「幸せ不感症」

ヨヲウレウ

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二回目の午前

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目を覚ます。
そういう表現しか思いつかないほど普通な朝を迎える。
しかし、一つだけありえない点がある。
それはここがいつも通りの部屋という事だ。
記憶はある。
私は確実に電車に轢かれていた、いつも通りの日常の最中でその日常が終わる選択をしたはずだった。
だが、こうして生きている。
生きているにしても五体満足でなかったり、病院の中ならばまだ理解はできる。
ここは、自分の家だ。
あの後の記憶がない。
あれは夢だったのか?
あまりにも生々しい夢。
まぁ、そうなんだろうな。
夢とは脳の情報処理によって生まれる映像と聞いたことがある。
代わり映えのない日常の情報集積によって、架空の一日を夢に見ることぐらいあるのだろう。
私は今日迎えるはずだった昨日と同じ様にルーチンをこなしていく。
夢の中で着た服を着て、夢の中と同じ様に洗面台で容姿を整える。
夢とそっくりな所に髪が跳ねているがそれも結局いつもと同じ所。
食べる物も全く同じだ、まるで予習をしたかの様に同じ事をする、いつも通りな日常であってもここまで同じ事はそうそう無い。
ご飯とパン、おかずに飲み物の組み合わせ、あるいは量や使った道具、それぐらいの変数は存在する。
ここまで同じ事は珍しい、だがそれでも夢であるならある意味納得できる。
こうなるだろうと私は予測して、それを夢に見たのだろうと。
そんなどうでもいい事を考えながら、私はいつも通りの時間にリモコンに手を伸ばしテレビをつける。
いつも通りのニュースを見る。
正直言って見てるからといって内容を理解しているわけじゃない。
まして連日連夜同じ内容のニュースを事細かに覚えている事はできない。
夢の中で同じようなニュースを見た気がする。
それでも結局は[同じような]止まりであって同じだったとは思えない。
同じだったと思いたくないの方が正しいのかな?
私はいつも通りの時間に部屋を整え外へ出た。

バスに乗りいつも通りスマホを取り出す。
ニュースを見ているとデジャヴを感じる。
見たことがある気がする記事や画像、あるいは広告などを見る。
何か違和感を感じ始めている。
だが私はそれでも正常である方を信じたがっている。
あれは夢であり所詮この違和感はただの勘違いであると。
そう言い聞かせ、そう思い込んでいる。
必死に思い込ませている。
私は良くこういう事がある。
と言うより大体の人間は理解できないことよりも理解できる事を優先すると思う。
それが真実かどうかは別として、人間は、私は信じたい物を信じるのだろう。
私はこの妙で嫌なデジャヴを振り払う様にいつも通り漫画を読み始めた。
これはいつも通り、同じ内容でもおかしくない、これでいい。
そんな事を無意識に思いながら指を滑らす。
バスが駅に着く。
いつも通りバスから乗り換える、そして私は見てしまった。
これは、これは普通とは違うと。
そこにはお婆さんがいた、もたついているだけの何処にでもいる普通のお婆さんである。
しかし、私にとってはそれは私の経験が普通ではないという事の証拠でもあった。
私は確実に今日を一度体験している。
私は死んだ。
そして戻ってきたのだ。
これはどういう事なのだろうか。
私は嫌な汗をかいていながら冷静に流れに身をまかせる。
周りから分かる様な動揺もせず、しかし心の内ではとても混乱をしながら電車に乗る。
端に乗りながら考える。
漫画の様な出来事。
それを実際に体感した今の感覚。
死んだ瞬間の感覚。
なぜあんな事をしたのか、今更後悔をするが同時に助かっている今に混乱をする。
とにかく意味が分からない、何から考えるべきなのかも分からない。
そんな焦っている心に呼応する様に体の感覚は鈍り、電車の流れに上手く乗れず隣の人の足を踏んづけてしまった。
「す、すみませっ」
小声で早口な謝罪をする。
相手がどう思っているのかそれすら分からない、いつもなら勝手に落ち込んでいるであろう出来事。
でも、今日はそれ以上の事があったのだ。

