第一王子が送りつけてきた夜伽係は、地味で貧相な没落令嬢だった

垣崎 奏

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「ヴィルヘルム殿下! 本日はこちらにいらしてたのですね」
「ああ、アルフォンソ殿下の主催だからな」
「お会いできて大変嬉しいですわ!」
「お顔を見られるだけでも安心いたします」
「私どもはアルフォンソ殿下にお力添えを」
「それはどうも」

 貴族令嬢とは、いくら味方だとしても、うるさく鬱陶しいものだ。次期国王を巡る派閥のなかで、自らの家の立場を明確にするための駒となって、有力者や身分の高い者に媚を売り、まとわりつく。未婚の令嬢にとっては、それが仕事といってもいいのかもしれない。

(どうせ俺は第三王子。兄様が王位についてしばらくすれば、何かしらの役職で城には留まるだろうが、公爵位をもらって王籍は抜ける。それまでの辛抱だろ…)

 現国王夫妻には同腹の、金髪に蒼眼を持つ三人の王子がいるが、婚約者を公表しているのは第二王子だけだ。第一王子も内密の婚約者はいるが、危険が及ぶことを恐れ公表していない。第三王子であるヴィルヘルムは、まだ決めてもいない。その空いた席に座ろうと、令嬢の親も含め皆が皆、近寄ってくる。

 ヴィルヘルムが話す相手とその内容は、注意する必要がある。相手の派閥を見誤ると、王位継承が今以上に拗れる。ヴィルヘルムの八歳上の長兄、第一王子のアルフォンソが王太子であると慣習的に見られているものの、六歳上の次兄、第二王子のフリードリヒが納得していないのだ。

 両親は傍観を決め込んでいて、むしろ面白がっているようにすら見える。国王である父親が正式に指名すれば、全く無用な争いなのだが。

 ヴィルヘルムは昔から、面倒見が良く穏やかな雰囲気を持つ割に、いざという場面で強かなアルフォンソが好きだった。対するフリードリヒの野蛮さは度を超えていて、その過激さで国民を煽動し王家を乗っ取ろうとし、アルフォンソとヴィルヘルムの穏健派へのさまざまな嫌がらせや直接的な攻撃を止めない。

 だから、ヴィルヘルムが婚約者を探す余裕などないのだ。今回の夜会も、酒と雰囲気に酔った令嬢からフリードリヒ周辺の悪行を聞き出すための、探り合いの場だ。アルフォンソも特定の相手がいないように振る舞うため、代わる代わる異なる令嬢の手を取ってホールへ連れ出す。

(…にしても、これはあんまりだろ、兄様。まあ、何か裏はあるんだろうが…)

 一瞬すれ違ったアルフォンソがヴィルヘルムに掴ませたのは、直筆のメモだった。「夜伽係を今夜送る」と、それだけが書かれている。好みの令嬢がどんなタイプかすら、兄たちの権力争いの裏で知る間もないまま、今夜、私室に女がやってくる。

 十六歳を超えた王家の男には、伝統的に許可された夜伽の練習相手が用意される。夜伽係と呼ばれる制度は、王家の男が女を前に、恥をかかずに子孫を残すために始めたのがきっかけで、記録すらもない時代から行われている儀式のようなものだ。王家に嫁ぐ女は処女であることが必須で、夜伽係も当然処女が選ばれる。

 十八歳になるヴィルヘルムはもう二年も待ってもらったと言えばそうだが、この件に関してアルフォンソがヴィルヘルムの意思を確認しないほど、何か急ぐことでもあったのだろう。十六歳になったときにも、女の好みを言うことはなかった。既婚歴がなく、ある程度健康で、身体や顔つきが平均的な、練習相手としてちょうどいい、身分の低い処女が送られてくる。

(できるだけ、立場を弁えていてくれると嬉しいが)

