ふたりで居たい理由-Side M-

垣崎 奏

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M-9.なびいた髪

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☆☆☆


また新しい一週間が始まる。昼休みになれば隆聖と養護事務所に向かって、そこでご飯を食べる。何も、変わらない。


「基樹、なんか嬉しいことでもあった?」


着席して口に含んだお茶を吹き出しそうになる。琴音さんや服部店長に話したんだ、隆聖が気付かないわけがない。この時間まで待ってくれたのは、隆聖の気遣いだ。


「なんだかキラキラしてると思ったのよ」
「女の子?」
「……そうですね」


先生たちも乗ってくるから、横を向いて食べ進める。安藤先生だけは、僕を知ってるからこそ、何もリアクションをしない。強いて言えば、多少伺い見られている。


「で、誰?」
「隆も分かんないよ、西高の転入生だし」
「西高? なんでまた?」
「たまたま会ったんだよ」

「どこで」
「裏道」
「え? あんなとこ来る?」
「来たんだよ」


友達付き合いが長いから、ぐいぐい聞いてくるし、遠慮がない。僕が女の子に興味持つことが、珍しいのもあるんだろう。


「ギターは? 見られた?」
「うん、でも止めてない。横で聞いてるよ」

「え、もう何回か会ってる?」
「放課後に」
「まじかよ、進んでんな」


隆聖が急に黙った。違和感があるくらい、何かを考えてる。視界の端に映る安藤先生も、少し笑ってくれたように見えたけど、硬いままだ。


「……隆?」
「いや、ちょっと怖いなって。基樹はテンパるから」
「……そうだね」


焦ったり慌てたりしやすい自覚があっても、それを飼い慣らすのは難しい。身体が火照ったり息が荒くなったり、何かしら症状が出た時の対処はしなきゃいけない。長谷川さんの前では、深呼吸は使えないし、赤くなったら顔を逸らすだけだ。

身体に出ないように、人の目線とか予想外の出来事を受け止められるように、カウンセリングの中で練習はしてきたけど、癖はなかなか治らない。その都度、意識して対応していくしかない。





放課後、いつものように教室を出ようと準備をするはずの隆聖が、バッグを持っていない。代わりに手にしていたのは、箒だ。


「基樹、掃除当番」
「まじ?」
「うん」


サボる選択肢はない。できるだけ早く終わらせて、裏道に向かえるように努力するだけだ。

ただ、一筋縄じゃいかない。掃除は、班で協力してやるもの。僕ひとりでどうこうできるわけじゃない。

無駄に絡んでくる女子を交わしながら、担当の箇所を終わらせる。隆聖も同じ班だから、まだマシだと言い聞かせる。

話しかけられる内容は何でもない事で、僕じゃなくても解決できるし、適当に流すのもいつものこと。でも、女子をあしらってるって男子に見なされるのも辛い。女子からも男子からも向けられる目が、刺さる感じがする。

いい加減に思ってるわけじゃなくて、関わりたいと思えないだけ。中途半端に応えていくのも気を遣って続かないだろうから、こういうスタイルに落ち着いたけど、理解者は隆聖だけだ。

十五分が、とにかく長く感じた。何とか終わらせて、隆聖と自転車庫まで歩きながら、数回ゆっくり深呼吸をした。


「……休み明けだしな」
「まだ感覚戻ってなくて、久々刺さってるのもある」


毎日、学校があれば受けていた視線がなくなるのが、長期休み。視線を浴びない生活が終わって、新学期になって戻ったことに、身体が慣れてない。

福永さんが先に着いて隆聖を待ってた。さっと「また明日」と声を掛けて、自転車に跨った。





ギターを取りに家に帰って、裏道へ急ぐ。長谷川さんの姿は見えなくて、掃除当番があってもオレが先だったらしい。

いつもの基礎練習が半分終わったくらいで、自転車の音がした。思ったより、時間に余裕は無さそうだ。明日からも、先に居られるかは怪しい。

隣に座るのを待ってから、話しかける。ここには毎日来てくれるし、伝えておかないと困るだろうから。


「オレ、今週掃除当番なんだよ」
「遅くなる?」
「今日はまだ先に来れたけど」
「来るのは来る?」
「うん」
「じゃあ待ってるよ」


(待って、くれるんだ)

