君の身体が好みすぎて

垣崎 奏

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<4>温泉宿にて

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 神坂の家に初めて泊まったあの日以降も、何度か神坂の家に泊めてもらった。定食屋に行くことも止めていない。
 いつしか会う日は金曜以外にも増えた。翌日の予定次第では、バイトが終わってから会う日もあるくらいだ。
 男女であればとっくに付き合っているのかもしれないが、僕に勇気は出なかった。

 神坂の家でシャワーを借りることも、当然増えた。講義終わりにそのまま大学で待ち合わせるのは絶対だと、神坂が譲らない。一度家に帰って着替えてから神坂の家に行くのを、許してもらえない。
 本当は、神坂の身体を意識しなくて済むように、神坂にシャワーを浴びておいてほしい。
 毎回、神坂の素肌からは目を逸らし続ける。神坂もその辺りは思うところがあるのか、シャワー終わりでもきっちりインナーを身に着け、少なくとも下はスウェットを履いていた。

 神坂の家に行く時は、気を紛らわせるためにお酒を飲んだ。
 そのたびに神坂が僕のを欲しがり、甘えたになって顔回りに唇で触れてくる。頭も大きな手で撫でられる。本人は覚えていない。そのラッキーを受けたくて、お酒を買っているとも言える。

 ふたりきりでご飯を食べ、セミダブルのベッドに入る。それだけで充分かと言われれば、下心は持ち合わせたままだ。
 神坂との時間は楽しい。だからこそ、本心を知られて嫌われたくはない。会える時間を大切にしたい。僕からは何も、切り出さなかった。


 ◇


「泊まりで、温泉とかどうです? 楽しそうじゃないですか。春休みに入るし、お疲れ会的な」
「……うん、いいね」

(断るべきだろうけど……)

 温泉に行けば、絶対に肌を晒さなくてはならない。神坂から、とんでもなくラッキーな提案を受けてしまった。貴重な浴衣の薄着姿を見られるかもしれない。
 
「あ、中国へ帰省します? 無理なら断ってくださいよ?」
「いや、中国行ったことない……、神坂が、そういうの言ってきたのに驚いただけ」
「先輩?」

 澄んだ子犬のような目が、真っ直ぐに僕を射貫いてくる。神坂的には、僕とふたり、ただの先輩と気楽に旅行がしたいだけなのだろう。

「ほんと、彼女作んないの」
「そっくりそのままお返ししますよ。先輩と居るの、楽しいんですもん」
「そう」

 講義が重なる男友達から、旅行に誘われたことはない。神坂の自宅を除けば、高校の修学旅行以来の外泊になる。その口ぶりからして、旅館にでも泊まるのだろう。
 神坂が腕まくりをした時など、僕がばっと目を逸らすことも多い。身体付きをじっくり見たいとも思うが、生理現象は避けられないだろう。見られれば、絶対に引かれる。

 不安はあるものの、楽しげな神坂を止めることはしなかった。神坂からの誘いを、僕はまたも拒否しなかった。


 ◇


 神坂はやはり温泉旅館を、しかも部屋食で、個室に露天風呂のある旅館を予約していた。予算は「平等にしたい」と前もって伝えていたし、その辺りの配慮を神坂が忘れるわけはない。

 当然のように、露天へ「一緒に入りません?」と誘われた。いろいろと言い訳は考えていたものの、同性である以上、神坂を納得させられる理由は出てこなかった。

(ふう……)

 僕は、間違いなく神坂に惹かれている。元から恋愛対象は男で、神坂の名前を知る前から、その身体付きを追っていた。
 神坂は、見た目から想像するよりもずっと、優しくて気配りの利く、表情豊かな男だ。理想の体格を持つだけでなく勉強もできて、性格も良い。
 いろんなところで神坂とすれ違う女性が放っておかないだろうが、本人に恋愛への興味はないらしい。

(っ……!)

 直視しないよう意識していたのに、身体を洗い立ち上がって、その裸体が目に入ってしまった。
 軽く盛り上がった胸筋に、綺麗に割れた腹筋。僕を先導するために背を向けた肩幅は広く、腰までのラインは綺麗な逆三角形を描いている。臀部にはえくぼもあり、どこをとっても理想的だった。
 上に乗られて押さえつけられたい。絶対に気持ち良い。想像だけでも、背中がぞわっと震えた。

「あれ、先輩?」

(っ、これ、誤魔化せない)

 凝視しすぎた。振り向いた神坂が、どこを確認したかはすぐに分かった。見開いた目が、すっと逸れた。

「……ごめん、気持ち悪いよね」
「っ、待って、先輩!」

 背を向け浴室から出ようとしたが、神坂に手首を強めに引かれた。バランスを崩しその身体へ倒れ込んでしまい、ぎゅっと抱き締められる。
 硬くなってしまった下半身が当たらないように、逃げようと広い肩を押したものの、びくともしない。

