路地裏のカフェは、もこもこ尽くし

藤見暁良

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第四章 もっこもこカフェ見習い開始!

樹木、回る心

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 胡桃はちょっとしたトッピングだけではなく、クッキーやパン、パウンドケーキなど色々作るとのことで、かなりの量を割らないといけない。
 だけど目の前にあった山盛りの胡桃は、もう残り僅かになろうとしていた。
 それはこの俺の胡桃割りハサミの活躍――――ではなく、ちびっ子たちが殆ど割ったからに過ぎない。
「もう少しでちゅよ」
「今日は早いでちゅ」
「樹木が手伝ってくれたからでちゅね」
「そうでちゅね」
 ――――なんて言ってはくれるけど、俺が一個割っている間に小リスたちは合わせて十個くらい割っているので、足元にも及ばないのである。
 初日で初めての作業とはいえ、もしこの先ずっとこの仕事を続けていてもこの差は縮まることは永遠にないだろうな――――などと、胡桃の実をちまちまとほじりながら思ってしまうのだった。

 胡桃割り作業も終わりそうな頃を見計らったように、バウムさんがこっちに向かって指示を出してきた。
「おい、どっちかクリームホイップしてくれ」
「生クリームでちゅ」
「ホイップでちゅ」
「ビスケがやりたいでちゅ」
「サブレもやりたいでちゅ」
 バウムさんは、『どっちか』と言っていたから、その選択肢に俺が入っていないのは明白だけど、その『どっち』も次の作業をやりたい様子だ。
「どうするでちゅ」
「どうしようでちゅ」
 二匹は胡桃を持ったまま、そわそわと尻尾を揺らしている。そんなに『ホイップ』とやらが楽しいのかな? まぁこの二匹にかかったら、何でも楽しい作業になりそうだ。
 
 残りの胡桃もそう多くない――――。
「残り俺がやっておくから、二人でいってきなよ」
 そう言い終わらない内に双子はパァァァと瞳を輝かせ、ちっこい両手を万歳のように上げて胡桃を持ってはしゃぎ出した。
「樹木、ありがとうでちゅ」
「樹木、優しいでちゅ」
 どうやら喜びのダンスのようだ。相変わらず、見ている分には可愛いのだが、早くしないとまたバウムさんに睨まれる。
「うんうん、胡桃の方も慣れてきたから大丈夫だよ。早く行って来なよ」
「はいでちゅ!」
「行くでちゅ!」
 俺は二匹から胡桃を取り上げて急かすと、バウンドしたボールみたいにポーンと跳んで行ってしまった。余程、ホイップ作業が好きなようだ。
「早……さてと、俺は黙々と胡桃ほじりしなきゃだな」
 あっという間に走り去っていく双子の背中を見届けると、俺は胡桃との格闘作業を再開した。

 カシャカシャカシャ――――。
 キャッキャッ! きゃははは――――!!
 ホイップ作業が始まったようで器具の音だけじゃなく、双子のはしゃいでいる声も耳に届いてくる。その小リスたちの明るい声が、ぼっちで地味な作業をしている俺の気持ちをほんわかと和ませてくれた。
 本当に何をやっても楽しそうだよな~。そんな風に仕事が出来たら、どんなに幸せだろうか――――。
 未だに厳しい就職活動。特にやりたいことがなかった俺は、何処でも良いから採用して貰えたらラッキー、程度にしか考えていなかった。でももし実際何処かに採用されて、いざ働いてみた時に、あの小リスたちみたいに楽しく仕事出来ただろうか?
「きっと、出来ないだろうな……」
 それにさっきみたいに卑屈になったとしても、バウムさんやステラさん、ビスケとサブレみたいに優しく逞しく明るく励ましてくれる上司、先輩、同僚が居てくれるとは限らない。
 そう考えるとここのカフェは、慣れれば凄く居心地が良いのではないのだろうか?
 タルトの嫌味は、まだ可愛い方だと思えばいいし――――。
「だけど、特殊すぎるよな……」
 躊躇う理由の一つである。『もこもこの眼』の力を持っていない人には、このもこもこたちは擬人化された姿で見える訳だよな。実際俺には、こうやってキッチンにシロクマと小リスが居る光景に見えている。どっちが当たり前の世界だと言えば、擬人化で見えている方が普通の感覚だと考えないか? 
 だからこの真実を理解して貰えないと思うし、誰かに話すことも出来ない――――。
 その状況に俺は耐えられることが出来るのか、自分自身今は分からない――――。
 胡桃の実ほじりは、絶妙に俺を思考の迷路に引きこんでいく孤独な作業だった。


