赤字国家に召喚されたので、まずは売却から始めます──でも断られたので価値を爆上げして帝国に頭を下げさせることにしました【TOP3入り感謝】

25BCHI

文字の大きさ
4 / 76
第一部:国家の価値はゼロから始まる

第二節:帝国の拒絶、7兆ドル宣言(後編)

しおりを挟む
 ──帝国は、果てしなく整っていた。

 都の城門をくぐったとき、リィナは息を呑んだ。
 石畳の道は寸分の狂いなく整えられ、街路樹は間隔まで正確に配置されている。衛兵の歩調はまるで機械のように揃い、街には乱れた声ひとつなかった。

 隣を歩く加賀谷が、ぽつりと呟く。

「……国ってより、組織だな。上場企業の本社ビルに近い」

 言葉の意味はよく分からなかったが、リィナは頷いた。圧倒的な秩序と、緊張感。ここがこの大陸最大の覇権国家なのだと、歩くだけで分かる。

 彼らが案内されたのは、帝都セイグランの中央行政庁舎。その奥、緋の絨毯が敷かれた会議室に、彼はいた。

 帝国財務次官──ガルステイン。

 中年の男で、髪も眉も真っ白だった。冷たい視線の奥に、知性と苛立ちが並存している。最初の数分で、リィナには彼が“歓迎していない”ことが分かった。

「……ようこそ。ミティアの使節団諸君」

 応接の礼を欠くわけではない。だが、その声に込められた感情は明らかだった。

 加賀谷は、丁寧に一礼した。

「帝国の御厚意に感謝します。我々からの提案は一点。“ミティア公国の売却”です」

 会議室の空気がわずかに動いた。

 ガルステインの眉が、かすかに跳ね上がる。

「国を、売る?」

「そう。貴国がこの地域に置いて戦略的価値を見出すなら、吸収していただくのが最適解。公国単独では、財政再建も外交継続も困難です」

 言葉は明快で、迷いがなかった。だがそれは、まさに“異質”だった。

 加賀谷は、手元にあった巻物を差し出す。
 手製のIM──企業概要書。
 帝国において「商業ギルドの鑑定書」のような扱いだと説明を受けていた。

「我が国の経済構造、歳入歳出、未償還債務、主要産業、労働人口、地域戦略上の特性──すべて記載しています」

「これは……」

 ガルステインが手に取り、目を走らせた。その瞳が、次第に険しさを増していく。

 加賀谷は、話を続けた。

「現在、国内総生産は約七万金相当。だがこれは落ち込み続けており、三年で破綻は確実。軍も未払い状態」

「では何を以て、我が国にとっての価値だと?」

「ロケーションです。貴国は北に商圏を展開しすぎた。補給線が細く、税収の回収効率も落ちている。南部に補完拠点を持てば、物流が安定し、人的資源の融通が可能になる」

「……」

「加えて、鉱山跡地にはまだ再開発余地がある。魔導鉱石の採掘ノウハウが一部に残っており、精製技術も私が手配できます」

「お待ちを」

 ガルステインが声を遮った。冷静に見えたその口調に、微かに“怒り”が混じっていた。

「君は、まるで私に講義をしているようだな。帝国の戦略、財政、そして内政まで──我々の目の前で並べ立てるとは、なかなかの胆力だ」

 リィナが口を開きかけたが、加賀谷は首を横に振った。

「これは交渉です。私が知っている知見を、最善の形で差し出しているだけです」

「その“知っている”というのが、私には気に入らないのだよ」

 ガルステインは、巻物を静かに卓上に置いた。

「確かに、君の分析は的を射ている。構造も、戦略も、財政の危機も──それは理解できる。だが、だからといって受け入れられるとは限らない」

 その声は、理屈ではなかった。
 プライドだった。
 帝国の財務を担う男として、“部外者の知識”に圧倒された屈辱。
 それが言葉を越えて、空気を刺す。

「これは、国家の決定だ。ミティアの売却は、我が国としては“買わない”。以上だ」

 ガルステインの言葉は冷徹だった。

 会議室に、重たい沈黙が流れる。

 リィナは硬直したまま立ち尽くしていた。だが──その横で、加賀谷はふと笑った。

「なるほど。納得したよ」

 彼はゆっくりと巻物──IMを回収し、静かに続けた。

「“合理性”は理解できても、“感情”が追いつかないんだろう。国家の誇りだとか、前例主義だとか、あるいは──自分の知らない世界の論理を認めたくないとか」

 その言葉に、ガルステインの頬がぴくりと動く。

「だが、それでいい。ここが資本主義の国じゃないのは最初から分かってた」

 加賀谷は席を立ち、くるりとリィナの方へ向き直る。

「この世界にはまだ、“企業価値”も“信用スコア”も“資本市場”もない。だったら──全部、俺がつくってやるよ」

 リィナが、目を見開いた。

「え……?」

 加賀谷は言い切った。静かに、そして誇らしげに。

「この公国の時価総額を──日本と同じ、七兆ドルまで引き上げる」

「し、七兆……?」

「数じゃない。“価値”だよ。人も土地も制度も技術も、眠ってる資産はある。誰も気づいてないだけだ。だったら、俺が見せてやる。この国が、世界の覇権国家に“頭を下げさせる価値”を持つときが来るってことをな」

 目を見開くリィナの視線を、そのまま受け止めた。

「売れないなら、仕方ない。欲しがらせてやるよ」

 その言葉とともに、加賀谷は歩き出した。

 帝国が背を向けたこの交渉の場から。
 だがその背中には、揺るがぬ“意思”が刻まれていた。

 リィナは、その歩幅に半歩遅れてついていきながら──まだ知らない未来の予感に、胸をざわめかせていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。 そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。 シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。 ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。 それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。 それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。 なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた―― ☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆ ☆全文字はだいたい14万文字になっています☆ ☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

処理中です...