ふたりで居たい理由-Side M-

垣崎 奏

文字の大きさ
上 下
15 / 46

M-15.フロイデにて 2

しおりを挟む





琴音さんがオムライスを運んできて、また間からお皿を置いていく。さっき、水を置かれた時も違和感があった。

フロイデでもシューペでも、お客さん同士の間に入る接客はしない。オレが妃菜ちゃんを見れないのを分かって、自然に右を向けるように、オレの視線が琴音さん、その先にいる妃菜ちゃんへ向くように、間からなんだ。

(はあ……、すごく、気を遣ってもらってる)


「はい」
「ありがとう」


妃菜ちゃんにスプーンを渡され、受け取った時に映った黒髪は、ハーフアップになってた。


「あれ、髪留めたの」
「食べるのには邪魔だから」


いつ、ヘアクリップを出したんだろう。余裕がなさすぎて、でも目の前のオムライスは食べたくて。

自分の体調が、一周回って可笑しく思えてきた。追い詰められる時は、食欲も落ちるけど、今は、それほどじゃない。その事実を噛みしめる。

手を合わせてから、スプーンをオムライスに差す。いつも通り、ふわふわで、チーズが伸びる。

お腹が空いていたんだろうか、妃菜ちゃんは話さず黙々とオムライスを口に運ぶ。オレも話しかけはしないし、妃菜ちゃんのペースを横目で見ながら食べ進める。

(……食べ方が、すごく綺麗)

思い出したのは、今年の春の修学旅行だ。ホテルディナーで、テーブルマナー講習をみんなで受けた。カトラリーの使い方が、その時の手本の先生とそっくりだ。

オレの家だと、そんな風にカトラリーを使う習慣はないし、妃菜ちゃんの親は家に居ないって言ってた。

(なら、どうして?)

今日の妃菜ちゃんは、格好こそカジュアルだけど、大人びて見えるし、付き合ってた相手も年上だったりするんだろうか。

(あー……)

まずい方向に、思考が向いてる。とりあえず、オムライスを食べきってしまおう。





お皿と引き換えに、アイスカフェオレが置かれる。琴音さんは変わらず間で接客してくれて、わざとオレの視線を妃菜ちゃんの方へ仕向けてくれた。


「この後、バイト先行くんだよね」
「うん、でもすぐには行かないよ。広場ちょっと散歩して、お腹空かせてから」
「そうだよね、今入る気しない」


ふふっと笑う妃菜ちゃんは、裏道で見るよりも明るい人に見えた。いつも会うのは学校が終わってからの放課後で、疲れてたり暗かったり、今が普段と違う理由はいくつか考えられる。

ストローでカフェオレを混ぜながら、やっぱり妃菜ちゃんが会話を進めてくれる。


「初めて会った時、何してたの」
「『初めて会った時』?」
「勉強してるようには見えなかったから」
「あー、ここで会った時?」
「そう」


基本的に、ひとりで作詞するためにフロイデを使ってる。琴音さんと話すこともあるけど、それは琴音さんの手が空いている時に限る。日曜の午後とか、狙って来るけど、それでも話せない時もある。


「……歌詞とか、フレーズ考えてる」
「昨日の?」
「あれもここで書いたね」
「へえ……」


妃菜ちゃんが、庭の外をじっくり見てる。オレから、視線が逸れた。


「琴音さんが、育ててるらしいよ。ハーブとか? オレはよく分かんないけど」
「景色、見てたら浮かぶの?」
「眺めたり、新しいもの見たりすると、かな」


背の高い花がたまに吹く風に揺れてるのを見ながら、アイスカフェオレを飲み進める。妃菜ちゃんの目が、オレに向かないから、オレが妃菜ちゃんを見るチャンスだ。


「妃菜ちゃんは? 何読んでたの」
「小説。今はシリーズ通して読み直してるとこ」
「読み直してる?」
「うん、話はもう知ってるのにね」
「いいんじゃない? オレも好きな曲は何回も聴くし」


