2 / 95
第1章
§2 贄と誓い
しおりを挟むふたりの真剣な眼差しが突き刺さる。
アド兄に注意されたのが耳に入らないほど、俺は驚いた。
まさか、ゼフィロス王国への援軍要請が受諾されるなんて……!
どれほどの援軍が来てくれるのかは定かではないが、ゼフィロス王国兵は大半が獣人で構成され、戦にめっぽう強いと評判だ。
だが気になるのは……。
「……見返りは?」
「……もちろんタダというわけにはいかない」
当然だ。援軍を出すだけの利益がある、そう見込んだからこその決定だろう。交渉の場は、戦場と別の意味の冷酷さをもつ。
そしてどうやら、その条件は俺に関係があるらしい。
ギル兄の眉間に深い皺が寄る。まるで、苦い薬を飲み込むような表情だ。
「援軍の条件は、一番腕っぷしの強い王子を……ゼフィロス国王の伴侶として嫁がせることだ」
しばし部屋の中が沈黙で満たされる。室内に響くのは、俺自身の浅い呼吸の音だけだった。
予想だにしない条件内容だったので、俺はギル兄の言葉を噛み砕くのに時間がかかった。「伴侶として」「嫁がせる」という言葉が、石のように重く胸に落ちてきた。
「……と、いうことは?」
「……額面通り受け取るならば、お前に行ってもらうことになる」
「あぁ~! ギル兄とアド兄じゃなくてよかった……!」
俺が城に呼ばれた理由とギル兄がいつになく険しい顔をしている理由が分かり、全身の緊張が一気に緩み、膝の力が抜けてその場にしゃがみ込む。
内容に驚きはしたが、二人の兄や他の誰かが条件になるよりずっと良い。これ以上、兄たちに重荷を背負わせたくはない。まして、この国の誰かの人生を犠牲にするくらいなら。
俺の答えは、すぐに決まった。
「俺はゼフィロス王国の望むように動く。すぐ返事を出してくれ」
「……いいんだな?」
ギル兄とアド兄は一見冷めているようだが弟思いの兄貴たちなのだ。二人が俺のことを心配して神妙な顔つきになっているのを見られただけで十分嬉しい。
「全く問題ない。寧ろそれで強力な援軍を得られるのならおつりがくるさ! 早く返事を出そう!」
「……お前を誇りに思う」
「私たちが唯一無二の兄弟であることに変わりはない。どんな時でもどこにいたとしても、お前の味方だよ」
「ありがとう、二人とも」
ギル兄は俺に重荷を背負わせてしまうと思っていて、アド兄は俺の身を案じてくれている。
けれど俺自身は、やっと役に立てる時が来たのだと喜びさえ感じている。
これまでずっと二人に頼ってばかりだったから。第三王子として、剣を振るうこと以上に、国のためにできることが見つかった。
「実は先方の使者がお待ちだ。このままお通しするぞ」
「え!? 俺、こんな泥んこだけど、いいの?」
「構わん。それにその使者殿はお前と面識があるらしい」
「本当に?」
「ああ、そう言っていた。……お呼びしてくれ!」
ギル兄は部屋の外で待機していた係に合図を出して、ゼフィロス王国の使者を部屋へ通すように言う。
俺は記憶を辿るが、この国にも多くの獣人が住んでいるので見当がつかない。
部屋に入って来たのは黒豹獣人の女性だった。
「……ああっ!」
「お久しぶりでございます、ライゼル様。私はミレイ・ソノラと申します。いつぞやは命を助けていただき、誠にありがとうございました」
「思い出しました~! 良かったです、お元気そうで!」
にっこりと綺麗な瞳を輝かせて笑ってくれる。
思い出したのなら説明しなさい、という視線を向けてくる兄二人に記憶を辿って話す。
数ヶ月前、秋の終わりで、冬の足音が近づいてくる頃だった。吐く息が白くなってきて肌を刺す寒さが迫っていた。
そんな時、ゼフィロス王国とスフェーン王国の国境付近で農家の手伝いをしていたら、少し離れた森の中から悲鳴が聞こえてきた。
慌ててその場に駆けつけると、荷馬車が盗賊に襲われているようだったので対処したのだった。
「大丈夫ですか!?」
「ええ……助けていただきありがとうございます……っ!」
「怪我をされたのですか? 見せてください」
供をしている者たちが安否を気にしていた女性は脚を浅く切り付けられたようで、血が流れていた。
俺は女性の脚の傷を治癒魔法で塞ぎ、他の者たちの治療も行った。
「ライゼル様ー!!」
「ブラス! こっちこっち~」
「困りますぜぇ、護衛を放っていかれちゃあ!」
「はは、ごめんごめん」
「してそちらの者たちは……」
「ああ、盗賊に狙われていてな。そこにまとめている奴らだ。ちょうど良い! ブラスが連れて行ってくれ」
「はあー、またウチの隊長はすぐ面倒ごとに首突っ込むんだから……しかし良いんで? 被害に遭ったのはゼフィロス王国の方々では?」
ブラスは熱血漢に見えて意外と冷静だ。俺よりもずっと。指摘され、慌ててゼフィロス王国の方々に向き直る。
「そうだった……! すみません、そちらのご意向も聞かずに! どうでしょう、ゼフィロス王国で裁きたければ国境まで奴らをお届けしますが」
「いえ、彼らはお任せいたします」
「分かりました!」
「……ところで、もしや第三王子のライゼル様……でいらっしゃいますか?」
「ええ、そうですが」
「……荷改めをなさいますか?」
ローブを纏っている黒豹獣人の女性が恐る恐る聞いてくる。俺の顔と名前で出自が分かるということは国の関係者か勤め人なのかもしれないなぁ、などと悠長に考える。
「荷改め? 必要ありませんよ?」
「! 真ですか」
「特にそういった法や取り決めはなかったはずですし、ゼフィロス王国とうちを行き来してくださる方には感謝しているんですよ。ゼフィロス王国の特産品や工芸品、武器などは本当に素晴らしいものが多くて!」
「旦那~、また余計な話してまっせ」
「あ、すみません。……と言いますか、国境周辺の警備が行き届いておらず、お詫びをするのは私の方です。申し訳ない」
「そんなっ……頭をお上げください!」
黒豹獣人さんが慌ててローブのフードを取る。気を使って顔を見せてくれたのだろう。所作に品がある。
「ゼフィロス王国が外交を避けているので、国境付近に騎士団の方がなかなか近づけないのは当然のことでございます。ご迷惑をおかけしているのは私共の方なのです」
「ゼフィロス王国にも事情があってのことだと思いますので良いのですよ。……あ、そうだ! 国境の兵の目が届くところあたりまでご一緒しても? 最近出会ったゼフィロスの特産品の素晴らしさを道中で語らせていただきたいのです!」
「え、ええ……私共は問題ありませんが……」
「ありがとうございます! というわけで、ブラス! そいつらはよろしく!」
「はあ~全く、仕方ない旦那だ。せめてティラが来るまで待っててくだせえよ」
そうして俺はその一団がゼフィロス王国近くまで無事にたどり着いたところで別れたのだった。
