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M-15.フロイデにて 2
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琴音さんがオムライスを運んできて、また間からお皿を置いていく。さっき、水を置かれた時も違和感があった。
フロイデでもシューペでも、お客さん同士の間に入る接客はしない。オレが妃菜ちゃんを見れないのを分かって、自然に右を向けるように、オレの視線が琴音さん、その先にいる妃菜ちゃんへ向くように、間からなんだ。
(はあ……、すごく、気を遣ってもらってる)
「はい」
「ありがとう」
妃菜ちゃんにスプーンを渡され、受け取った時に映った黒髪は、ハーフアップになってた。
「あれ、髪留めたの」
「食べるのには邪魔だから」
いつ、ヘアクリップを出したんだろう。余裕がなさすぎて、でも目の前のオムライスは食べたくて。
自分の体調が、一周回って可笑しく思えてきた。追い詰められる時は、食欲も落ちるけど、今は、それほどじゃない。その事実を噛みしめる。
手を合わせてから、スプーンをオムライスに差す。いつも通り、ふわふわで、チーズが伸びる。
お腹が空いていたんだろうか、妃菜ちゃんは話さず黙々とオムライスを口に運ぶ。オレも話しかけはしないし、妃菜ちゃんのペースを横目で見ながら食べ進める。
(……食べ方が、すごく綺麗)
思い出したのは、今年の春の修学旅行だ。ホテルディナーで、テーブルマナー講習をみんなで受けた。カトラリーの使い方が、その時の手本の先生とそっくりだ。
オレの家だと、そんな風にカトラリーを使う習慣はないし、妃菜ちゃんの親は家に居ないって言ってた。
(なら、どうして?)
今日の妃菜ちゃんは、格好こそカジュアルだけど、大人びて見えるし、付き合ってた相手も年上だったりするんだろうか。
(あー……)
まずい方向に、思考が向いてる。とりあえず、オムライスを食べきってしまおう。
☆
お皿と引き換えに、アイスカフェオレが置かれる。琴音さんは変わらず間で接客してくれて、わざとオレの視線を妃菜ちゃんの方へ仕向けてくれた。
「この後、バイト先行くんだよね」
「うん、でもすぐには行かないよ。広場ちょっと散歩して、お腹空かせてから」
「そうだよね、今入る気しない」
ふふっと笑う妃菜ちゃんは、裏道で見るよりも明るい人に見えた。いつも会うのは学校が終わってからの放課後で、疲れてたり暗かったり、今が普段と違う理由はいくつか考えられる。
ストローでカフェオレを混ぜながら、やっぱり妃菜ちゃんが会話を進めてくれる。
「初めて会った時、何してたの」
「『初めて会った時』?」
「勉強してるようには見えなかったから」
「あー、ここで会った時?」
「そう」
基本的に、ひとりで作詞するためにフロイデを使ってる。琴音さんと話すこともあるけど、それは琴音さんの手が空いている時に限る。日曜の午後とか、狙って来るけど、それでも話せない時もある。
「……歌詞とか、フレーズ考えてる」
「昨日の?」
「あれもここで書いたね」
「へえ……」
妃菜ちゃんが、庭の外をじっくり見てる。オレから、視線が逸れた。
「琴音さんが、育ててるらしいよ。ハーブとか? オレはよく分かんないけど」
「景色、見てたら浮かぶの?」
「眺めたり、新しいもの見たりすると、かな」
背の高い花がたまに吹く風に揺れてるのを見ながら、アイスカフェオレを飲み進める。妃菜ちゃんの目が、オレに向かないから、オレが妃菜ちゃんを見るチャンスだ。
「妃菜ちゃんは? 何読んでたの」
「小説。今はシリーズ通して読み直してるとこ」
「読み直してる?」
「うん、話はもう知ってるのにね」
「いいんじゃない? オレも好きな曲は何回も聴くし」
たぶん、普通に返せてる。ちょっとは、今日の雰囲気に慣れてきた気がする。カーブミラーの下で待ってた時よりも、ずっと息がしやすくなってた。
☆
相変わらず、妃菜ちゃん主導で会話が続く。「普段腕時計してないよね」と聞かれて、やっぱり妃菜ちゃんはよく見てくれる人だと思った。細かい変化に気付いてくれる女の子。妃菜ちゃんと会う時はトートバッグに巻いてるけど、今日はギターがないから、腕に着けてる。
服やアクセサリーに強いこだわりはなくて、バイトの服装の色違い。それ以上、着飾ることはない。誰かと出掛けることもなくて、必要がなかったから。少しは、考えた方がいいのかもしれない。
「ちょっと、お手洗いに」
「うん」
妃菜ちゃんが席を立って、その間に琴音さんが水を注ぎに来てくれた。この一瞬は、気を緩めても許されるはず。
「……大変そうね」
カウンターに肘をついて、その内側に頬を埋める。手首と首から、知ってる香りがする。今いる場所も、いつも来ているフロイデだ。
「あんまり、無理はしないこと。どうやったって、無理したいんでしょうけど」
「…はい」
「予想で話すのって避けなきゃって思うんだけどね、妃菜ちゃんなら受け止めてくれる気もするわよ?」
「分かってます」
「そう、ならいいの。後はその見栄とどう戦うか、ね」
「っ……」
「戻ってくるわ」
隣で、お手洗いの様子を伺っていてくれた琴音さんが、妃菜ちゃんが戻ってくる前に離れた。身体を起こして、振り返る。ハーフアップが解かれて、ストレートに下ろされてる。
(あ……、顔が見れる)
緊張を感じたのは昨日の夜、寝る前だったから、誰にも話せていなかった。琴音さんと少し言葉を交わせたことで、ちょっと落ち着いたんだ。いきなり駅前に行く予定にしなくて、正解だった。
「大丈夫?」
「うん、お待たせ」
「出よっか」
バッグを背負ってイスから降りると、琴音さんがレジで待ってくれていた。妃菜ちゃんが、二つ折りのお財布を出して真横に並んでくる。
(え……)
「基樹くん」
「いいよ、とりあえず払っちゃうから」
今までオレに絡んできた女子は、少なくとも自分の財布を出そうとはしなかった。だから、オレの中では奢るのが常識だったけど、妃菜ちゃんは、払おうとしてくれた。
「ありがとう、また待ってるわね」
「はい」
琴音さんにドアの外まで見送ってもらって、自転車に跨ろうとするけど、妃菜ちゃんがその素振りを見せない。ちょっと、睨まれてる気すらする。
「……割り勘がいい?」
「うん」
「んー……」
迷った。良いところ見せたいって、それだけの理由で、完全にオレの見栄だ。でも、妃菜ちゃんが気を遣うなら、多少は貰っておいてもいいかも。そもそも、デートだと思っているのはオレだけかもしれないし。
「……じゃあ、千円だけちょうだい。綺麗に割るの、面倒だから。ね?」
「ありがとう、ごちそうさま」
(ふう……)
それだけで引いてくれたことも、ありがたかった。しっかり払うって言われたら、それはそれで従ってたけど、面倒なのは確かだから。
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