「ちょっ……」
「先輩、葉旺先輩」
「っ、……なに?」

 逃げたかったのに、思わず尋ねてしまった。旅館である以上、逃げ場は大してないのだが。

「好き。先輩のこと、好きです」
「……は?」
「よかった、先輩の見て確信できた。俺も、先輩と同じですよ」
「っ」

 腰に、ごりっと当てられる。何か分からないほど鈍くはないものの、信じられない。
 離れようと神坂を押す手を緩めてしまったその隙に、ふわり身体が浮いた。

「ちょっ!」
「冷えますし、そのまま運ばれてください」

 神坂が軽々僕を横抱きし、露天風呂へ入ってしまう。急で、ただ首にしがみついて身体を折り、運ばれることしかできなかった。

「はー……、よかった」

 湯船に浸かりながら、神坂がここぞとばかり、お腹に回した腕を締めてくる。背中に神坂の昂ったものが当たり、押し付けられる。神坂に、戸惑いや恥じらいはないらしい。

(マジ、なの?)

「先輩、家に来るのも買い物も、全然断らないじゃないですか。鬱陶しくないかって思ってて。恋人いたら俺は邪魔だろうし、でもそんな話聞かないし」
「いたことないからね」
「それ、ほんとなんですか? こんなに可愛いのに?」
「それは褒めてる?」
「最大の褒め言葉です」

 神坂が、頬にキスを落としてくる。お酒を飲んだ時の神坂はよく、僕の顔に口を寄せていた。唇だけは避けていたが。

「ずっと、キスしたいなって。先輩、逃げないしさせてくれましたよね」
「は……? お酒のせいじゃないの?」
「下心です。そんな弱くないですよ、俺」

 首を捻って神坂の顔を見れば、はにかみが見えた。神坂は僕の頭をぐしゃぐしゃと撫で、引き締まった身体に押し付ける。耳に入る神坂の鼓動は、力強く速かった。

「今までずっと女子だったんで、自分でもよく分からなかったというか」
「神坂は、それでいいの? 相手が男でも」
「他の男には惹かれないですけど、先輩は違ったみたいです。先輩は?」

(男は便利だよな、こういう時)

 身体は正直だ。信じていいのなら、話は変わる。神坂は、言葉でも身体でも示してくれる。

「……神坂がいい。ずっと、話しかけてくれる前から」
「っ……」

 神坂の腕から抜け出て、両頬を挟みじっと瞳を見て、少し驚いたのを読み取って安堵する。
 ふっと息を吐いて吸い直して、僕から神坂の唇を奪った。ちゅっと音を立てて離れ目を開けると、ぐっと強く覗き込まれていた。

「……話しかける前から?」
「がっしりしてるなーって。図書館に居る時間が被ってたし、目の保養だった」
「マジですか」

 神坂がふいっと目を逸らす。ここぞとばかり追いかけて、温泉に浸かっていることも相まって赤く火照る頬に口付けた。
 ずっと触れたかった。スキンシップを許され、我慢が利かない。

「裸見て耐えられないのは分かってたというか……、旅行はよかったんだよ、ただ温泉行きたいって言われて……、断るかは割と悩んだ」
「そういえば、即答じゃなかったですね。何か不安があるのかなって思ってたのに、忘れてました」
「結果オーライじゃない?」
「まあ……」

 歯切れの悪い神坂は珍しい。反省している様子がまた、可愛く見える。

「今もずっと興奮してる。神坂が、好みすぎて」
「例えばどこが?」

 直球の質問に、今度は僕が戸惑った。気遣いができるところ、優しいところ、積極的なところ。いろいろと思い当たるが、一番はやはり。

「……身体? 分厚いよね、鍛えてる?」
「特には。高校までバスケはしてましたけど……」
「声も低くてかっこいいよね。すごく男っぽい。モテるでしょ、女子に」

 覗き込むように神坂を見ても、目が合わない。
 バイト先でも女子とシフトが重なるのは嫌だと言っていた。国際学部の神坂は、理工学部の僕とは違って女子との接点も多い。言われ慣れていると思ったのだが。

「……先輩、そんな顔で言うのは反則じゃないですか、その……」
「うん?」
「火照ってて、すごく、可愛い」
「っ……」

 耳元で囁かれれば、身体がぶるっと震えてしまう。わざとだろう、神坂がにやり笑っている。

「……先輩、すみません。俺、その、女子しか抱いたことないんですけど……」
「その気、ある?」
「もうずっと、そういう意味で触れたいです」

 ぎゅっと、神坂の腕が強まった。昂ったままのものが、お湯の中で押し当てられる。

「なんとなくは分かります、調べたんで」

 何をどこまで調べたのかは分からないが、それだけ神坂が本気な証拠だ。男同士の行為を、全く知らないわけではないのだ。そういう想像をしてくれたことが、嬉しい。

「ちなみに、僕を抱きたい?」
「はい」
「うん、そうだよね」
「先輩って……」
「いや、大丈夫。僕はネコ、抱かれる側だよ。でも今日は最後までしない。旅館だしね」
「先輩……」
「うん、出よう。で、抜き合いしよう」
「っ……」