その言葉が、オレを安心させる。長谷川さんは、オレと毎日会っていても大丈夫らしい。気を紛らわせるように、基礎練習を続けた。





遅くなっても待ってくれる。その言葉に舞い上がって、曲の合間に話しかけてしまった。


「土曜、フロイデにいたでしょ」
「え」
「オレ、昨日行ったんだよ。そしたら、琴音さんが教えてくれた」


長谷川さんの目線は、足を伸ばして合わせたつま先にある。オレに辛うじて見えるその横顔は、楽しそうだ。


「私もしゃべった。琴音さんと」
「何か言ってた?」
「特に何も。名前聞かれたくらいだよ」


(そっか、オレの話、したわけじゃないんだ)

琴音さんと会って、オレは長谷川さんの話をしたから、勝手に話してたかもと期待してた。

接客のタイミングもあるし、たぶん琴音さんと長谷川さんがちゃんと会話するのは初めてだったはず。あまりたくさんはしゃべらなかったんだろう。


「琴音さん、いい人そうだった」
「実際いい人だよ。ちょうどいい距離感で話せるというか。学校でもバイトでも関わりない人だし」

「よく話すの?」
「んー、お客さん次第。日曜の夕方だとノーゲストの時も多いし、割と話すかな」


ファイルをめくって、次に弾く曲を選びながら、長谷川さんからの問いに答えてく。会話が勝手に進むから、気を揉まなくて楽だ。何か声を掛けないとって、焦らなくて済む。


「琴音さんと、何話すの」
「学校のこと。あとライブとか」
「ライブ?」
「琴音さん、ライブハウスによく行くらしくて。フロイデが閉まってる時は大概ライブ行ってるって」
「へえ」


中央駅の周辺に、いくつかライブハウスがあるらしい。市立大も近いから、学生がライブを頻繁にやってるって聞いた。音響工学科のことも、その時に聞いたんだろう。





もうすぐ、雨が降るかもしれない。ちょっと風が強くなってきた。目元を隠したくて伸ばした前髪が、風に煽られる。

長谷川さんの髪は後ろでひとつ、ポニーテールにまとめられているけど、顔回りの髪はなびいてる。


「……風、うっとうしい」
「そうだね」


長谷川さんは、自転車を押しながら、潤った唇に張り付いた髪を払う。ピンク色の、形の良い唇。

(っ、口元、凶器だな……)

服部店長や琴音さん、隆聖に話したことで、余計に意識してしまう。長谷川さんは、オレとペースの合いそうな女の子。来週の土曜には、出掛ける約束もある。

(……デートだと思ってるのが、オレだけだったら?)

テンションが下がりそうな思考が過ぎったところで、曲がり角が見えた。


「また明日」
「あ、うん」


できるだけ合わないようにしていた目が、このタイミングで合ってしまった。切れ目な彼女が何か言いかけてるような気もしたけど、顔が赤いのを見られたくなくて、ペダルを漕ぐ足に力を掛けた。





やっぱり、今日の夜から雨が降る。天気予報によれば、数日続くらしい。雨の日は、歩いてくから、教科書が濡れないようにビニールをバッグの中に仕込む。

放課後の予定も、雨の日は変わる。せっかくIDも交換してる。こういう時に使わずに、いつ使うんだ。


「明日、雨だけど、学校どうやって行く?」
「歩いてかな」


(っ……!)

返信は早かった。携帯を手に持っていたのかと思うくらいだ。長谷川さんとのメッセージは、必要事項の連絡しかないから、余計な会話をする必要はない。

お互い歩いてだと、裏道までは少し距離がある。ギターは持ち出さないし、長谷川さんさえよければ、屋根のあるところで話すのも手だ。


「よかったら、西駅まで迎え行くよ」


送ってから、しまったと思った。すぐに既読がついたものの、返事が来ない。

隆聖と福永さんがオレの中の基準だから、距離があるなら迎えに行くのが普通だと、刷り込まれてる節がある。意識してるのがオレだけかもしれないのに。


「分かった」
「電車乗ったら連絡する」


既読がついたのを見て、携帯を置いた。なんとなく、長谷川さんは了解の返事の連投をしないと思った。既読がつけば、読んだのはオレに伝わるし、一度了承してくれているから。

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