皐月 禅の混乱

垣崎 奏

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2-5.(っ、興味、持ってくれるのか……)

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 立てるようになった楓羽と浴室を出て、楓羽が一度使ったバスタオルをシェアしてざっと身体を拭いた。テーブルに置いてあったペットボトルから一口飲んで、下着だけ着けて一緒にベッドの中へ入った。

 楓羽はショーツしか着けなかった。薄いピンク色で、見た目からイメージできる通りの下着だった。女性に好みがあるのも知っている。楓羽は寝る時にブラジャーをしない派らしい。

 楓羽は行為自体にも抵抗がなかったし、オレに身体を洗われるのも嫌がらなかった。セックスフレンド、もしくはワンナイトと言っていいこの関係なら、聞いても許されるだろうか。

「ふーちゃん、どんな男と付き合ってきたの? めっちゃ慣れてるよね?」
「……」

 楓羽が誘ってきたからだと、楓羽のせいにしたい自分と、その誘いに乗った後悔が半々だ。まさか、恋愛関係にない同級生と、こんなことになるとは。

 割り切れたらいいのだろうが、オレにそういった相手はいなかった。行為に進んだ女性はみんな、交際相手だった。

「オレが聞いてもいい話なら、聞きたい」
「今更だよ、ここまでしたら別に……」

 話してくれそうな楓羽に腕を回して、額にキスを落とした。ふと、今までの交際相手にはしたことがないような気がして、固まってしまう。額へのキスは何度もしているけど、強請られていない自発的なキスは、あっただろうか。

 心配そうに覗き見る楓羽に、安心していいと伝えるように、再度唇を寄せた。ちゅっと音がして、離れて、目が合った。その瞳に吸い込まれそうで、少し伏せたのを誤魔化すように、背中へ滑らせた腕に力を込めた。

「……マッチングアプリで相手探して、いいなって思えた人とこういうとこ来てた。彼氏がいたこともあったけど、気持ちよくなれなくて。セフレがいた時期もあったし、セフレしかいない時期もあった」

(……………)

 受け入れたいような、信じたくないような。目の前にいる女の子は、小学校の同級生だけど、オレと同じ感覚を持ち合わせてはいない。

「……えっち、好きなんだ?」
「うん」

 喜んでいいのかどうなのか、聞いておいて反応に困った。これだけ慣れていればやはり経験は豊富なのだろうが、不特定多数に近いとは思っていなかったのを、自分のリアクションで自覚するとは。すでに抱いておいて、楓羽に失礼だ。

 オレと身体を重ねられた相手であることには違いない。性に淡泊な方だけど、快感を知ってしまった以上、楓羽を遠ざけたくはない。諦めていた部分が大きかっただけなのかもしれない。

 かといって、謝るのも違う気がした。確認したかったのは、ひとつだけではない。頭を切り替える。

「……生でしたのは?」
「さすがに彼氏だったよ、ひとりだけ。ゴムつけるとイけないからって」
「今は?」
「セフレも彼氏もいない」
「アプリ辞めたの?」
「辞めてはないね。最近マッチングした中に、ホテル行ってもいいなって人がいなかっただけ。ここ一年くらいは相手がいない」

(……むしろプラスか?)

 楓羽が慣れていてくれなかったら、オレは行為の気持ちよさを知らないままだった。女性としている間に果てることがなかったのだから。

「オレとは、よかったんだね?」
「そうだね、知らない人じゃないし、変なこともしないだろうし」
「変な?」
「……ハメ撮りとか?」
「っ……」

 女の子から、そんな単語が出てくるとは思わなかった。フィクションの世界以外で、行為をしながらカメラを回す男が本当にいるのか。驚いて息を止めたのは、この距離で寝ていれば伝わってしまう。目を伏せた楓羽に、慌てて声をかける。

「されたことあるの」
「されかかっただけで、撮られてはないと思う」

 結局、反応に困った。そこまでのことを経験していても、アプリを辞めなかった理由があるのだろう。会社は同じだし、これからも顔を合わせる機会はあるはずで、立場は明確にしておきたい。

「オレとはセフレ?」
「引かないんだ」
「ふーちゃんが初めてになるけど、それでもよければ」
「ぜんくんがいいなら、ありだね」

 楓羽の表情が、少し明るくなった気がした。何と続けていいのか分からず、とりあえず希望を言うことにした。

「ご飯とホテル、セットでもいい?」
「うん、泊まりだよね。生理の日はパスで」
「ご飯もダメ?」
「それは大丈夫」
「買い物とかは?」
「泊まりに関わるなら、別に」
「ん、分かった」

 まるで、契約内容の確認だった。

 楓羽は昔から、少し言葉が足りなかったような。たぶん本人は無自覚で、冷たい印象の人だけど、きちんと聞けば答えてくれる。ちなみにオレはむしろ、質問が多すぎて鬱陶しがられるタイプだ。元交際相手からは、「無理に会話を続けようとしなくていい」と、嫌な顔をされることも多かった。

(ふたりでご飯とか買い物に行けるなら、デートと思ってもいいのか……?)

