赤字国家に召喚されたので、まずは売却から始めます──でも断られたので価値を爆上げして帝国に頭を下げさせることにしました【TOP3入り感謝】

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第一部:国家の価値はゼロから始まる

第一節:召喚と売却提案

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 まぶたの裏で、光がまだ踊っていた。
 じわじわと熱の残る肌に、冷たい石の床の感触が伝わる。

 「……起きたか」 

 くぐもった男の声。
 だが加賀谷零は、その声に返事をするよりも先に、あたりを見渡した。

 高い天井。石造りのアーチ。赤絨毯。神殿のような荘厳さを持つ広間。
 頭はまだぼんやりしていたが、それでも思考の回路は驚くほど早く回っていた。

 「……寝てたのか、俺。スーツのまま床で。……ここどこだ?」
 
 その独り言に反応するように、前にいた少女が一歩、進み出た。
 十七、八か、それよりも少し若く見える。金の髪を結い上げ、淡い紫の瞳には緊張の色が浮かんでいた。
 
 「異界より来たりし御方よ。ここはミティア公国。……我が祖国を、救っていただきたく」
 
 零は無言でその言葉を聞き、数秒後に小さく息をついた。
 
 「異世界召喚ってやつか」
 
 少女──リィナ・ミティア公女と名乗る人物は、神妙な面持ちで頷く。
 
 「あなた様を“救世の客人”としてお迎えしました。どうか、この国をお導きいただきたく──」
 
 「……それってつまり、俺が王様になるって話?」
 
 「この国は“公国”です。王は存在しません。ですが“大公”は、すべての統治権を持つ立場にあります」
 
 零は眉をひそめ、深く息を吐いた。
 異世界。召喚。そして今度は国家元首。これはもう、冗談でも夢でもないらしい。
 
 「俺は会社の社長だったんだけどな。国家運営とか、未経験なんだけど」
 
 リィナはそれでも、必死に言葉を続けた。
 
 「かつて我がミティア公国は、魔導鉱石の交易で栄えていました」
 「ですが、交易路は奪われ、資源は尽き、貴族と神殿は争いを繰り返し、民は困窮しています」
 「帝国にも支援を申し出ましたが、拒絶されました。それでも……それでも、国を見捨てたくはないのです」
 
 その言葉には虚飾がなかった。
 零は黙って彼女の話を聞き、やがてぽつりと訊ねる。
 
 「国の帳簿、ある?」
 
 文官らしき男が古びた羊皮紙の束を持ってきた。
 零は目を走らせる。税収、支出、債務、国庫の残高、軍の給与……。
 
 「……ふむ」
 
 数字は、雄弁だった。

 歳入は年間七万金。歳出はその三倍。軍への給料は未払い、インフラは停止、貨幣の信用は崩壊寸前。
 そしてこの惨状に対する改革案は、一つも記されていなかった。
 
 「この会社──じゃなかった、この国、完全に詰んでるな」
 
 彼はそっと羊皮紙を置き、静かに言った。
 
 「この状況、企業なら“バイアウト”を検討する段階だ」
 「持ち主が扱えない資産は、価値があるうちに譲るのが定石。だから……売る」 

 広間が、静まり返る。
 

 「この国を、“帝国”に売却する。俺が交渉する」

 
 ざわめきが走った。
 文官たちが顔を見合わせ、誰かが声を上げる。
 
 「お、落ち着いてください、加賀谷様!」
 「い、いくらなんでも、“売却”など──!」
 
 零は反論に耳を貸さず、ただリィナを見た。
 
 「合理的な判断だ。違うか?」
 
 リィナは、言葉を失っていた。
 顔を伏せ、しばらく沈黙ののち、かすれた声で──それでもはっきりと、言った。
 
 「……国を“売る”なんて言葉、軽々しく使わないでください」
 
 その声には、静かな怒りがこもっていた。
 民と土地に寄り添ってきた、公女としての誇りが。
 
 零は何も返さなかった。ただ、窓の外に広がる灰色の空を見つめる。 

 ──この世界に来て、まだ数時間。

 だが“公国を変える選択”は、もう始まっていた。



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