隣人以上同棲未満

弓チョコ

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第27話 あついあつい関係

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「ちょっ。……とっ。待ってください。待ってくださいっ」
「!」

 まだ、何の反応もできていない俺に対して、ほのかは右手を出して制止を促した。
 必死に。

「けっ。結論をですねっ。先に言ったんです。わた私の。考えを。……全部、話しますから」
「…………だ大丈夫。落ち着いて」

 当然。俺も物凄く動揺している。
 今さっき、彼女は何を言ったのか?

「す。座ってください」
「あ……ああ」

 信じられないからだ。

「…………!」

 ほのかは顔まで隠すように布団を被ってから、布団をずり下げて目元だけを出した。
 暑くないのかな。

「別に、『それ』が『愛の証明』になる唯一の方法だとは思いません」
「…………ああ……」
「前提としてですが。私はおにーさんが好きです」
「ああ……」
「でも興味とか。友達がしつこいとか。好きなおにーさんだからとか。それが全くゼロでも無いです」
「…………」
「でも、単に『恋人だから』って理由にはしたくないです」
「…………」
「『恋人だからする』んじゃなくて。形式の前に私達の『気持ち』を、優先したいんです」
「…………ああ」
「えと。……えっとですね」

 早口で。随分と慌てた様子のほのか。
 恥ずかしいに決まってる。
 俺が落ち着かないと。

「昨日は、ごめんなさい」
「ああ」
「大変な迷惑と心配をかけてしまって」
「……ああ」
「貴重な、お休みなのに」
「…………」
「……ショックなんですよ」
「?」
「勿論、誰も悪くないし。仕方がないことだなんて分かってるけど。でもやっぱりおにーさんと離ればなれになるのは。ショックなんですよ」
「……ああ」
「でもでも。『だから今の内に』みたいな、そんなあれだと思われたくなくて」
「…………」

 話を聞いている内に。
 俺の方は随分と落ち着いてきた。

 ほのかの話を。彼女の心の中を話してくれたのは。

 多分初めてなんじゃないだろうか。

「分かる」
「! 分かりますか!」
「ああ」
「そうなんですよ。『好きだから、するのは間違ってない』と人は言いますけど。そうじゃないんですよっ」

 俺達は意外と似た者同士なんじゃないだろうか。

「『恋心』と『性欲』は。全く別物だと私は思ってます」
「ああ」
「あっ。でも、だからと言って。おにーさんに、その。……あれですけど」
「ああ」
「おっ。おにーさんは、どうなんですか」
「えっ?」
「どう考えてますか?」
「…………」

 準備と言うか。段階と言うか。前語りと言うか。

 仮説を立ててから証明するように。
 目的を共有してから会議するように。

 俺達には特別。俺達だから必要なんだ。このふたりは。

 滅茶苦茶面倒くさいカップルらしい。

「ほのかは魅力的だよ」
「!」

 それで良い。

 何回告白まがいのことを言うんだろうか。
 それで良い。
 今は。

「人としても。女性としても。そんな君とひとつに成れるのなら、こんなに幸せなことは無い」
「…………!!」

 目が。視線が泳いでいる。今の俺にはそれしか見えない。後は全部布団で隠れてしまっている。

 だからこそ、俺からは視線を切らない。

「もう、良いよな」
「えっ?」
「もう。『お互いの気持ち』はさ。……『前提』としてしまっても」
「はい。好きですおにーさん」
「ありがとう」

 恐る恐る確かめなくて良い。
 ここまで来たんだ。
 慣れた……とは、少し違う。
 お互いが好きだと、お互いに分かっている状態。
 心が、繋がっている状態。

 もうそこまで来ているんだ。 

「今、充分に幸せだ」
「はい」
「……この世にはもっと、先の幸せがあるらしい」
「…………はい」
「それを『思う』のは、決して間違いじゃないと思うよ」
「……はい」
「まあ、へたれな俺が『それ』に見合っているかは自信無いけど」
「なんでですか。『前提』ってさっき言ったじゃないですか。そんなことありませんって」
「……ああ」
「周りの人が何を言っても。私のおにーさんはおにーさんなので。私にはおにーさんなので。自信持ってください」
「……ほのか」
「おにーさん」
「?」

 周りの人。

 まあ、社会人と大学生の恋愛にしちゃ、変というか、異質過ぎるんだとは思う。

 けどそれで良いんだ。

「私は長女なので、隠れ『甘えん坊』だったりします」
「それは……。なんとなく分かる」
「正直、ずっと我慢してます」
「…………そう、なんだ」
「甘えて良いですか?」
「!」

