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騎士<7>
オースティン侯爵当主である父に、「褒賞でもらったトリシャを婚約者として紹介したい」と手紙を出した。庶子だが認知され、適切な教育を受けさせてくれた恩もある。
ニコラスはオースティン侯爵子息ではあるが、今ではアーチボルト伯爵当主で、ひとりの大人として尊重してくれる父には、本当に感謝しかない。
継母にも会えたらと思ったが、嫡男である兄の姿に狼狽、衰弱し、長く寝たきりだ。少しでも気楽になれるよう、アーチボルド伯爵邸で育てた花を庭師に包んでもらった。
アーベルに馭者を頼み、トリシャとともに実家であるオースティン侯爵邸へ出向いた。馴染みだった使用人の顔も見え、再会を喜んだ後、案内に従い客室へ入った。
(僕が歓迎されるのであれば、兄様の横柄さはやっぱり直ってないんだな……)
「トリシャ、掛けていいよ」
「ありがとうございます、ニック様」
アーベルがさっとソファにハンカチを引き、その上にトリシャが腰を下ろす。先に使用人が紅茶と焼菓子を運んできたということは、父と兄が来るまで少し時間があるのだろう。
トリシャは、目の前の紅茶に手をつけなかった。おそらく、ニコラスが座らず落ち着かない様子なのを気にしてくれている。ニコラスも、無理に勧めはしなかった。
客室に飾られた肖像画の数々や、侯爵家として王家から賜った勲章などを眺め、トリシャが話しかけてくる。アーベルもトリシャの後ろに立ちながら、相槌を返している。ふたりが少しでも間を繋ぎ、ニコラスの緊張を解そうとしてくれる。
(ありがたい……)
考えているうちに、バタバタと足音がする。客室の扉の前で一度、音は止まった。執事によってゆっくりと開かれ、父と兄が入ってきた。
ジークムントはすでに興奮気味で、父と揉めたに違いない。腰を下ろさず、慌ただしくニコラスに寄ってきた。
「ニコラス、正気か? 踊り子を妻に迎えるなど……!」
強い瞳で訴えかけてくるジークムントから、目を逸らさなかった。変に逃げると逆効果だ。父が溜息を吐いたのは、視界に入っていなくても分かる。
「ニコラスはアーチボルド伯爵当主だ。独立して、好きにできる立場を手に入れた。挨拶もこちらを立てるニコラスの厚意だろう。何度も尋ねているが、何がそんなに不満なのだ、ジークムント」
「っ……」
やはり、父はニコラスに信頼を置いてくれている。庶子である立場を弁え、オースティン侯爵の座を狙わなかったことも影響しているかもしれない。
確かにトリシャは偏見に晒されるが、少なくとも父は、ニコラスの判断を買ってくれる。
「お前にはオースティン侯爵家嫡男、次期当主の責がある。その振る舞いには、細心の注意を求める」
「っ!」
ジークムントがすっと踵を返し客室を飛び出した。トリシャとアーベルが驚きに目を丸めている。ニコラスの方を向くふたりに、口角を軽く上げ首を振る。
(はあ……)
「いつものことだから、気にしなくていいよ」
客人の前でその言葉を出すということは、父から兄への最終通告でもあった。父をもってしても、ジークムントがニコラスへ向ける嫉妬に対処し切れないのだ。
「ニコラス、悪かった。貴女も驚いただろう」
応える代わりに、トリシャはすっかり冷えているだろう紅茶を口にした。ティーカップを音なく置き、父に微笑みかける。
「ひとつ聞いてもいいだろうか」
「私に、でしょうか」
父に話し掛けられたトリシャが、ニコラスを見る。父からなら、妙なことは聞かれないだろう。ひとつ頷いて、促した。
「踊り子であったことを、後悔しているかい?」
ニコラスは父の質問に片眉を上げたものの、トリシャに応えるよう再度頷いた。どんな答えでも、咎められることはない。父は単に、トリシャのことを知りたいだけだ。
「いいえ。あのサーカスで踊り子をしていなければ、ニック様にお会いできなかったでしょうから」
「もし貴女が選べる立場であれば、ニコラスでなくとも、誰でもよかったのでは?」
「否定いたします。騎士として身を立てられたニック様の元に来られて、本当に幸せです」
元踊り子であるトリシャは当然、世辞にも長けている。上手く誤魔化し続けるだろうが、話す時間はあまり長くない方がいい。
深く頷く父を見るに、根掘り葉掘り聞かないでほしいニコラスの思いは、どうやら届いたらしい。
「それはよかった。先程は愚息が申し訳なかった。ここでの滞在は短いだろうが、気楽に過ごしてほしい。部屋の備品や料理など、何でも申し付けてくれ」
「お気遣い、ありがとうございます、当主様」
◇
その晩、湯浴みを終えたニコラスが客室に戻ると、トリシャの姿が見当たらない。
「トリシャ?」