「すみませんその節は、無理やり国境近くまで同行してしまって……」
「とんでもないことでございます。ライゼル様は命の恩人ですし、ゼフィロス王国の特産品も評価してくださりありがたく存じます」
話を聞いている兄たちは「なるほど合点がいった」という顔で流れを見守っていた。
「二人の出会いについては分かった。それでは詳しい援軍と交換条件についてお話を」
「……お返事はお決まりになりましたでしょうか」
「……ライゼル」
「はい。ソノラさん……私は条件を全面的に受け入れます。どうか……ゼフィロス王国のお力をお貸しください」
77
あなたにおすすめの小説
虐げられても最強な僕。白い結婚ですが、将軍閣下に溺愛されているようです。
竜鳴躍
BL
白い結婚の訳アリ将軍×訳アリ一見清楚可憐令息(嫁)。
万物には精霊が宿ると信じられ、良き魔女と悪しき魔女が存在する世界。
女神に愛されし"精霊の愛し子”青年ティア=シャワーズは、長く艶やかな夜の帳のような髪と無数の星屑が浮かんだ夜空のような深い青の瞳を持つ、美しく、性格もおとなしく控えめな男の子。
軍閥の家門であるシャワーズ侯爵家の次男に産まれた彼は、「正妻」を罠にかけ自分がその座に収まろうとした「愛妾」が生んだ息子だった。
「愛妾」とはいっても慎ましやかに母子ともに市井で生活していたが、母の死により幼少に侯爵家に引き取られた経緯がある。
そして、家族どころか使用人にさえも疎まれて育ったティアは、成人したその日に、着の身着のまま平民出身で成り上がりの将軍閣下の嫁に出された。
男同士の婚姻では子は為せない。
将軍がこれ以上力を持てないようにの王家の思惑だった。
かくしてエドワルド=ドロップ将軍夫人となったティア=ドロップ。
彼は、実は、決しておとなしくて控えめな淑男ではない。
口を開けば某術や戦略が流れ出し、固有魔法である創成魔法を駆使した流れるような剣技は、麗しき剣の舞姫のよう。
それは、侯爵の「正妻」の家系に代々受け継がれる一子相伝の戦闘術。
「ティア、君は一体…。」
「その言葉、旦那様にもお返ししますよ。エドワード=フィリップ=フォックス殿下。」
それは、魔女に人生を狂わせられた夫夫の話。
※誤字、誤入力報告ありがとうございます!
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?
七角@書籍化進行中!
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。
その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー?
十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。
転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。
どんでん返しからの甘々ハピエンです。
クズ令息、魔法で犬になったら恋人ができました
岩永みやび
BL
公爵家の次男ウィルは、王太子殿下の婚約者に手を出したとして犬になる魔法をかけられてしまう。好きな人とキスすれば人間に戻れるというが、犬姿に満足していたウィルはのんびり気ままな生活を送っていた。
そんなある日、ひとりのマイペースな騎士と出会って……?
「僕、犬を飼うのが夢だったんです」
『俺はおまえのペットではないからな?』
「だから今すごく嬉しいです」
『話聞いてるか? ペットではないからな?』
果たしてウィルは無事に好きな人を見つけて人間姿に戻れるのか。
※不定期更新。主人公がクズです。女性と関係を持っていることを匂わせるような描写があります。
【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】
ゆらり
BL
帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。
着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。
凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。
撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。
帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。
独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。
甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。
※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。
★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】
晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。
【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。
・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。
・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。
・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。
婚約破棄された俺の農業異世界生活
深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」
冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生!
庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。
そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。
皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。
(ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中)
(第四回fujossy小説大賞エントリー中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる