【完結】捨て猫少女

百崎千鶴

文字の大きさ
5 / 13

第4話 噛まれた

しおりを挟む
 チバの家に来てから、何日か経った。
 そして最近、気になることがある。


「……」
「……」


 チバはなぜか、私の顔をよく見てくるようになった。

 じっと、じーっと。
 穴があきそうなくらい。 

 でも、視線が気になってこちらから目をやった途端、チバはふいと顔を背けてしまう。

 かと思えば、またすぐにじっと見てくる……そんなことの繰り返しで、チバがつけてくれた“テレビ”にも集中できない。



 ***



 何日か前。

 大きな黒い箱の回りをうろついて色んな角度から観察する私に、チバは笑いながら教えてくれた。


「それは、テレビ」
(てれび……?)
「ちなみに、こっちはパソコン」


 そう言って“ぱそこん”を膝の上からテーブルへ移動させると、ソファーから立ち上がり“てれび”に歩み寄るチバ。 

 チバが横にあるボタンをぽちっと押した瞬間――箱の中に小さい人が現れたものだから、私の目は釘付けになってしまった。


「!!」


 不思議だな。どうなってるのかな?
 この中に人が入っているのかな?

 それからずっと、私は“てれび”に夢中。



 ***



 でも最近はチバの目線が気になって、それどころじゃない。


(……)


 いい加減、出て行ってほしいと思ってるのかな。

 そんな考えを抱いた日もあるけれど、どれだけ時間が経ってもチバは文句一つ言ってこないし、怒ったのも私が初めてお風呂に入ったあの時だけ。

 そう……ずっと、チバは優しい。 


「……」


 また、注がれる眼差し。

 ビー玉みたいに綺麗な黒い双眸が、真っ直ぐに私を映している。


(なーに?)


 そういう意味を込めて、首を傾げて見せた。

 けれどチバは、


「……いや、なんでもないよ」


 いつもみたいに微笑むだけ。


(……ごまかされた!)


 それくらい、私にだってわかるんだから。 


(じゃあ、なんで見てくるの?)


 なんでもないと言ったくせに、テレビに意識を集中させればこちらを見てきて……私が目線に気づくと一瞬逸らされるけれど、またすぐその双眸を向けてくる。

 いい加減に、胸がムカムカしてきた。


「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」


 テレビの中にいる小さな女の人が声を張り上げる。


(うんうん)


 それに同意して、二、三度深く頷いた。 


「……ちょび。チャンネル、変えてもいい?」


 壁にかかった時計を見ながら、チバはやっと普通の話題を振ってくる。


(だめ!)
「あ、このドラマ見てたんだ? ごめんごめん」
「……」


 さっきから、ずっと見てるのに!
 それがわからないくらい、チバは私のことを見てたんだ。


「…………」


 ムカムカ、モヤモヤ。 

 何食わぬ顔でソファの背もたれに体を預け、本を開いて読み始めるチバ。
 そのすぐそばへ、四つん這いで猫みたいにトコトコと近寄る。


「……ん? なに?」
(それ、私のセリフ!)


 口を尖らせれば、チバは不思議そうな表情を浮かべて眉を八の字にした。

 彼の足元に座って、整った顔をまっすぐに見上げる。


「……ちょび、どうした?」
「……」


 チバは、どうして私を見てくるの?


「……」 


 しばらく無言で見つめあっていると、不意にチバは手元の本を閉じてテーブルに置いた。

 それから、すっとこちらへ伸びてきた右手が、私の頬にそえられる。


「……?」
「前も言ったけど……ちょび、綺麗な髪だよね」


 おもむろに口を開いたかと思えば、チバは左手で私のボブヘアーを撫でた。


「あと、可愛い」
「!?」


 微笑んだままの彼は、なんでもないことみたいにそんな言葉を落とすから、一瞬で顔に熱が集まってしまう。 


「……だから、見知らぬ男を誘っちゃダメだよって忠告したのに……」
「?」
「……記憶のない……しかも、年下の女の子を襲うなんて……最低すぎて、ものすごく良心が痛むんだけど……俺だって、一応『男』なんだよ? ちょび」
(おそう……?)


 やっぱり、チバは悪い人?
 私を食べる気なの?

 逃げなきゃと身構えた途端に片腕を優しく掴まれてしまい、それからチバの顔が近づいて、


「……っ」


 頬に、唇が触れた。 


(……いまの、なに?)
「……キス、だよ」
(きす……?)


 きすって、魚の?

 混乱している間に、今度は耳たぶにチバの唇が触れて、


「……これ、キスって言うんだよ」
「~~っ、」


 チバの低い囁き声が、頭の奥まで入り込む。

 キス。
 唇をくっつけるのは、キス。 


「ちょび……嫌なら抵抗して?」


 ……わかんない。


「じゃないと、やめられないから」
(チバ、わかんないよ)


 嫌かどうか、わからない。

 ただただ恥ずかしくて、心臓がすごくドキドキしていて……熱があるんじゃないかと思うくらい、顔があつい。 


「ちょび、」


 私の鼓膜を撫でる、甘い声。
 チバの顔が、近い。

 男の人なのに長いまつ毛がよく見えて、息がかかりそうな距離にチバがいる。


(ち、ば、)


 彼の手が、そっと私の顎を持ち上げた。

 二つの黒いビー玉がわずかに揺れてから、


「――っ!?」


 鼻に、甘く噛みつかれる。 


(た、食べられる!?)


 移動した口はほっぺにも優しく歯を立てて、


「……っ、……っ!?」


 次に、耳たぶをはむり。
 なんだかとてもくすぐったくて、思わず肩がびくんと跳ねた。

 やっと考えが追いついた頭でチバの言葉を思い出し、両手で彼の体を押し返す。


(チバ、くすぐったい!)
「……」


 ちゃんと抵抗したのに、はむはむが止まらない。 

 くすぐったいよ、チバ。
 食べないで。

 ぐいぐい押してみても耳たぶにくっついた唇が離れなくて、それどころか、


「……ちゃんと『いや』って言って?」


 チバは耳元で囁き、わざと息を吹きかけてきた。

 恥ずかしい。
 くすぐったい。


「……っ、」


 心臓が、ドキドキうるさい。 


「……ほら、」
「……っば……ち、ば……! く、くすぐっ、たい……!」


 唇を開いた途端、喉が震えて誰かの声が耳に届いた。
 絶対に、チバのじゃない。女の子みたいな、高い声。

 呆然としていると、チバは少し体を離して私の目を覗き込み、


「……やっと喋った」


 そう言って、微笑みながら頭を撫でてきた。

 ――……今の声は、私? 


「声も可愛い」
「……ち、ば」


 喋れたのが嬉しくて、もう一回呼んでみる。

 チバは、


「はい、千葉です」


 と短く返して、ただにこりと笑った。

 そんなチバを見ただけで、私の胸は少しだけきゅっと締め付けられたみたいに痛くなる。


「……?」


 心臓は相変わらずドキドキ高鳴っていて、それがなんなのかわからない私は首を傾げてばかりだ。 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

氷雨と猫と君〖完結〗

カシューナッツ
恋愛
彼とは長年付き合っていた。もうすぐ薬指に指輪をはめると思っていたけれど、久しぶりに呼び出された寒い日、思いもしないことを言われ、季節外れの寒波の中、帰途につく。

神楽坂gimmick

涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。 侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり…… 若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

処理中です...