客人用の寝室と浴室は隣り合わせで、何もなければ部屋から出ることはない。アーベルもすでに別の部屋で休む準備に入っていて、客室にはニコラスとトリシャのふたりきりだった。
「トリシャ、どこにいる?」
嫌な予感がして、客室からわざと音を立てて廊下へ出る。その音に気付き顔を見せた執事に父への伝達を頼み、ニコラスは使用人をふたりほど伴わせ、ジークムントの寝室へ向かった。
使用人にまで足音を消すよう求めるのは厳しいが、ジークムントは貴族当主としての教育を受けていて、騎士のニコラスほど物音に過敏ではない。この夜中に私室へ近付く者がいるなど、想定外だろう。扉をノックする前に、聞き耳を立てる。
「ご立派ですね、ジークムント様」
「そうだろう。さすが元踊り子、男を乗せるのが上手い」
「どうぞ、お気持ちよくなってくださいませ」
トリシャと、ジークムントの声がする。経緯は後から聞くとして、とにかくトリシャを取り戻すのが先だ。
絶対に無視できないほど、多少乱暴に、扉をしっかりノックする。室内の会話が止み、意識が扉に向いたのが分かる。伊達に騎士を務めてはいない。ある程度、人の気配は掴める。
「兄様、僕です。トリシャを見かけませんでしたか?」
「……知らないな、夜風にでも当たってるんじゃないか」
「嘘はよくないですよ、兄様」
扉を開けると、上半身裸で股をくつろげたジークムントが、ソファにだらしなく座っていた。足の間には、トリシャが座り込み、その手には昂りが握られていた。トリシャは夜着を脱いではおらず、大股で近づき腕を掴み引き寄せた。
「夜の相手を奪うのか、ニコラス」
「トリシャは僕の婚約者です。奪っているのは兄様でしょう」
「他の男を誘惑する女を妻にするつもりか、笑えるな」
「トリシャを侮辱するのは許せません。撤回してください」
「彼女から誘ってきたんだ。さすが元踊り子だよ。俺は何も言ってない。お前の管理不足だ。まあ、騎士としては出世したんだろうが、貴族としての駆け引きは俺の勝ちだ」
「僕は今も昔も、兄様と争うつもりはありません」
「はっ、どうだが。この挨拶だって見せしめだろう? いまだに相手が決まらない俺を笑いに来たんだ」
「そんなつもりは全く」
「ジークムント様、ニコラス様。当主様が来られました」
扉近くに控えていた使用人が声を上げた。執事が連れてきたのだろう。おそらく、兄弟の会話はしばらく聞かれていたはずだ。淡い灯りの中でも、ジークムントの顔が青ざめた。
◇
「トリシャ……」
客室に戻るなり、トリシャを抱き締めた。銀髪を撫でるが、トリシャには状況がよく分かっていないようで、顔を上げてくる。
「ニック様、私は間違ったことをしたのですか?」
「……」
それはジークムントが言っていた、トリシャが自らジークムントの元へ行ったことを肯定する言葉だ。
「申し訳ありません、ニック様」
「……いや、いいんだ。トリシャは元踊り子で、一対一の関係が身近だったわけじゃないから……、きちんと話せてなかった僕が悪い。ああいうことをするのは、僕だけにしてほしい」
「かしこまりました」
額にひとつキスを落とし、あたたかさと匂いを確認するように再度抱き込む。多少、ジークムントの部屋の香りが残っているだろうか。
「あの、ニック様?」
「トリシャの身体を上書きしたい。あの状況なら、トリシャは触れられてないね?」
「はい」
ジークムントの男根に触れて、いや、咥えもしていたかもしれないが、身体は拓かれていなかった。ニコラスは間に合った。それだけでも救いだ。
「トリシャ、僕のを舐めることはできる? 口の中、僕のでいっぱいにして」
ニコラスはずっと、トリシャに奉仕を求めなかった。それでも、踊り子として身体に染みついた技術を、トリシャは忘れていなかったようだ。
トリシャには、今のニコラスの感情を理解できないのだろう。踊り子は、毎夜別の男の相手をするのが日常だ。今はそうではないと、身体にも覚えてもらわなければならない。
「上手だよ、トリシャ」
「っ、はっ……、ニック様の、大きいですね」
「そう?」
「さっきよりもずっと……」
「辛かった? ごめん、止めてよかったのに」
「いいえ、そうではなくて……、こんなに熱くて硬くて大きいものを、独り占めできるなんて、私は恵まれていると思うんです。だから、ニック様ご希望の、結婚のために必要なら、あの方を堕とせばいいと……」
(ああ、僕のためだったのか……)
「……ありがとう、でも僕が自分でなんとかする。トリシャは僕のだから、僕にだけ奉仕してくれたら。もちろん、身体を拓くのも」
「んっ」
トリシャの細い腕を引き、ベッドへ押し倒した。赤く染まる頬に、ニコラスはこの客室が実家であることを忘れ、夜通しトリシャを感じた。
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