 神坂が、余計に頬を染める。思わず笑うと、神坂が僕を抱きかかえたまま立ち上がって、僕は慌てて太い首にしがみついた。下ろされたと思えばタオルを頭に被せられ、がしがしと乱雑に拭かれた。
 隙間から見えた神坂の目はギラついていて、あまり揶揄うと後が怖いタイプだと思ったが、僕のお尻はきゅっと締まった。


 ◇


 僕から、布団の上に座った。神坂も対面に胡坐をかく。ふたりとも頭にタオルを掛けていて表情は隠れているものの、下半身は丸出しだ。

「……神坂」
「はい」

 距離を縮めてきた神坂の分厚い胸に、倒れるように額を押し当てた。真下に見える神坂自身は当然僕のよりも立派で、すでに反り返っている。
 足を広げ、勃ち上がった二本がぴたり沿うように座り直す。意図を汲み取ってくれた神坂が、腰を支えながら擦り付けるように揺れてくる。
 風呂から上がって間もないのにぬるぬると滑って、身体の陰になっているのにてらてらと光っている。

(っ……)

「先輩、痛くないです?」
「だい、じょぶ……」

 痛くはない。ただ、射精しそうになるのをいなすのが難しい。
 男同士が始めての神坂にも、気持ち良くなってほしい。僕だけがイくわけにはいかなかった。

「っ……、あっ、はっ……、んっ……」

 神坂の大きくて熱い手が、二本ともすっぽり包んでしまう。そのまま器用に、上下に擦ってくる。
 指先で先端を撫でられれば、身体が跳ねるのを止められない。背中を反れば、より神坂に押し付けてしまう。

「先輩」
「ん、あっ……」

 顔を上げると、いつの間にか寄っていた唇にキスを落とされた。神坂の勢いは止まらず、後頭部を支えられ舌が口内へ入ってくる。追い回され絡められ、やっと離れた時には酸欠で、神坂の身体にもたれた。

「先輩、そんな顔するんですね」
「なに……?」
「なんでもないです。可愛いだけ」

 力が抜けていたところを改めて引き寄せられた。逃げることは許されないようだ。神坂の首に手を回し、しがみついて快感をどうにかいなそうとする。
 神坂の大きな手は相変わらず、二本を覆って刺激してくる。耳元に当たる神坂の吐息も荒く、そろそろ限界が近いはずだ。

「あ、まって……、も、あ、んんっ」
「……ふ、はあ……」

(よかった、神坂も出てる。にしても、めっちゃ出たな……)

 僕だけが射精することは免れた。久々、他人の刺激で達して倒れそうになる僕を、神坂は支えてくれる。肩や首、頬にキスをされ、流れのまま唇も奪われた。

「……どう、でした?」
「気持ちよかった」
「そう、ですか」

 もう何度目かは分からない。神坂が、ぎゅっと抱き締めてくれる。どくどくと耳に聞こえる鼓動はうるさいほど速く、頬に当たる肌は火傷しそうなほどに熱かった。


 ◇


 もう一度露天に浸かり、今度は純粋に景観を楽しんだ。
 海からの波音がざざっと届く。すっかり陽が落ちて、月明かりで少しだけ、波の動きが見える気がした。

 神坂が背もたれになってくれる。おかげでお腹を撫でられているが、全く嫌ではない。むしろ、全て知ってもらえた安堵が強い。

 少し濁ったお湯からは温泉の独特の匂いがして、たまに神坂が手で掬って肩に掛けてくれた。
 冬で確かに空気は冷たいが、温泉の温度も神坂の体温も感じる今、風邪を引くことはないだろう。

「……神坂」
「はい、なんでしょう」
「入れたいと思った?」

 直球すぎただろうか。神坂がぴしっと固まってしまった。僕の肩にふうっと息を吐いた後、ちゅっと唇が触れた。

「……ずっと犯したいと思ってます。ジャブのつもりで旅行も誘って。さすがに準備はしなかったんですけど」
「そっか」

 ゆっくり振り返って、神坂にキスをする。にやける顔を繕うことはできない。
 僕が求めていると、神坂に知ってほしい。神坂もしたいのなら、僕は応えてあげられる。

「今度、やってみようか」
「え」
「僕ん家、おいでよ。男同士のやり方、教えてあげる」

 相手は神坂だ。身体が好みなのは間違いないが、僕はとっくにその内面にも落ちていた。
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