いつのまにか乗り換える駅に到着をしていた。
いつも通りの人の雪崩に上手く乗り切れず、少しだけ人の流れを阻害してしまった。
少し呆然としながら乗り換えの電車に乗る。
心ここに在らずでも私は端の席に座っている。
取り敢えず座れたことによって冷静に考え始める。
まず、私は今生きている。
これは確実。
少なくても地獄や天国、あるいは無、それ以外の死後の世界とかだったとしても分かりやすいこの世界なら取り敢えず平気だろう。
うん、普通に地理とか言葉とかも同じ、自分が今までいた世界と同じ。
次に、昨日体験した今日は何処まで同じか。
さっきのお婆さんは記憶にある、あれは見間違いでもたまたまでもない、あれは確実に一度見た。
朝ごはんに食べたものも大体同じ、ニュースとかも見たことあった。
と言うことは、思っていた通り一日をやり直している?
これは、これはなんだ?
神様が死ぬなって言ってるのか?
何故?
私は不思議に思う、とても不思議だ。
自殺を助けたから?それとも何か私にはやり残した事でもあるのだろうか?
まだ死ぬべき運命ではなかった?それとも神様の不手際?
それともあの子を助けるなって事か?
なら何故わざわざやり直して見殺しにしなければならない?
何だこれは。
私への当てつけなのだろうか。
死にたがりで偽善者な私は人を助けて死ぬなどという美談で死んではならぬという。
そういう事なのだろうか。
そう思うと途端に助けようとした自分が嫌になって来た。
何であんな事をしたのだろう。
ついさっきしてた後悔とはまた違う投げやりな虚無感に近い絶望を感じていた。
そして同時にもしも今回の今日も同じように彼女が自殺しようとしていたら、同じように止めてやろうと何となく誓った。
敢えてこの貰った生き残れるチャンスを自殺を止めるために使ってやろうと、神への反抗をしてやろうと。

いつもより早く降りる駅に着いた気がする。
普段とは違う事を考えていたからだろう。
今度は人の流れに上手く乗り、大学へ向かう。
大学に向かう道中もさっきまで考えてた事を繰り返している。
大学に向かうというルーチンは自分の思考を抜きにして、自動的に行われている。
教室に着く。
いつも通りの席に座る。
隣には友達が座ったりする。
同じ話をする。
同じ様にさらっと流す。
いつも似たり寄ったりな話をしている上に今回の今日に限って言えば、全く同じ内容という条件もある。
講義も同じ内容だ。
スライドや黒板に書かれるものは見たことがあるものばかりで、これらをもう一度写すのは苦である。
私は何となく大切だと思った部分だけを写して他の時間は思案の時間にした。
彼女を助ける事は出来るのか?
私が死なない様に上手く助ければループせずに日常に戻るのだろうか。
それとも助けてはいけないとか?
いやしかし流石に知っているのに助けないなんて出来ない。
やはり上手く助けるのが正解なのだろう。
もしかしたら神様は死なずに助けよとチャンスをくれたのかもしれない。
そうだ、そうに違いない。
私は多少強引でもそうであると思い込んだ。
講義が終わり食堂へ友達と向かう。
一度死んだんだし、人が簡単に死ぬと自覚した途端に私はこの一食を大切に食べようと思った。
いつもより良い、いつも食べたいと心の奥で思っていたものを注文する。
別に学食だから大した値段の差は無い。
だが、いつも通りでは無い私の昼ごはんに友達は多少なりとも驚いていた。
「どうしたんだ?急に」
「いやな、今日変な夢を見てさ」
「それと飯が関係するのか?」
「まあな、その夢がさリアルな今日の一日だったんだわ」
「リアルな一日?」
「そっ、デジャヴを超えるレベルのハッキリとした夢」
「ほぉ、それでなんで昼飯が豪華になるんだ?」
「一日の最後で死んだからさ」
「ふぅん」
その後興味を失ったのか、また当たり障りのない会話に戻った。
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