滅亡の畔

藤見暁良

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三章

◆鼓動◆

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『おはようございます。お加減は如何ですか? 慣れない土地でお困りなこともありかとは思います。あとホテルは乾燥しますので、湿度管理などして風邪などひかぬようにお気を付け下さい』
「岩鏡さん……」
 名古屋入りした翌日、ホテルのフロントで軽めのモーニングが用意されていたので食べていた所に、岩鏡さんからメッセージが入った。
 作戦決行前に体調を崩さないようにとの忠告であることは分かっていても、今まで自分のことなんか気遣ってくれる人なんて居なかったから、素直に嬉しく思えた。
 それも岩鏡さんだから、尚のこと――――。
 胸の奥で、小さく鼓動が高鳴る。
 長居しないで早々に部屋に戻ろうと思っていたけど、先に岩鏡さんに返信を返すことにした。

 一応周りをさり気なく見渡し、俯き加減でスマホの画面をタップしていく。
『おはようございます。お気遣い頂きありがとうございます。ずっとホテルにいるので、喉をやられないように気を付けます。今日は現場の下見に行く予定です』
 こんな感じで大丈夫かな――――何分にも日頃こういうやり取りをしたことがないから、気の利いたことが思い付かない。
 凄く事務的な字面だけど、フレンドリーな内容なんて求められていないだろう。
 それでもやたらドキドキしてしまい、短い文面を何度も見返してから、震える指先で送信ボタンをタップした。ヒュゥン――小さく聞こえるメッセージ送信の音に、心臓が異様に跳ねる。
 やだ、返事くらいで緊張し過ぎ。これからもっと凄いことをするのに――――。
 スマホを胸に当てて、一人で顔を赤らめる。自分でも制御しかねる感覚に、妙な恥ずかしさが沸き上がってくるところにピロンと着信音が鳴った。
「っ!」
 返信が来ただけなのに、椅子から腰が浮きそうになる。不審者に思われないように平静を装って、おずおずと内容を確認する。
『畏まりました。くれぐれもお気を付けて行動して下さい』
 端的な事務的な返信――――。
 それだけでも、凄く嬉しかった。思わずスマホに向かって「はい!」と答えてしまいそうになる。
 文面の先の意図が復讐計画遂行であろうとも、私を必要としてくれていることには変わりないから――――。
 誰かに必要とされることが、こんなに全身の細胞を熱くさせてくれるとは思わなかった。この感動を少しでも長く感じていたい――――叶うことなら。
 スマホを両手で包み込み、静かに目を閉じる。
「はい……頑張ります」
 誰にも聞こえない声で、そっと囁いた――――。


 朝食を済ませたあとは、部屋に戻って作戦現場の下見の準備を始める。
 現場は市内から離れた場所だし足場も悪い。だけどホテルを出る時から重装備だと怪しまれるので、大きめのトートバッグに途中で着替えるよう衣類や靴を詰め込んだ。
 ワクワクする――――。遠足にでも行くみたい。学生の時は、遠足でさえ苦痛だったのにな。
「ふぅんふふ、ふ~ん」
 軽快に鼻歌まで歌ってしまう。本当に楽しい。これから大勢の人生を奈落に、突き落とそうとしているのに――――。

 やっぱり、おかしくなっているのかな?
 それでもいいや――――楽しいしい。
 あれ――――アイツらも楽しかったのかな?
 私を虐めている時、いつも笑っていたよね。
 ――――そっか、楽しいのか。
 人を虐めるのって、人の人生を狂わすのって――――楽しいからやるんだ。

 違う――――――――ふざけるな!

 バァァァン!
 瞬間、目の前が真っ暗になり、何かが衝突したような音が響いた。
「は、はぁ……はぁ……」
 肩を大きく上下させながら、息を喉の奥から吐き出す。徐々に霧が晴れるみたいに、視界がクリアな世界に戻ってくる。床にはくたびれたトートバッグと、詰めた筈の衣類が散乱していた。
 どうやら今しがたの衝突音は、自身で無意識に壁にバッグを投げ付けた音だった。

 興奮が抜けきらない。少し息苦しい――――。指を鉤のように曲げた両手のひらを額に宛がい上体を前のめりに倒し、自分に言い聞かせるように言葉を繰り返していく。
「違う……アイツらとは、違う……。これは崇高な使命だもの……」
 アイツらみたいに徒党を組んで、弱いものだけに虐待して優越感に浸るのとは違う――――。

 トクトクトク――――鼓動が響く。

「あ……」
 ――――熱い。
 自分に課せられた使命に全身が躍動し始める。背中が震え、熱を帯びてきた。
 あぁ――――これほど興奮することなんて、未だ曽てない。生きているって、実感する――――。
 私の存在意義を与えてくれたのは、この復讐プロジェクトだけなのだ。
だからこそ――――
「絶対はに失敗は出来ない……」
 そう囁くと、鼓動は更に大きく高鳴った――――。

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