 暫く独り言を呟きながら、最後の胡桃の実を取り終わった。
 途端、胡桃の呪縛から解放された気分になる。達成感が俺の思考を迷いの森から現実に、一気に引き戻してくれた。
「終わったぁぁぁ――――!」
 思えば、さっきの篩は最後は小リスたちがやってくれたから、自分で終わらせていない。胡桃も殆どやって貰ったけど、途中から一人だったのもあって、やり切った感が身体に充満する。
 あぁ――――任されたことをきちんと終わらせるって、こんなに気分が良いものなんだな。
 浮かれ気分で作業台を片付けて、胡桃の実も大きさで大体分けておく。パンパンと軽快に手を叩くと、次の作業指示を仰ぎにバウムさんの所に向かった。

カシャカシャカシャ――――。
「きゃはははでちゅ!」
「楽しいでちゅ!」
 バウムさんの所に向かう途中、ビスケとサブレがホイップしている場所に差し掛かる。何をどうしたらそんなに楽しいのかと思えば、予想だにしていなかった光景が視界に飛び込んできた――――。
「なっ! 何だこれ!?」
 回っている――――小リスがめちゃめちゃ高速で、『回し車』を回しているのだ!
 多分、リスが回し車の中で走っている光景自体は普通なんだろうけど、どういう構造になっているかは謎だけど、回し車に繋がった器具が物凄い勢いで生クリームを掻き回していた。
そして高速で攪拌された白い液体は、瞬く間に見事なふんわりクリームへと変身していく。
「次は僕の番でちゅ!」
「交代でちゅ!」
 ビスケとサブレは回し車役と、クリームを足す役を交代でやっているようだ。特に回し車の番になると、瞳がキラキラ輝いている。物凄く楽しそうだ。
 ぴょんぴょん跳ねながら回し車を回すサブレの姿に、ビスケもぴょんぴょん跳ねて一緒に楽しんでいる――――。
 そしてやっぱりその絵面は異様なのかもしれないけど、俺の眼には夢の世界のように眩しく輝いて映った。
「は、ははは……」
 突如、胸の奥から何とも言い難い感情が込み上がってきて、勝手に笑い出していた。
 てか、笑うしかなかった――――。
 この二人や、カフェのもこもこたちに掛かってしまえば、難しいことをあれこれ考える余地など宇宙の彼方に吹っ飛ばされる。
 理屈とか道理とか、普通とか当たり前とか――――プライドとか、全てがもこもこの渦に掻き消されてしまうのだ。
「あはは……はは……」
「きゃはははでちゅ」
「樹木も笑ってるでちゅ」
「うんうん、凄いや……マジで凄いね!」
「凄いでちゅよ!」
「いっぱい回しているでちゅ!」
 俺がなんで笑っているかなんて理由も気にもせず、双子は嬉しそうに一緒に笑ってくれた。

 クルクル、クルクル――――回る回し車を囲いながらひたすら笑っている俺たちに、白い巨人の声が降ってきた。
「おい、樹木!」
「は、はいっ!」
 バウムさんの呼び掛けに一瞬で我に返り、背筋がピンと伸びた。
 しまったぁぁぁ――――俺、バウムさんの所に次の指示を貰いに行く所だったんだ。すっかり小リスたちのファンタジーの世界に浸ってしまっていた。
 恐る恐るバウムさんの方を向き直ると、ジッと俺を睨みつけている。
 仕事中なのに、のんきに談笑してたから怒ってる? そうだよね、流石に怒るよね。
 自分が悪いと分かっていても、バウムさんのオーラに身体がプルプル震えてしまう。
「す、すみません……次の仕事は……」
「出来ているそこのクリーム、こっちに持って来てくれ」
「え……クリーム?」
「あぁ、こっちに来るついでに持って来て」
 そう言い終わると、バウムさんは普通に作業に戻っていく。向けられた白くて広い背中が、凄く眩しく見えた。
 あぁ――――あぁぁぁ、
「はい……承知しましたぁぁぁっ!」
 あぁ、やっぱりバウムさんはカッコいいっすぅぅぅ――――!

 その後もバウムさんにときめいて、ビスケとサブレと談笑して、初日の不慣れな下ごしらえは、お昼前にはなんとか無事に終了したのであった。
 これで、めでたし~めでたし――――だといいのにな。


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