あの人、勇者の物語にはいない。

ゼリオニック

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1-18 間章 夜の女神の視点から

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 わらわはルナリス、夜の女神。この世界の女神一族の中で、最後に生まれた下級女神じゃ。
 今、わらわは古い石像に降臨しておる。

 戦いの音が聞こえたからじゃ。だが、目の前の光景はわらわの心を痛めつける。

 数百年前、闇の領域から地平線を越えてきた異物の一つが、少年を踏みつけ、悪意に満ちた笑い声を上げておる。

 わらわはただ、古い石像の傍らでそれを見守るしかない。昔の人々がわらわを祀るために刻んだ石像じゃ。

 石像の台座には、金色に淡く輝く髪の少女が傷だらけで横たわっておる。腹部に大きな穴が開いておる。あの異物の手で刺されたのだろう。

 少女の髪は聖なる髪。姉上のルセリア女神からの加護じゃ。

 彼女こそが、この時代の勇者となるはずの者……だが今は幼く、弱い。あの少年が助けなければ、確実に死んでおった。

「ルナリス女神、リースを助けてください」

 少女は、わらわがここに降臨していることを知っているかのように、弱々しく祈る。ゆえに、わらわは彼女の前に姿を現した。

「で、でも……どうやって彼を助けろというのじゃ」

 わらわは慌てる。誰を優先すべきか分からぬ。出血で死に瀕する未来の勇者少女と、踏み殺されそうな少年。

「あなたの代理人の座をリースに与えてください。彼こそが 『沈黙のエス』、夜の使徒となる男です」

「わ、わらわ……試してみるじゃ」

 勇者が提案する選択肢の方が良いやも知れぬ。わらわは少年に祝福を与えようとした。だが、言葉を紡いだ瞬間、それは少年に届かぬ。

 ——理由はわらわがよく知っておる。あの少年は姉上マリナの信者じゃ。

「わ、わらわ……できない」

「いえ、女神様! もしあのリースが死ねば、物語の地平線が変わり、世界は滅びます」

「で、でも……あの少年は……姉上マリナのものじゃ!! わらわ……許可なく彼の名を奪うことはできぬ……もし無理にすれば姉上マリナが怒り、水が世界を飲み込む……だが、今姉上を呼ぶには遅すぎる」

 願いが叶えられぬと知った少女は、新たな願いを口にする。

「ならば、私にあなたの伝令官の座を与えて!!!」

 少女は歯を食いしばり、強く祈る。それにわらわは極度に動揺する。

「で、でも……そうすれば汝、純粋なる者……時代の勇者になれぬぞ」

「ばかあ!! この優柔不断な女神め!! 今私が死んだら、どうやってお前の時代の勇者になるっていうのよ!!」

「そ、それでは……世界はどうなる……」

「心配するな、女神。私以外にもう一人、時代を担う勇者がいるの。……認めたくはないけどね」

「なぜそれほど確信するのじゃ?」

「だって、私自身も物語の地平線の向こう側から来たんだから」

 それを聞き、わらわの目が見開かれる。

 これが、わらわ自身より大きな事を耳にする初めてじゃ。姉妹の中で最も幼い女神とはいえ、地上を歩む者より古く偉大じゃ。

 だがこの少女は、わらわより大きな事を口にした。

 彼女もあの異物たちと同じ、地平線の向こうから来たというのか? それとも嘘か。だが時代の勇者の言葉なら、信じてみよう。わらわは迷いを捨てる。

 その後、わらわは少女にエスタの名を与え、わらわの直属の信者第一号とした。

 だが一つ理解せぬことがある。少年は姉上マリナの信者、姉上の許可なく干渉できぬ。だがエスタは、姉上ルセリアの信者のはずでは? なぜ彼女はこの出来事に無関心なのじゃ?
 疑問を解くため、わらわは三百年来したくなかった事をせねばならぬ。

「姉上……姉上ルセリアどの」

「どうしたのじゃ、妹よ」
 わらわが最上天の楽園に呼びかけると、長姉の原初女神が即座に応じた。三百年ぶりの妹に怒らぬよう祈る。
「わらわ、聞きたいのじゃ……えっと、ミトラという子のこと……」

「ミトラ?」

 姉上は疑問の声を上げる。わらわは即座に、姉上がこの子を知らぬと分かる。

「彼女……聖なる髪を持つが……わらわが彼女を信者としたため、名前と加護が剥奪された……今、彼女はエスタと名乗る……姉上、許してください……」

「は? だがわらわはまだ時代の勇者を選んでおらぬぞ!!」

 長姉が大声で叫ぶ。それにわらわの心は縮む。外の世界と連絡を取らぬため、何も知らぬ。わらわは自分を反省せねば。だが世界を見ると思うだけで腹痛が……

「えっ……あるいは……血統で継承か?」

「いや、わらわは血統で継承する加護など与えておらぬ」

 姉上は強く肯定する。わらわは諸々を振り返り、続ける。

「彼女はわらわに……もう一つの地平線から来たと言った」

「汝は言うか、汝があの異物どもと同じものを信者としたと!」

 姉上の声が厳しくなる。まるで沸点が試されるよう。姉上は法の女神。
 許可なき侵入者は法を破るもの、姉上が最も嫌う。
 わらわの部屋の壁が震える。下級女神が姉上の怒りに潰されそうじゃ。

「姉上どの!! どうか落ち着いてください!! わらわのエスタはあれらとは違うのです!! 彼女は人間です!!」

「ああ、そうじゃな……」

 わらわが慌てて叫ぶと、姉上は声を抑える。だが息がまだ荒く、沸点は容易く下がらぬ。
 わらわが姉上の膨大な神威によるめまいを堪えようとする間、姉上が口を開く。

「ルナリス、異物は多く入り込んでおる。小さすぎるものはわらわの手をすり抜ける。汝も女神じゃ、注意せよ」

 姉上は厳しい声で警告し、すべてが静まる。姉上が天を裂いて世界に降りぬよう願う。さすれば世界は二つに裂ける。

 だが姉上の言葉が真なら、エスタは異物か、あるいはリースも。わらわは確認せねば……

「記録……うっ」

 わらわが呼びかけると、一冊の本がわらわに落ちてくる。開くと、『ルナリス』に近い出来事が投影され、遡る。
 三百年来ほとんど見ぬため、情報が多すぎて頭が回る。

 だが異物が人間や獣に何かをした場面まで見ると、腹痛で吐き、わらわの小さな神域で丸くなる……

 うう……わらわ、頑張る……
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