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第一部:国家の価値はゼロから始まる
第五節:食料危機からの脱却(後編)
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──数週間後。
市場はまだ静かだった。けれど、沈黙の奥底で、何かが蠢いているのをリィナは感じていた。
「……早すぎるくらいですわね」
交易管理塔の上階。窓から港湾の積荷を見下ろしながら、リィナは思わず呟いた。
数日前から、これまで見かけなかった商人たちが集まり始めていた。積荷は穀物、香辛料、珍しい鉱石類……どれも公国の産品ではない。
「どうして……?」
その答えは、会議室に戻ったときに待っていた。
レオン・グレイブが、いつものくたびれたコートを脱ぎもせず、机に図面を広げていた。
「西部の小国《ナヴァレスト》から香辛料を仕入れた。南回りの商人船団に港を貸したんだよ。あとはそこから、帝国の貴族商館に回す」
「ナヴァレスト……でもあそこは帝国と交易ルートが──」
「陸路でな。だが時間もコストもかかる。だから“水運”のほうが好まれるのさ。で、ミティアは運河がある。……使わない手はねぇだろ」
レオンが指差す先には、複数のルートが重なり合う新たな交易図があった。かつて公国の地図で、ほとんど“空白”だったはずの線が、いまや網のように重なっている。
「この国は、作らなくていい。流れに口を開けて待ってりゃ、勝手に金が落ちてくる」
「“喉”に……なる、ということですのね」
「その通り」
会話の途中で、加賀谷が入ってきた。
「食料は?」と、リィナが尋ねる。
「商人船団の一部と契約した。現地調達の保存穀物と、加工食品。少量ずつ、継続して運び込む。高値は覚悟だが……」
「市場が回るまでの“燃料”にするってこと?」
「そう。今の市場は火の気がない。まずは薪をくべて、火をつける。……回り始めれば、連鎖するさ」
そう言って、加賀谷は市場図に新しい印を加える。
「公国は“場所”を貸しているだけ。けど、それだけで外貨が入り、税が入り、人が動き、物が集まる」
「でも……それだけで、国家としての基盤が整うとは限りませんわ」
リィナの懸念に、加賀谷は軽く頷いた。
「だから次は、“自分たちで作るフェーズ”を設計する。だが、まずは土壌を耕すことだ。人を呼び込む、市場を育てる。……“国の空気”を変える」
「……“空気”」
リィナは静かに繰り返す。
この数日で、人の顔色が少しだけ明るくなった気がした。港湾労働者が朝から声を張るようになった。小さな食堂が、新しい客に戸惑いながらもテーブルを増やしている。
空気が、動いている。
「それを感じていただけたなら、成功の兆しですね」
レオンが珍しく、真面目な声で言った。
「なにせ俺ぁ、空気の変化には敏感でね。“風”が変わったときは、いつも大きな金が動くのさ」
その言葉に、誰も返さなかった。だが、確かに胸の内で同じ感覚を抱いていた。
──市場の歯車が、確かに、音を立てて動き始めている。
市場はまだ静かだった。けれど、沈黙の奥底で、何かが蠢いているのをリィナは感じていた。
「……早すぎるくらいですわね」
交易管理塔の上階。窓から港湾の積荷を見下ろしながら、リィナは思わず呟いた。
数日前から、これまで見かけなかった商人たちが集まり始めていた。積荷は穀物、香辛料、珍しい鉱石類……どれも公国の産品ではない。
「どうして……?」
その答えは、会議室に戻ったときに待っていた。
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「西部の小国《ナヴァレスト》から香辛料を仕入れた。南回りの商人船団に港を貸したんだよ。あとはそこから、帝国の貴族商館に回す」
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「陸路でな。だが時間もコストもかかる。だから“水運”のほうが好まれるのさ。で、ミティアは運河がある。……使わない手はねぇだろ」
レオンが指差す先には、複数のルートが重なり合う新たな交易図があった。かつて公国の地図で、ほとんど“空白”だったはずの線が、いまや網のように重なっている。
「この国は、作らなくていい。流れに口を開けて待ってりゃ、勝手に金が落ちてくる」
「“喉”に……なる、ということですのね」
「その通り」
会話の途中で、加賀谷が入ってきた。
「食料は?」と、リィナが尋ねる。
「商人船団の一部と契約した。現地調達の保存穀物と、加工食品。少量ずつ、継続して運び込む。高値は覚悟だが……」
「市場が回るまでの“燃料”にするってこと?」
「そう。今の市場は火の気がない。まずは薪をくべて、火をつける。……回り始めれば、連鎖するさ」
そう言って、加賀谷は市場図に新しい印を加える。
「公国は“場所”を貸しているだけ。けど、それだけで外貨が入り、税が入り、人が動き、物が集まる」
「でも……それだけで、国家としての基盤が整うとは限りませんわ」
リィナの懸念に、加賀谷は軽く頷いた。
「だから次は、“自分たちで作るフェーズ”を設計する。だが、まずは土壌を耕すことだ。人を呼び込む、市場を育てる。……“国の空気”を変える」
「……“空気”」
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「なにせ俺ぁ、空気の変化には敏感でね。“風”が変わったときは、いつも大きな金が動くのさ」
その言葉に、誰も返さなかった。だが、確かに胸の内で同じ感覚を抱いていた。
──市場の歯車が、確かに、音を立てて動き始めている。
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