 これからの機会もあると分かったところで、楓羽がオレの凶器を三度も受け入れたことを思い出す。元交際相手の誰にもできなかったのに。

「今更だけど……、身体、なんともない? しんどいとこは?」
「特には。強いて言うなら、おへその下の方に違和感あるし頭も痛いけど、いつものこと。奥突かれるのと、息止めちゃうから酸欠になる」
「そう……」
「あ、むしろ好きだからやってほしい」
「そっか」

 付け加える楓羽が、少し面白かった。今の楓羽は、多少自分の意見を付け加えて話せるようになったのだろう。昔は楓羽が話す時、翻訳機のように仲介していたのも、だんだんと蘇ってくる。

「相変わらず、よくしゃべるね」
「聞きたいことだらけだしね、離れてた時間も長いし。小学校ぶりなんだよ?」

 楓羽も小学校の頃のオレを覚えていたことに、やっぱりほっとする。こうやって話しているうちに、楓羽の会話のペースを思い出してきて、記憶と現実が繋がっている実感が湧いてくる。

「よく私って分かったね」
「雰囲気かな。ふーちゃん、あの頃と全然変わってないもん」
「ぜんくんは、変わった」
「そう?」
「身長とか、顔立ちも、髪型も」
「ああ、まあ男だし……」

 目の前にいるのは間違いなくあの頃と同じ人物だけど、内面は想像よりも変わっていた。何を聞こうか迷って、少し目線を外して黙っていると、楓羽から話し出してくれた。

「ぜんくん、女の人にあんまりいい思い出なさそうだね。尽くし慣れてる」

(っ、興味、持ってくれるのか……)

 経験値が違いすぎて、気にもされないと思っていた。どう話そうか一瞬考えたものの、楓羽の明け透けっぷりに、どう受け取られても構わないと開き直った。

「……ベッド入っても、辛そうにされるのが多かった」
「大きくて遅め?」
「全部入ったことなくて、イけたこともなかった」
「嘘っ」
「ほんと」
「三回もしたのに?」
「ね。オレもびっくりしてる。前戯は、得意なはずだけど」
「入れなきゃなんないもんね」
「うん」
「絶倫もプラスだね」
「っ、絶倫か……、まあそう言われても仕方ないかな。イきにくい割にすぐ勃つし。持久力はあるんだろうね」

(ふーちゃんにそう評されるなら、きっとどの女の子にもそう思われる……)

 本当に、オープンに話してくる。女の子から出てくるとは思っていなかった言葉が、また聞こえた。もう行為は終わって、セフレだと割り切っているから、恥ずかしげもなくこういう話をするのだろうか。

「一晩に何回もイけるとか知らなかった。ふーちゃん、すごいんだね」
「まあ……、経験はあるから」
「いい意味で、ふーちゃんが誘ってくるとは思わなかったし、知らない人じゃないからいいかなって」
「自棄的な?」
「ある意味ね」
「そこまで?」
「転職で遠距離になるって伝えたら振られてさ……、まあ、どのみち入れるのはできなかったから別れてたと思う。向き合えないのは辛かったね……。女の子が痛そうにしてるのもしんどかった。ふーちゃんは、大丈夫だったっぽいけど」
「気持ちよかったよ」
「ほんとに、苦しくなかったの?」
「私は割と、気持ちよくて訳分かんなくなるのが好きだから。現実逃避的な。セックスしてる間は絶対求めてもらえるし」
「うん?」

 直接的な言葉を出す楓羽に、何度もドキッとしているのは内緒だ。

「相手が必要でしょ、セックスには」
「うん」
「ずっと誰かにいてほしいわけじゃないよ。でもたまに、人肌に触れたいとは思う。セックスってその場では確実に求められるし、逃げ場もない」
「……そうだね?」

 オレには、楓羽の真意を読み取れなかった。行為は好きで、その理由には快楽もあるが、自分を求めてもらえるかららしい。人間がふたりいないと成立しないのは分かるけど、それなら、例えば行為ではないものをオレが求めたら、楓羽はどう思うのだろう。

 同じベッドで眠る楓羽は、すごくあったかかった。元交際相手とは、泊まりとなれば気まずい思い出しかなく、このほっとする空間を楓羽が欲しているのなら、少しは共感できるのかもしれない。


 ◇


 三回も果てたのに、過去のどのホテルよりも身体が軽い。楓羽との食事を楽しみにしていたとはいえ、ここ最近はずっと身体の疲れを感じていたのに。

 翌朝の楓羽は、なかなか目を覚まさなかった。酷く抱いてしまったのではないかと、不安になる。注文したモーニングを受け取るためにベッドから出て、そのままソファでスマホを見ながら待っていると、声がした。

「……ぜんくん」
「ん、おはよ」
「おはよう」
「身体はどう? しんどくない?」
「だいじょうぶ」

(なんか、ふわふわしてる……?)

 もしかして、朝に弱いだけなのだろうか。もぞもぞと動いているのは見えるが、ベッドから出てこようとはしない。

「ふーちゃん、朝ご飯届いてるよ」
「うん、起きる」

 ゆっくりと起き上がった楓羽は、手を上に大きく伸ばした。その仕草はまるで猫で、昔、楓羽とよく見た野良猫を思い出した。 

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