 貴族令嬢にまとわりつかれるのが鬱陶しいヴィルヘルムは、どちらかといえば女が苦手だった。王家と夜伽係として、適切な距離を保ちたい。ただ、夜伽係はもともとの身分が低いこともあり、それを求めるのは難しい面もある。

 夜会から私室に戻ったヴィルヘルムは、待機していた使用人に声を掛け、礼装を解き身体を流した。灯りを最低限まで落としたベッドに座り、女がやってくるのを待った。

 相手も、夜伽係としての報酬はあるし、覚悟を決めているはずだ。ヴィルヘルムが構える必要はない。

(兄様の、用意のタイミングが引っかかるだけだ)

 扉がノックされ、「入れ」と声を掛ける。音を立てずに入ってきた女は、いたって正しいカーテシーを行った。夜伽係にしては育ちが良すぎて、ヴィルヘルムは目を細めた。

「夜伽係として参りました、ベアトリスと申します。第三王子殿下、本日からよろしくお願いいたします」

(この女、どこかで…)

 その所作と顔立ち、身体つき、それから名前。すぐに、頭の中で当てはまる女が見つかった。

「…『はじめまして』ではないな。挨拶に来たことがあるだろ」
「覚えていらっしゃるのですか」
「俺を誰だと思ってる? 一応王子だぞ。国内貴族の顔と名前は一致してる」
「失礼いたしました、第三王子殿下」
「俺のことは名前で構わない」
「かしこまりました、ヴィルヘルム殿下」

 私室にやってきたのは、ベアトリス・フレータという侯爵令嬢だった。会ったことがあるのは間違いないが、印象は薄い。ヴィルヘルムが覚えていないと思っていたベアトリスも、自身をよく理解しているのだろう。

 ストレートの黒髪に薄い緑の瞳。生まれ持った顔のつくりは美人そのものだが、とにかく地味で身体つきも華奢で貧相な女だ。最後に夜会で見かけたときも着古したドレスをまとっていただろうか、華美なイメージは全く残っていない。今も、王家の人間の前に出るというのに、何度も着ているであろうくたびれた夜着を身に着けている。

(夜伽係として来たなら、フレータ侯爵家が没落したのか…。兄様の味方のなかで、一番歴史のある家系だったが…)

 没落した貴族は、通常なら片田舎の修道院や孤児院へ送られるが、この女は王家に引き取られたらしい。それで、ヴィルヘルムの元に宛がわれた。

(貴族のなかでも身分が高くて、ここまで権力争いが荒れる前は、俺の婚約者候補だった時期もあったしな…)

 何があってここに来ることになったのか、ベアトリス本人に直接問うことはしない。夜伽係との会話は最低限でいい。興味がないわけではないが、ここはアルフォンソへの事実確認が先だろう。

「いきなり襲うような趣味はないが…、練習相手が必要なのは確かだ。付き合ってはもらう」
「はい、そのつもりで参りました」

(覚悟は決めているようだが、感情の乗らない瞳…、生きるのを、諦めてるような。見ていられない)

 立たせておくわけにも行かず、ヴィルヘルムの隣に座らせ、引き寄せてみる。ベアトリスから腕は回されず、力も返ってこないし、香水などの匂いもしない。

(見た目以上に、細いな…)

 誰が夜伽係として来たとしても、ヴィルヘルムはその初日に抱くことはしなかっただろう。夜伽係は王家の男にとって、無条件で触れられる女だ。将来の子作りのための練習相手であることは確かだが、婚約者に見立てて距離の詰め方も練習しなければならない。夜伽係は何度私室に呼んでもいいし、そのどこかで夜伽が行われればいい。

 ベアトリスは夜伽係としてここにやってきた。報酬がある以上、仕事としてヴィルヘルムの夜伽を務めなければ、それこそ路頭に迷う。

 怯える様子もないベアトリスを、ヴィルヘルムはベッドの中へ誘った。

「今日は何もしないが、夜伽係を帰すわけにもいかないだろ?」
「かしこまりました、ヴィルヘルム殿下」
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