んでもらったの、無駄になっちゃうから、ね?」

 上手くいくとは思えないが、オリヴィアにはとても、濃い瞳をした楽しそうな第二王子の希望は断れなかった。

(きっと、報告に行ったら叱責されるわ。お父様もお兄様も、仲の良い女性以外の他人が屋敷に入るのを嫌うから……)


 ◇


 オリヴィアを出迎えた父と兄は、テッドの力も借りながら言葉を必死に繕って、第二王子を帰らせようとした。いとも簡単に押し切って、まるで屋敷の間取りを知っているかのように、王子は客室へ進み扉を開けた。

「ご令嬢の使用人以外は下がれ」
「しかし……」
「しつこいのは嫌いだ」
「っ、失礼しました」

 第二王子が発した声は高圧的のある低いもので、やはりオリヴィアと過ごす時間とは区別しているようだった。おそらく、目つきも変わって、王宮で元婚約者を威圧したように鋭いのだろう。

 父と兄が怯えたような顔をするのを、初めて見た。あんなに背中を丸めて、身体を小さくして出ていくところを見ることになるとは。

 マーサが遠慮がちに進み、すっとオリヴィアの後ろに立つ。王子が扉を閉めて振り返り、オリヴィアとマーサに向けて、にこやかな優しい笑顔を浮かべた。

「君が、オリヴィアの?」
「……マーサと申します」
「いい主人を持ったね。『お菓子を君に渡したい』と、話してくれた」
「お嬢様っ……!」

 マーサの顔が、さっと青ざめる。オリヴィアにも、分かっていた。父と兄に気付かれれば取り上げられ、「勝手に物を屋敷に持ち込むな」と怒られるのだ。

 今回は第二王子の厚意で、あのときほどの叱責にはならないと思うが、何かしらの罰は受けるだろう。マーサの表情に王子も気付いているはずだが、何事もなかったように、騎士服の内側から包みを取り出した。

「薄いクッキーだよ。エプロンのポケットに入れてる、タオルに包んで。気をつけたつもりだけど、すでに割れてたらごめんね」

 マーサは使用人で、常にタオルは持っている。第二王子はもともと隠させるつもりで、ポケットが不自然に膨らまないよう、給仕係に焼菓子を厳選させたらしい。マーサが王子の指示通り、タオルに包もうとする。

「あ、ちょっと借りていい?」

 タオルをマーサから取り上げると、厚みができる限り薄くなるように、あっという間に包んでしまった。

「よし、これでいいかな。僕はそろそろ帰るよ。きっと、侯爵とメイナードが待ちくたびれてるからね」

 大した時間も経っていないのに、確かに父と兄は苛ついて、腕を組み足を揺らしていた。
 玄関ホールへ、さも当然とばかりにオリヴィアの手を引いて戻った第二王子が、扉を潜る前に仰々しく膝をついた。

「また、招待を送る。待っていてね」

 父と兄の手前、簡単に頷くことはできなかった。不釣り合いだからと断らなければならないが、それでは第二王子に不敬だろう。

 オリヴィアが王子と会うことを止めなければ、プレスコット侯爵家は貴族社会での活動の幅を広げられる。ただし、オリヴィアは家のために社交をしたいと思えないままだ。
 駒になるつもりはないのに、貴族社会やプレスコット侯爵家内の上下関係を顧みると、取れる選択肢がひとつしかない。オリヴィアは黙って、頭を下げた。

 本来なら、馬車が見えなくなるまで見送るべきだろうが、それを許す父と兄ではない。報告のためについて入った執務室で向かい合った家族は、怪訝な顔をしていた。

「オリヴィア」
「断るべきでした。申し訳ありません」
「あいつの好きにはさせん。次の招待はない。今日は部屋から出るな」
「かしこまりました」

 部屋から出られないのは、いつものことだ。叱責もなく、食事抜きにもならなかった。

(ああ、王家との関係は持っておきたいものね、それに焼菓子がバレていないから……)

 どうやら、今日も疲れすぎているらしい。意識がはっきりしているうちに、扉の外で待機していたマーサと私室へ戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。……これは一体どういうことですか!?

四季
恋愛
朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

私のための戦いから戻ってきた騎士様なら、愛人を持ってもいいとでも?

睡蓮
恋愛
全7話完結になります!

明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

お前は要らない、ですか。そうですか、分かりました。では私は去りますね。あ、私、こう見えても人気があるので、次の相手もすぐに見つかりますよ。

四季
恋愛
お前は要らない、ですか。 そうですか、分かりました。 では私は去りますね。

本を返すため婚約者の部屋へ向かったところ、女性を連れ込んでよく分からないことをしているところを目撃してしまいました。

四季
恋愛
本を返すため婚約者の部屋へ向かったところ、女性を連れ込んでよく分からないことをしているところを目撃してしまいました。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

助かったのはこちらですわ!~正妻の座を奪われた悪役?令嬢の鮮やかなる逆襲

水無月 星璃
恋愛
【悪役?令嬢シリーズ3作目】 エルディア帝国から、隣国・ヴァロワール王国のブランシェール辺境伯家に嫁いできたイザベラ。 夫、テオドール・ド・ブランシェールとの結婚式を終え、「さあ、妻として頑張りますわよ!」──と意気込んだのも束の間、またまたトラブル発生!? 今度は皇国の皇女がテオドールに嫁いでくることに!? 正妻から側妻への降格危機にも動じず、イザベラは静かにほくそ笑む。 1作目『お礼を言うのはこちらですわ!~婚約者も財産も、すべてを奪われた悪役?令嬢の華麗なる反撃』 2作目『謝罪するのはこちらですわ!~すべてを奪ってしまった悪役?令嬢の優雅なる防衛』 も、よろしくお願いいたしますわ!

処理中です...