たぶん、普通に返せてる。ちょっとは、今日の雰囲気に慣れてきた気がする。カーブミラーの下で待ってた時よりも、ずっと息がしやすくなってた。





相変わらず、妃菜ちゃん主導で会話が続く。「普段腕時計してないよね」と聞かれて、やっぱり妃菜ちゃんはよく見てくれる人だと思った。細かい変化に気付いてくれる女の子。妃菜ちゃんと会う時はトートバッグに巻いてるけど、今日はギターがないから、腕に着けてる。

服やアクセサリーに強いこだわりはなくて、バイトの服装の色違い。それ以上、着飾ることはない。誰かと出掛けることもなくて、必要がなかったから。少しは、考えた方がいいのかもしれない。


「ちょっと、お手洗いに」
「うん」


妃菜ちゃんが席を立って、その間に琴音さんが水を注ぎに来てくれた。この一瞬は、気を緩めても許されるはず。


「……大変そうね」


カウンターに肘をついて、その内側に頬を埋める。手首と首から、知ってる香りがする。今いる場所も、いつも来ているフロイデだ。


「あんまり、無理はしないこと。どうやったって、無理したいんでしょうけど」
「…はい」
「予想で話すのって避けなきゃって思うんだけどね、妃菜ちゃんなら受け止めてくれる気もするわよ?」
「分かってます」
「そう、ならいいの。後はその見栄とどう戦うか、ね」
「っ……」
「戻ってくるわ」


隣で、お手洗いの様子を伺っていてくれた琴音さんが、妃菜ちゃんが戻ってくる前に離れた。身体を起こして、振り返る。ハーフアップが解かれて、ストレートに下ろされてる。

(あ……、顔が見れる)

緊張を感じたのは昨日の夜、寝る前だったから、誰にも話せていなかった。琴音さんと少し言葉を交わせたことで、ちょっと落ち着いたんだ。いきなり駅前に行く予定にしなくて、正解だった。


「大丈夫?」
「うん、お待たせ」
「出よっか」


バッグを背負ってイスから降りると、琴音さんがレジで待ってくれていた。妃菜ちゃんが、二つ折りのお財布を出して真横に並んでくる。

(え……)


「基樹くん」
「いいよ、とりあえず払っちゃうから」


今までオレに絡んできた女子は、少なくとも自分の財布を出そうとはしなかった。だから、オレの中では奢るのが常識だったけど、妃菜ちゃんは、払おうとしてくれた。


「ありがとう、また待ってるわね」
「はい」


琴音さんにドアの外まで見送ってもらって、自転車に跨ろうとするけど、妃菜ちゃんがその素振りを見せない。ちょっと、睨まれてる気すらする。


「……割り勘がいい?」
「うん」
「んー……」


迷った。良いところ見せたいって、それだけの理由で、完全にオレの見栄だ。でも、妃菜ちゃんが気を遣うなら、多少は貰っておいてもいいかも。そもそも、デートだと思っているのはオレだけかもしれないし。


「……じゃあ、千円だけちょうだい。綺麗に割るの、面倒だから。ね?」
「ありがとう、ごちそうさま」


(ふう……)

それだけで引いてくれたことも、ありがたかった。しっかり払うって言われたら、それはそれで従ってたけど、面倒なのは確かだから。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

愛しているのは王女でなくて幼馴染

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:4,128pt お気に入り:51

少し、黙ってていただけますか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,086pt お気に入り:189

Escape Ring

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:1

完結 お姉様、婚約者を譲っ……やっぱ良いです!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:265

大罪人の娘・前編

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:404pt お気に入り:9

はじめまして、期間限定のお飾り妻です

恋愛 / 完結 24h.ポイント:461pt お気に入り:1,641

夫の愛人が訪ねてきました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:31,545pt お気に入り:744

お前以外はダメなんだ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:1

処理中です...