ふたりで居たい理由-Side M-

垣崎 奏

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M-34.先輩 2

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シューペからの帰り道は、いつも通り自転車を押して並んで歩く。


「基樹くん、バイトしてる時はあんな感じなんだね」
「あんな?」
「んー、カッコよかった。働くのも想像できて、行ってよかった。ありがと」


(っ……、分かって、言ってるよね)

妃菜ちゃんは、オレが赤くなりやすいことをとうに知っている。もしオレが、すでに好意があると分かっていたら、その相手には言わないような言葉だ。

まだ、隠していたいから。妃菜ちゃんの気持ちが、オレに向いてるわけじゃないから。玉砕できるほど、メンタルが強くないから。

(でもそれは、オレが、勘違いする言葉だよ…)


「基樹くんのお母さんは、何されてるの」
「…母さんは専業主婦だよ。雅樹が生まれるまでも、基本は主婦で、父さんの手伝いしてたくらいだって」
「そうなんだ」


たぶん、オレが父さんの店を話に出したからだろう。やっぱり、言わない方がよかったかな。妃菜ちゃんの前では、家族の話題をしていいのか、迷う。今までの話から、親に対して良い印象がないのは分かってたし、オレはオレで、いかに自分が恵まれているのか、考えてしまうから。


神社下の公園に着いて、自転車を横並びに停める。一旦石段に座ろうとするけど、妃菜ちゃんは上を見上げてた。


「ここ、どういう神社なの」
「詳しくは知らないんだけど、登ってみる? 結構いい景色だよ」


数十段ある石段を上り切った目の前に、同じ石畳の参道と、鳥居が見える。その奥には、拝殿が見える。ぐるっと回れば本殿も外からなら見える。


「あ、妃菜ちゃん」
「ん?」
「鳥居は礼をしてから潜る」
「そうなんだ」


参道といっても、そんなに長いものでもなくて、妃菜ちゃんが端を通るように隣を歩いた。妃菜ちゃんは、手水舎もスルーしようとするから、思わず呼び止める。


「妃菜ちゃん?」
「…これは?」
「お参りする前に、手を清める」
「へえ…」
「あんまり行ったことない?」
「うん、だから気になった」


ハンカチを脇に挟んで、先にやってみせる。妃菜ちゃんが手を洗い始めた時には、その手順を説明してあげた。オレがちゃんとした参詣方法を知ったのは修学旅行の時で、興味と機会がなければ知らなくてもおかしくはない。


「五円玉、ないや」
「五円?」
「うん、ご縁がありますようにって」
「ああ、なるほど」
「はい」
「え?」


結局、十円玉を妃菜ちゃんにも渡して、鈴を鳴らした後、賽銭箱に置くように入れた。そこから、二礼二拍手。手を合わせて、前回と同じように場所を借りていることに感謝して、また礼をした。

隣を見ると、妃菜ちゃんが礼をしているところだった。たぶん、やり方を知らなかっただろうから、オレの真似をしたはず。何を願ったのか、お互いに聞くことはしなかった。

石段へと参道を戻りながら、妃菜ちゃんが話しかけてくれる。


「…詳しいんだね」
「修学旅行で習ったんだよ。それまでは適当にお参りしてた」

「修学旅行で? こういうの?」
「学校にもよるだろうけどね。妃菜ちゃんはどこへ?」
「前の学校はこれからで、西高は終わってるみたい」
「じゃあ…」

「うん。修学旅行、行かずに高校生活終わる」
「嬉しそうに聞こえるけど」
「集団行動、苦手だから」


妃菜ちゃんが嬉しそうだと思ったのは、間違ってなかった。

修学旅行は確かに班行動はあったけど、個人的には学びの方が多い旅行だった。修学旅行でルーズリーフを広げるのはバレるのも嫌だったし浮くから、インスピレーションを書き留めきれず、少し惜しい気持ちも残っている。時間とお金に余裕ができたら、また自分でも訪れて、刺激を受けたいと思っていた。


「季節が変われば、見え方も変わるよ。自然が変わるから」
「ああ、そうかも」
「また、来てもいいね」
「うん」





「また明日」と、いつもの曲がり角で別れ、帰宅してからのルーティンをこなす。すでにくつろいでいる母さんに、声を掛ける。


「明日ミルト行こうと思ってて」
「あら、いつもの女の子と?」
「そう」
「優待ね、ちょっと待って、暫く使ってなかったから…」


あえて女の子と言われたことは、スルーした。しばらく探した後、母さんはちゃんと見つけ出してきた。


「期限もないし、もし店員さんに不審がられたら父さんに電話しても」
「え」
「明日のお昼くらいに一回帰ってくるらしいの。ミルトには行かないように、雅樹を引っ付けておくから」
「…うん」

「バイト終わってから?」
「そう」
「なら、父さんは昼間に寄っておく方がいいわね。夕方に鉢合わせることもないし、父さんから優待の話もしておいてもらえるじゃない?」
「……」

「知られたくない?」
「うん」
「誰と行くかは言わないわ。父さんも聞かないだろうし」
「うーん…」

「鉢合わせる方が嫌じゃない?」
「それはそう」
「上手く言っておくから、休みなさい。まだ本調子じゃないでしょ?」
「うん」


母さんは隆聖と同じで、たまにノリが良すぎる時がある。女の子が絡むことは今までなかったし、余計にテンションが上がってるように見えた。


部屋に戻って久々見た携帯には、中島さんからの通知が入っていた。


「スタジオ、次の木曜に行くけど来てみる? バンド入る・入らないはいいから、ギター持って来てみてよ」


どうしようと悩んでいると、既読をつけるのを待っていたのか、すぐに追加でメッセージが送られてくる。


「一緒にライブ来てた子も連れてきていいし、また連絡ちょうだい」


(うーん…)

どうしよう。学校での体調はいまいちだけど、学校以外は何とかなった。平日に、そこまでの切り替えができるだろうか。

とりあえず、妃菜ちゃんも誘われてるし、明日聞いてみよう。それまで、ひとりで悩む時間もできる。

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