GIVEN〜与えられた者〜

菅田佳理乃

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手筋編

男に頼らず生きていくには?

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 店員にもすっかり顔を覚えられ、松山愛梨華はいつもの個室に案内された。この日は珍しく畠山京子の方が先に到着していた。仕事をしているのかテーブルの上にノートパソコンを広げていたが、松山が部屋に入ると手を止めて立ち上がった。

「こんにちは松山さん!」

 相変わらず大きな声で個人名を言う。

「こんにちは。相変わらずね」

「はい!いつも元気な畠山京子です!」

 ついつい本音が漏れてしまう。が、当の本人は全く気にしていないようで、あっけらかんとしている。どうやら「大声で個人名を言うな」とはっきり言ってやらなければ分からないらしい。とは思っているのだが、いつも言うタイミングを掴めない。京子がいつも会話の主導権を握っているからだ。

「松山さんもお変わりありませんか?」

 腰掛けながら京子が言った。松山も上座に座る。珍しく京子は近況報告から話に入る。いつもは一方的に仕事の話から始めて、近況報告は一番最後なのに。

「……平田と別れたわ」

 不倫関係にあった平田とは夏に別れた。平田にまた新しい女が出来たのだ。しかも今度の女は所構わず自分の不倫話をぶちまける迷惑な女で、自分がこんな女と天秤にかけられているのかと思ったら馬鹿馬鹿しくなってきて、自分から別れ話を持ち出した。

 秋田県庁でそこそこの力を持つ平田とKーHOとのパイプラインを担っていたのが松山だ。その松山と平田とが別れたとなれば、それなりに影響が出るかもしれない。

「……そうですか。株式会社KーHO的には、新入社員を大量投入したので、ベストタイミングです!KーHOうちの梶原さんを平田さんの担当にするんで、問題無いです!」

 思わず吹き出しそうになる。こっちは悪い影響が出ないか心配していたのに。この子はこうなる事も想定済みで対策済みだったようだ。

「で、弁護士先生は必要になりそうですか?」

「いいえ。問題ないわ。……そういえば、弁護士と言えば新井先生は元気にしてる?」

「はい!元気にしてらっしゃいますよ!今は引っ越しで大忙しです」

「引っ越し?この時期に?」

「今までの新井先生の事務所、圃畦塾までに電車を2回も乗り換えしなきゃならないとかで、通勤に不便だと漏らしてらしたんで、思いきって事務所を引っ越してみたらと提案してみたんです」

 それだけではなかった。新井はKーHOの事業拡大で人手不足に陥り、大学の伝手で二人、補佐として雇ったらしい。

「……どうせその引っ越しも、あなたが部屋探しから引っ越しから何もかも段取りしたんでしょ」

「……その通りなんですけど、差し出がましかったですかね?」

 珍しい。いつもなら「私がやって当然!」くらい言うのに。人間関係を円滑にするスキルを漸く身につけたのかしら?

「新井先生がそれで良いと言ったなら、良いんじゃない?」

 京子がホッと溜め息を吐く。やっぱりいつもと様子が違う。なんだか人間臭い。

 そういえば服もいつもと違う。いつものチェックのワンピースではなく、良い意味で流行りの服だ。

 あるレディースのショップでモデルをやることになったという報告は聞いていた。この服を見るに、なかなかセンスの良い店らしい。

「で、今回は何の打ち合わせ?」

 松山はメニューを片手に京子に聞く。京子はノートパソコンを畳んで端に置いた。

 半年に一度行われる京子と松山の情報交換会だ。

「ええ。そろそろ秋田にも『圃畦塾』を開設しようかと思いまして」

 松山が担当の『子育て支援』策。株式会社KーHOが東京で2年かけて模索してきた『圃畦塾』の秋田版を稼働させようというのだ。

「もう準備は出来てるわよ。いつでもGOサインを出せるわ」

 松山は鞄から書類を取り出す。

 松山はこの2年『圃畦塾』を経営するに最適な条件『小学校からほど近い』『30台分の駐車場を確保出来る』物件を探していた。

 とりあえず県庁所在地である秋田市に2件。それから人口の多い市を中心に計6件設立する。

 京子は松山から渡された資料に目を通す。

「……うん。いいですね。これで行きましょう」

 松山は安堵の表情を浮かべる。

 株式会社KーHO発案だが、自分が一から手掛ける事業がいよいよ動き出すのだ。感動も一入だ。

 京子は資料をとんとんと揃えてバックパックに入れる。

 松山は(あれ?)と思う。

「あの……。この事業は、誰か新入社員に任せないの?」

「ああ。これは私主導で行きます。この事業だけは絶対失敗したくないんで」

 子育てには興味無さそうな印象なのに、まさか人を育てるこの事業を自ら主導で進めるとは意外だった。

 しかも「絶対失敗したくない」とまで言った。

 松山が思っているより、京子は秋田の人口減少の食い止めに躍起になっているのかもしれない。

「でも、この事業が本格的に始動したら、松山さん、東京に来る必要がなくなっちゃいますね」

「……あ!そうね!すっかり忘れてた!」

 この事業が始動すれば、京子と松山はこそこそと会う必要がなくなる。

「……残念だわ。この店の料理を食べれなくなるなんて」

 松山は部屋の中を名残惜しそうに見渡す。店員にも顔を覚えて貰えるくらいになったのに。

「これで最後って訳じゃ無いですから。いつでも東京に来て下さいよ。交通費はこちらで負担するんで」

「さすがに仕事じゃ無いのに交通費を負担して貰うのは忍びないわ」

「そうですか」

 なんだろう。やっぱり今日はいつもと違う。

「社長、何かあった?」

 何か引き出せないだろうかと、わざとらしく呼び方を変えてみる。

「何か、というと?」

 うん。こういう時は鈍感なままなのね。もしくは認識してないか。

「そうだ。例のお坊っちゃまはどうした?」

「そういえば最近おとなしいですね。やっと諦めてくれたのかも。松山さんのアドバイスのお陰です。ありがとうございます」

 実際には松山のアドバイスは役には立たなかったのだが、京子は礼を述べる。

 京子に礼を言われて調子づいた松山は、一歩踏み込んだ質問をする。

「そう。じゃあ、例の彼とは?」

 みるみる京子の顔が真っ赤になる。

 (分かりやすい子だなぁ)

 京子は花火大会での出来事をポツリポツリと話しだす。

 松山は、京子が人間臭くなってきたのは、もしかしたら彼の影響が大きいのかもしれないと思いながら、うんうんと頷き京子の話しを聞いていた。

 (それにしても勿体無いよなぁ。結婚する気がないなんて)

 まだ若いのだから、せめて恋愛ぐらいは思う存分すればいいのにと思う。でも仕事で時間がないのだろう。

 それに既に会社を興しているこの天才からしたら、今話している彼ですら子供に見えるのだろう。

 (まぁ将来、何が起こるか分からないし)

 しかし考え方を変える程の大きな出来事などそうそう起こらない事も松山は知っている。

 (なるようにしかならないかぁ)


 話の腰を折るように、食事が運ばれてきた。

 美味しいサラダに舌鼓を打ちながら松山は平田との関係を思いだし、(結婚したところで幸せになれるとも限らないしね)と心の中で呟いた。
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