 そのひと言が出た瞬間に。
 俺の鼓動は速くなった。
 落ち着いていたのに。
 急に『現実味』が増したから。

「…………良いよ」

 即答できなかった。だけど、そんなことを気にするのは俺だけだ。

「!」

 ばさりと。一気に布団から出てきて。
 俺の了解を得たほのかが。

「おにーさんっ」
「うおっ!?」

 だ。

 抱き付いて来たんだ。

「……!!?」

 猫みたいな仕草で。
 リスみたいな手付きで。
 女性みたいな柔らかさで。

「ちょっ……っ!?」
「おにーさんっ」
「!?」

 俺の胸に顔をうずめて。

「あ。汗が」
「お互い様です」

 顔を真っ赤にして。

 俺と言えば、身体が固まって動かない。動けない。

 何をどう動かしても『何か』に当たって、触って、『何か』起きてしまいそうだったから。

「キスして。手も繋いだんですから。ハグだってこの前も」
「いや。えっと。おう。うん。……そうか」
「…………」
「…………」

 お腹空いてる。
 まだ朝10時だ。
 汗でべとべとだ。

「……お腹、空きません?」
「あ、おう」

 しばらくして、ほのかの顔が俺の胸からようやく離れた。

「待っててください。すぐ作ります」
「……ありがとう」

 すくっと立ち上がり、洗面所へ向かって行った。

「…………」

 俺はまだ動けずにいる。

「…………」

 むちゃんこ良い匂いがした。いつもの匂いだけど。『それ』が、『俺』に。

 普段は暑くて。
 抱き付かれると熱いのに。

 そこから急に離れられると、少しだけひやりとするんだ。

「…………!!」

 どくどくと、心臓が爆発しそうだ。
 あの『柔らかさ』は。

 『何』なんだ!?

——

——

 おにーさんにハグしたのは、3回目だ。
 1回目の時のことは、おにーさんは知らないけれど。

「…………っ」

 今までは、ずっとひとりだったのに。それで平気だったのに。
 一度知ってしまえば、もう失いたくない。
 必死の思いで、抱き付いたんだよ。

 決死の覚悟で、離れたんだよ。

「……あつい」

 身体も。心も。部屋も。外も。季節も。太陽も。風も。私も。恋も。おにーさんも。

 全部全部あつい。

 あついあつい夏だ。

 コンロに火を点ける。あついあつい火を。
 あんまり待たせたくないから、簡単なものにするけれど。

「……っ」

 言ったんだ。
 私の気持ちと想いと考えを。

 今夜だ。

 受け入れてくれたんだ。
 私の突進じゃびくともしない、逞しいおにーさん。

「…………よし。ふぅ」

 顔があつい。火照ってる。
 今夜おにーさんと。

 あついあつい、夜を。

——

「病み上がりだろう」
「全然!」

 彼が私を気遣うのはある種当たり前かもしれないけれど。

「ほら。腕回してくださいよ」
「う。……良いのか?」
「当然!」

 それを『当たり前』だと私が思ってしまえば、関係は破綻する。

 彼は私に甘えさせてくれると約束したけれど。

「えへへ……」
「……ぅ」
「何緊張してるんですか。慣れてください」
「……お、おう……」

 それで私が付け上がってワガママになってしまえば、破綻する。

 彼の。
 『私の為』を。
 当然だと思ってはいけない。これは一生、胸に刻まなければいけない。

「ありがとうございます」
「へっ?」

 感謝を忘れてはいけない。

「何もかも。全部。ありがとうございます。おにーさん」
「…………ああ」
「あはっ。なんか口数減ってません?」
「……うん」

 日が落ちた。
 でも暑い。

 日中に籠った熱が、放射されるらしい。

 クーラーを点けていても暑い。

 だって、今世界でここが一番熱いんだから。

「……うざいなら言ってくださいね」
「や。……まだ、そんな色々考えられる段階じゃない」
「えへへへ」

 幸せだ。
 だけど。

 私だって緊張している。

 だってこれから。

「…………えっと」
「はい」

 じっと抱き合っている訳にもいかない。
 ずっと見詰めあっている訳にもいかない。

「……キスしてください。あとは……。えっと。お手、柔らかに……」
「…………うん」

 この人は、奥手だ。
 へたれだ。
 草食系も良い所だ。

 私の大好きな人を、悪く言うな。
 この人は。

「んっ……」

 私の一番『あつい』人だ。
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